もすそ)” の例文
はらはらとその壇のもとに、振袖、詰袖、揃って手をつく。階子の上より、まず水色のきぬつまもすそを引く。すぐにみのかつぎたる姿見ゆ。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おどろいて見ているうちに、白いもすそがひとゆれゆらりとゆれたと思うと、すらすらと台座から降りてきてわたしの前へ立ちはだかり
ハムレット (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
一条ひとすぢ山径やまみち草深くして、昨夕ゆうべの露なほ葉上はのうへにのこり、かゝぐるもすそ湿れがちに、峡々はざま/\を越えて行けば、昔遊むかしあそびの跡歴々として尋ぬべし。
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
その野は花の海で、花粉のためにさまざまな色にそまったおかあさんの白いもすそのまわりで、花どもが細々とささやきかわしていました。
露の深い路地、下水に半分身を落して、乙女の身体は斜に歪み、もすそくれないと、蒼白くなったはぎが、浅ましくも天にちゅうして居るのです。
もっと、今の感激をつきつめて、髪をおろし、袖ももすそも、ちきって、清楚なあまのすがたになりきってしまいたい念だけがあった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は努めてそれを善意に解釈して、あらゆる才女もいよいよを折って、玉藻のもすそをささげに来たものと認めようとしていた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
肉づきのいい大柄な此の娘は真白なセイラーのもすそを川風にひるがへして、甲板かんぱんに立つてかじを操つた。彼女は花子と呼ばれた。
水に沈むロメオとユリヤ (新字旧仮名) / 神西清(著)
この騒ぎに少女が前なりし酒はくつがへりて、もすそひたし、卓の上にこぼれたるは、蛇の如くひて、人々の前へ流れよらむとす。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
鼈甲べつかふくしかうがいを円光の如くさしないて、地獄絵をうたうちかけもすそを長々とひきはえながら、天女のやうなこびこらして、夢かとばかり眼の前へ現れた。
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しごきの縮緬ちりめん裂いてたすき凛々敷りゝしくあやどり、ぞろりとしたるもすそ面倒と、クルリ端折はしをつてお花の水仕事、兼吉の母は彼方あちら向いてへつつひの下せゝりつゝあり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
投げいだしたる足の、長きもすそに隠くるる末まで明かに写る。水は元より動かぬ、女も動かねば影も動かぬ。只弓をる右の手が糸に沿うてゆるくうごく。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
パッともすそを蹴散らかしバタバタと縁へ走り出たがガラリと開けた雨戸の隙から、掛声もなく突き出された十手!
赤格子九郎右衛門の娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かんむりみたいな帽子をかぶった髪の長い男や、桃色の美しいもすそを旅疲れたようによれよれにしている若い女などが、荷物に腰かけてバナナを喰ったりしていた。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
殺風景の代わりに、清い女の声が流れ、看護服のもすそがサラサラと鳴った。薬のにおいの中に、看護婦の顔からは、化粧水の芳香が、蜘蛛くもの糸のようにあとを引いて流れた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
をりふし鵞鳥がてうのやうなこゑうたうた調しらべは左迄さまで妙手じやうずともおもはれぬのに、うた當人たうにん非常ひじやう得色とくしよくで、やがて彈奏だんそうをはると小鼻こばなうごめかし、孔雀くじやくのやうにもすそひるがへしてせきかへつた。
二人の可愛らしい少年にもすそをとらせて、しずしずと祭壇の前に現われたが、丁度午後の日光が、高い窓のステインド・グラスを通して、薄絹の冠りものを、赤に緑に染めなし
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と叫んだが、直ぐ様、自分の着て居るシヤツのもすその処をズボンの中から出して、それをビリビリ引き裂いて、葡萄樹の場所に繃帯を施してやツた。そして、つぶやく様に言つた。
馬鈴薯からトマト迄 (新字旧仮名) / 石川三四郎(著)
まだこの関路せきじかいでは、胆吹も、松尾も、南宮山も見えないと見るが正しい、しかし、それらの山の方角を指し、もすそをとらえたと見れば、当らずといえども遠からぬものがある。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
打水うちみづのあとかろ庭下駄にはげたにふんで、もすそとる片手かたてはすかしぼね塗柄ぬりえ團扇うちわはらひつ、ながれにのぞんでたつたる姿すがたに、そらつきはぢらひてか不圖ふとかゝるくもすゑあたりにわかくらくなるをりしも
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
一緒に寝ていた友人がそのわけを訊いた。竇はそこで夢の話を友人に告げた。友人も不思議がって一緒に起きて蜂を見た。蜂は竇のたもともすその間にまつわりついて払っても去らなかった。
蓮花公主 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
タッタ今まで新婚匆々時代の紅い服を着ていた黛子さんが、今度は今一つ昔の、可憐な宮女時代の姿に若返って、白いもすそを長々と引きはえている。鬢鬟びんかん雲の如く、清楚せいそ新花しんかに似たり。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
影の手をもって私の一握の灰をつかむがいい。神秘に通じイシスの神のもすそをあげたる吾人をして真を語らしめよ、いわく、善もあるなく悪もあるなし、ただ生長あるのみ。真実を求むべきである。
お高は、ちょっともすそをからげて、草を分けて歩き出した。白い足に、きつねいろに霜枯れのした草の葉がじゃれついて、やるまいとするようにからんだ。本堂の屋根を、筑波颪つくばおろしがおどり越えてきた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そして午後の物々しいひそかな空気は、ひるがへる白衣の人のもすそから廊下にみち、扉のかげから、病室のベッドの下にもはひよった。そして壁をへだてた看護婦室に物悲しい時計の音が一つ鳴った。
青白き夢 (新字旧仮名) / 素木しづ(著)
こけを踏む君が歩みに君がもすそは鳴り響きて
「緑の衣あり、緑の衣に黄のもすそせり」
緑衣人伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ひるがへるかの水色のもすそ見えず。
佐藤春夫詩集 (旧字旧仮名) / 佐藤春夫(著)
反身そりみなる若き女のもすそかへす。
無題 (新字旧仮名) / 富永太郎(著)
しら雲のもすそを曳きながら
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
眞紅しんくへ、ほんのりとかすみをかけて、あたらしい𤏋ぱつうつる、棟瓦むねがはら夕舂日ゆふづくひんださまなる瓦斯暖爐がすだんろまへへ、長椅子ながいすなゝめに、トもすそゆか
印度更紗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
露の深い路地、下水に半分身を落して、乙女の身體はなゝめゆがみ、もすその紅と、蒼白くなつたはぎが、淺ましくも天にちゆうしてゐるのです。
そして、薄紅梅うすこうばいに、青摺あおずり打衣うちぎぬを襲ねたもすそからこぼれた得ならぬ薫りが、いつまでも、自分のあとを追ってくるような気もちにとらわれた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
黄に透く秋風が彼女のもすそをくぐり抜けて遠慮なく皮膚を流れた。明子はその秋自分の皮膚が非常に薄くなつたのを感じた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
しかし彼はその途端とたんに、片手に岩角をつかんだまま、「御待ちなさい。」と云うより早く、うしろへ引き残した女のもすそを、片手にしっかり握りとめた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
もすそを乱して一旦は倒れたが又たちまね起きて、脱兎だっとの如くに表へ逃げ出そうとするのを、𤢖は飛びかかって又引据ひきすえた。お葉もう見てはられぬ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
王を二尺左に離れて、床几しょうぎの上に、ほそき指を組み合せて、ひざより下は長きもすそにかくれてくつのありかさえ定かならず。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
振り乱した髪、もつれたもすそあばらの露出したあお白い胸。……懊悩地獄おうのうじごくの亡者であった。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それよりも意外に早かったことは、米友なればこそ一飛びに跳ね越えた二間有余の黒血川の流れを、もすそも濡らさずに渡って来たお銀様が、米友ののぞき込んだ面を、無遠慮に横取りしてしまって
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
真紅しんくへ、ほんのりとかすみをかけて、新しい火のぱっと移る、棟瓦むねがわら夕舂日ゆうづくひんださまなる瓦斯暖炉がすだんろの前へ、長椅子ながいすななめに、トもすそゆか
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
亂れた髮の上から、猿轡をまされ舞臺の上に引据ゑられて、くれなゐもすそを亂したお村は、顏色を變へてゾツと身顫ひしたやうです。
部屋部屋を逃げまどい、廊をはしおばしまを越えなどする彼女らの狂わしいもすそたもとは、その暗澹あんたんを切って飛ぶ白い火、くれないの火、紫の火にも見える。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
されば傾城もかくてはなるまじいと気をいらだつたか、つと地獄絵のもすそひるがへして、斜に隠者の膝へとすがつたと思へば
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「いかに責められても、知らぬことは知らぬのじゃ」と、兼輔は笑いながら席をはずして立とうとすると、女房たちの白い手は右ひだりから彼の袂やもすそにからみついた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
薄紅うすくれないの一枚をむざとばかりに肩より投げ懸けて、白き二の腕さえ明らさまなるに、もすそのみはかろさばたまくつをつつみて、なお余りあるを後ろざまに石階の二級に垂れて登る。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼女は黒い靴下を椅子いすの傍にへびのやうにうねうねさせて、窓ぎはに立つた。ひだの無いもすそが明子のももの線をふとぶとと描いた。彼女は肉体だけで立つてゐる様に見えた。疲れて。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
ほたるもすそしのつまりて、うへ薄衣うすぎぬと、長襦袢ながじゆばんあひだてらして、模樣もやうはなに、に、くきに、うらきてすら/\とうつるにこそあれ。
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
乱れた髪の上から、猿轡をまされ舞台の上に引据えられて、くれないもすそを乱したお村は、顔色を変えてゾッと身顫みぶるいしたようです。
石秀がそれを持って、奥の法要の間へ急ぎかけると、二階の階段から、花兎はなうさぎ刺繍ぬいくつに、淡紫のもすそを曳いた足もとが、音もなく降りて来て。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女は今夜はぬいのあるもすそかまどの灰を包んでいた。彼女の兄も、——いや彼女の兄ではない。王命おうめいを奉じた金応瑞は高々たかだかそでをからげた手に、青竜刀せいりゅうとうを一ふりげていた。
金将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)