のが)” の例文
そして一刻も早くこのような幽鬼の形相からのがれたいと思った。そのために彼は、隣の化粧室の扉を蹴るようにして中へ飛び込んだ。
地球発狂事件 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
飛行機は、あのとおり無惨な姿になってしまったから、いくら暴れても、この島をのがれることは出来ないだろう。どうだ。和睦わぼくせぬか。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
その翌日は非常にきつい坂で三途さんずのがれ坂というのをえねばならん。ところが幹事は誠に親切な人でヤクを貸して上げましょうという。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
磯村はそれらの雑念からのがれようとして、ひて机に坐り返して、原稿紙のうへのほこりを軽く吹きながら、やつとのことでペンを動かしはじめた。
花が咲く (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
私は微力を測らずして一躍男子の圧抑からのがれようとするやせ我慢を恥じねばならなかった。私は瞭然はっきりと女性の蒼白そうはくな裸体を見ることが出来た。
鏡心灯語 抄 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
が、騒々しい酒宴の席から、身をのがれた欣びは、ぐ消えてしまって、芸の苦心が再びひしひしと胸に迫って来る。明日からは稽古けいこが始まる。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
今羅摩が牲にせんとせる馬、のがれて私陀の二児の住所へ来たので、二児はじめて五歳ながら勇力絶倫故、その馬をとらとどめた。
あの座の雰囲気からのがれて来たのではない。だが彼には、ああなった以上彼らの気持がどの方向に動くかは目に見えていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
殺さば殺さるゝ其條目はのがれ難し如何はせんと計りにて霎時しばし思案しあんくれたるがやう/\思ひつくことありてや一個ひとり點頭うなづき有司いうしに命じ庄兵衞の母おかつ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
広い宇宙に生きて思わぬ桎梏かせにわが愛をすら縛らるるを、歯がゆしと思えど、武男はのがるるみちを知らず、やるかたなき懊悩おうのうに日また日を送りつつ
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
もしあらびとは、ひらるゝ人いさゝかも強ふる人にくみせざる時生ずるものゝいひならば、これらの魂はこれによりて罪をのがるゝことをえじ 七三—七五
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
頼もしい力もおのずから授けられつつある気もあそばされたし、源氏の情火からのがれえられたことにもおよろこびがあった。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
又かれがうみおきたるはらゝごをとればその家断絶だんぜつすといひつたふ。鮏の大なるは三尺四五寸にあまるもあり、これ年々とし/″\あみのがれて長じたるならん。
しかし、はちはあぶないところをのがれてちました。そのあとで、石炭せきたんがとばっちりをって大騒おおさわぎをしていました。
雪くる前の高原の話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
しかれども韓非かんぴぜいかたきをり、説難ぜいなんしよつくることはなはそなはれるも、つひしんし、みづかのがるることあたはざりき。
あと御伺おうかがいすると、あの場合ばあいみこと御難儀ごなんぎのがたのは、矢張やはりあの御神剣ごしんけんのおかげだったそうで、ゆるなかみことがその御鞘おんさやわれると同時どうじ
その時の二個の怪物はメヂューサの死骸を見ておほひに怒りたちまち跡を追つかけたけれども、伝令神の沓には及ばず、パーシユーズは首尾よく虎口をのがれた。
毒と迷信 (新字旧仮名) / 小酒井不木(著)
今しがた見えずなりたる、美人の小腕こがいな邪慳じゃけんつかみて、身をのがれんともだえあせるを容赦ようしゃなく引出ひきいだしぬ。美人は両手に顔を押えて身をすくましておののきいたり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
喧騒どよめきが公衆のうちに起こって、ほとんど陪審員にまでおよんだ。その男がもはやのがれられないのは明白であった。
一人だけ繩目をのがれて、今でも人もなげに御府内を荒し廻り、この平次を白痴こけにして喜んで居る。俺はこの房吉を縛つて、江戸中の人を安心させたいのだよ
ロレ まア、おちゃれ。たすかるすべおもひついたわ。必死ひっしやくのがれうためゆゑ必死ひっし振舞ふるまひをもせねばならぬ。
よくぞ思い切ってのがれてきたと、自分で自分の勇気をいたわるのであった。しいんと、冬の夜は冴え返っている。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
英国より渡来し来った者は、本国における宗教上の圧迫をのがれ自由の新天地を拓かんとして渡来した者なるが故に、概してみんな家族を率いて移住して来た。
人の力をもって過去の事実を消すことの出来ない限り、人は到底運命の力よりのがるゝことは出来ないでしょう。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
転身後のそんな空虚な自己に堪へられない作家は、たいてい沈黙してしまつたが、中には、自殺によつてその苦をのがれたものもある。芥川龍之介がその一人だ。
そのコース以外にはのがれる気遣いのない白襟嬢に、めぐり合うことすら、仲々天日に恵まれないのだから、思えば昔の仇討ちなんて、余程精神修養を積まないと
青バスの女 (新字新仮名) / 辰野九紫(著)
なよたけ 待って! (抱擁ほうようからのがれる)ねえ、文麻呂! 聞えない?……わらべ達があたしを呼んでるんだわ! あたしを見失ったわらべ達が呼んでるんだわ!
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
東町奉行所で白刃はくじんしたのがれて、瀬田済之助せいのすけが此屋敷に駆け込んで来た時の屋敷は、決して此出来事を青天せいてん霹靂へきれきとして聞くやうな、平穏無事の光景ありさまではなかつた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
参木はこれらの膨脹する群衆からのがれながら、再び昨日のように秋蘭の姿を探している自分を感じた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
ためらひ勝ちな足取りで、心は忙がしくその場をのがれる方法を見附けようとし乍ら私は彼に從つた。
命有らん限は此の苦艱くげんのが候事さふらふことかなはぬ身の悲しさは、如何に致候いたしさふらはばよろしきやら、御推量被下度候くだされたくさふらふ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それをると、継母ままははきゅうおそろしくなって、「どうしたら、のがれられるだろう?」とおもいました。
此の金を得てひそかに家をのがれ出で、袖なるものをして、みやこの方へ逃げのぼりける。かくまでたばかられしかば、今はひたすらにうらみ歎きて、つひに重き病に臥しにけり。
自分にはのがれることの出来ない単調なこれらの出来事と手を切ってしまいたいと私に思わせた。
「役人を殺しては大変です、早く舟を雇うて逃げてください、逃げたうえで、七日の間、門を閉じて出入りしないようにするなら、きっとこの禍をのがれることができます」
蘇生 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
風のるほどの隙間すきまでもあれば、悟空は身をけし粒と化してのがれ出るのだが、それもできない。
それがまた、半ば泥に埋もれて、のがれ出ようともがいているようなのや、お互いにからみ合い、もつれ合って、最期の苦悶くもんの姿をそのままにとどめているようなのもある。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しつかと押へ漸く蕎麥責をのがれしが此時露伴子は七椀と退治和田の牡丹餅ぼたもちに梅花道人が辭してより久しく誰人の手にも落ちざりし豪傑號を得たりしは目ざましかりける振舞なり
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
妻子しばらく御匿おかくまい願入る。のがれ難き寃罪えんざいにて暫時退国仕る。寃罪晴れ次第帰国。それまで。
だだら団兵衛 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
執念深しふねんぶかまつはる蛇からのがれて、大阪に待つてゐる叔母の前に坐りたいと思はれて來た。早く東京の家へのがれ込んで、蛇から受けた毒氣を洗ひ落したいとまで思はれて來た。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
それに反して利口なは、間瀬金三郎とか云う男、泣き付いて拝み倒し、自分のとが他人ひとになすり、うまうま罪科をのがれたとは、正に当世でこちらの畑。出世をしているに違えねえ
村井長庵記名の傘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私はそれらからのがれるために服量を加速度に増して行かなければならなかったのです。
歪んだ夢 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
瞰上みあぐれば我が頭の上には、高さ幾丈の絶壁が峭立きったっていて、そこはの虎ヶ窟なることを思いあたった。若い男と女とが社会のうるさい圧迫をのがれて、自由なる恋をたのしんだ故蹟こせきである。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そういう人間自身の弱さに古典が恰好かっこうの化粧となり、しかも徹底してこの惑いからのがれるのは至難なのである。誰しも古典の峻厳しゅんげんについて言う。だがその峻厳さはつねに無言である。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
そして、あれだけの大罪を犯しながら、永久に法網をのがれてしまったかも知れぬ。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その不満足の苦をのがれようと気をあせるから、健康すこやかな智識は縮んで、出過た妄想ぼうそうが我から荒出あれだし、抑えても抑え切れなくなッて、遂にはまだどうしてという手順をも思附き得ぬうちに
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
信に由つて、私は私の苦しみからのがるゝことが出来た。また欲する心を捨て去つたことに由つて、世間を救ふといふ心持ちを起し、真に芸術といふものゝ位置の如何を知ることが出来た。
心理の縦断と横断 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
此岸しがんにいる限りはどんなものといえども生滅しょうめつの二からのがれ得ないのである。かくして矛盾や反目や闘争が果しなく続いてくる。何ものも永遠ではない。一切が限界のうちに沈んでしまう。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
のがれられぬ最後の場に、すこしずつ、じりじりと、運命の環がちぢまって行く。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
孤独な夜をのがれ、闇の寂寥せきりょうからのがれようと、彼女が心おどらせてやっとたどりついたこの窓こそ、じつはもう一つのけっして終ることのない彼女の夜、永遠の彼女の闇につづく扉なのだ。
非情な男 (新字新仮名) / 山川方夫(著)