やしろ)” の例文
勿論其時分は春日かすがやしろも今のやうに修覆しうふくが出来なかつたし、全体がもつと古ぼけてきたなかつたから、それだけよかつたといふわけだ。
一番気乗のする時 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
後で聞くと、昌さんは例の正代の母親にあたる白痴が来ると、ひる間でも近くのやしろ絵馬えまなんかのある建物の中に二人で寝るという。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
路の勝手はかねて知っているので、森垣さんはその山路をのぼって、中腹の平なところへ出ると、そこには小さい古いやしろがあります。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
たとへば越中えつちゆう氷見ひみ大洞穴だいどうけつなかには、いまちひさいやしろまつられてありますが、そのあななかから石器時代せつきじだい遺物いぶつがたくさんにました。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
小野寺幸右衛門の顔へ向って、匕首あいくちを、抛り投げた。そして、怖ろしい迅さで、近くの露地から何かのやしろの森へ駈けこんでしまった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれは、毎朝まいあさきたときと、よるねむるときには、かならずふるさとのほうをむいて、あたまげ、あのさびしいもりなかやしろをおがんだのです。
きつねをおがんだ人たち (新字新仮名) / 小川未明(著)
「新兵衛の奴もういけなくなったんだな。」と思いながらやって来ると、村の中央にある産土うぶすなやしろもけそけそと寂しくなっている。
落穂 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
最早もはや、最後かと思う時に、鎮守のやしろが目の前にあることに心着いたのであります。同時に峰のとがったような真白まっしろな杉の大木を見ました。
雪霊続記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今でも古いおやしろのそばには御手洗川みたらしがわが流れており、またそれをもっとも簡略にしたのが、多くの社頭に見られる銅や石の手水鉢ちょうずばちである。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
土坡の縁や街道を越した向側のやしろのまわりにはまだ旅人の休んで居るものもあり、それに土地の里民も交ってがやがや話声が聞えていた。
荘子 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
たいまつをつけた人がさきつと、長持ながもちのうしろには神主かんぬしがつきって、はたほこてて、山の上のおやしろをさして行きました。
しっぺい太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
それで建御雷神たけみかずちのかみは、さっそく、出雲国いずものくに多芸志たぎしという浜にりっぱな大きなおやしろをたてて、ちゃんと望みのとおりにまつりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
わたしはお稻荷いなりさまの使つかひですよ。このやしろ番人ばんにんですよ。わたしもこれでわか時分じぶんには隨分ずゐぶんいたずらなきつねでして、諸方はう/″\はたけあらしました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
森の中には荒れはてたやしろがあったり、林のかどからは富士がよく見えたり、田に蓮華草れんげそうが敷いたようにみごとに咲いていたりした。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
その祖父が或夜帰られませんので、病気でも出たのかと早朝人を出しましたら、途中の森のやしろの廻廊で睡っていたというのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
長い石段を上へと登り、やしろの境内へ二人は出た。向こうを見れば玉垣の奥に津島神社の本殿がある。右手に絵馬堂が立っている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
近辺には寺こそ多いが、おやしろはあんまりない。もっともすぐそばに鹿島明神があるが、そこにはこんな神女みこなんかいはしない。
十四日は渡初わたりぞめといって、山車、練物はみな山王のやしろに集まってここで夜を明かし、翌十五日の暁方からそろそろと練り出す。
「多分これは、どこかのやしろの奉納額から引き剥して持つて來たものでせう。矢柄やがらに二箇所まだらになつてゐるところがございます」
やしろの御龕をそっと覗いたような心地がした。其処に深い処から何かがちらと光った。じっとしていられないような気がした。
湖水と彼等 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
坂本は敵が見えぬので、「待て/\」と制しながら、神明しんめいやしろの角に立つて見てゐると、やう/\烟の中に木筒きづゝの口が現れた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
宗助そうすけはそれがにかゝるので、かへりにわざ/\安井やすゐ下宿げしゆくまはつてた。安井やすゐところみづおほ加茂かもやしろそばであつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
やしろに役僧というのは変であるが、当時は神仏合掌であったから、愛宕神社は円福寺で社務を執り、役僧が出張してきていた。
『七面鳥』と『忘れ褌』 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
比叡坂本側の花摘はなつみやしろは、色々の伝えのあるところだが、里の女たちがここまで登って花を摘み、ついでにこのほこらにも奉ったことは、確かである。
山越しの阿弥陀像の画因 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
また入道が住吉のやしろへ奉った多くの願文を集めて入れたじんの木の箱の封じものも添えてあった。尼君への手紙は細かなことは言わずに、ただ
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
大和西大さいだい寺の南に菅原神社といつて、天穂日命あめのほひのみこと野見宿禰のみのすくねと菅原道真とを一緒にまつつたやしろがある。そこにまゐつた事のある人は、社の直ぐ前に
かつて芭蕉庵の古址こしと、柾木稲荷まっさきいなりやしろとが残っていたが、震災後はどうなったであろうと、ふと思出すがまま、これを尋ねて見たことがあった。
深川の散歩 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
秋のじぶん、夜中に火事があつて、私も起きて外へ出て見たら、つい近くのやしろの陰あたりが火の粉をちらして燃えてゐた。
思ひ出 (旧字旧仮名) / 太宰治(著)
章一は電車通りで自動車をおりてつまさきあがりになった狭い横町よこちょうを往って、やしろの裏手の樹木の下になったその家を叩いた。
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
女3 本当にねえ、せっかくの賀茂かもの祭だと云うのに、おやしろにももうでないうちから、まあまあ、気味の悪い声を聞くこと。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
口惜くやしい悲しいで気がとりつめ」とか、「この魂が跡を追いかけて引き戻してくる」とか、「東は神宮寺、西は阿礼あれやしろより向うへは通さぬ」
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
第一、羽田稲荷なんてやしろは無かった。鈴木新田すずきしんでんという土地が開けていなくって、潮の満干のあるあしに過ぎなかった。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
また、各間切り(村のこと)にヌンドンチと名づくるものがある。これはやしろに当たる。これに奉事しているものをノロという。神官のことである。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
久米平内兵衛のやしろあり、因果地蔵又塩舐しおなめ地蔵あり、料理店奥の常盤、岡田、宇治の里、だるまあり、汁粉屋には、金龍山浅草餅あり、梅園あり。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
此の藤木川のながれが、当今静岡県と神奈川県の境界さかいになって居ります。千歳川のしも五所ごしょ明神という古いやしろがあります。
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
当国岩城いはきは人のしりたる安寿姫対王丸の生国なり、さればむかしの人此御ふたりを岩城山の神にまつりてやしろ今に在り。
わたしは、その人と約束した時間に、このおやしろの森の中へ来たのです。エエ、ここなのです。その人とそとで出逢う時はいつもこの森の中だったのです。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ぎ出したような月は中庭の赤松のこずえを屋根から廊下へ投げている。築山つきやまの上り口の鳥居の上にも、山の上の小さな弁天のやしろの屋根にも、霜が白く見える。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
途中は一面の大椰子林やしりんで、その奥へ折折をりをり消えてく電車や、床下の高い椰子やしの葉を葺いた素樸そぼく田舎ゐなかやしろがぽつんと林の中に立つて居るのなどが気に入つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
やしろもりそとしろ月夜つきよである。勘次かんじ村落外むらはづれのいへかへつたとき踊子をどりこみな自分じぶんむかところおもむいて三にんのみがしづかにはにぽつさりとつたのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
電車で街を縦走して、とある辻から山腹の方へ広い坂道を上がって行くと、行き止まりに新築の大神宮のやしろがある。子守が遊んでいる。港内の眺めが美しい。
札幌まで (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それはやしろの前であるといふことを示して居る。その社の前の片方に手品師がひざをついて手品をつかつて居る。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
大社たいしゃやしろの中の社であります。日本の最も古い建物の様式がここに見られます。宍道しんじ湖や中海なかうみの風光もこの国をどんなに美しくしていることでありましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
夜明のやしろ御灯みあかしの美くしさ、ほのぼのと晴れる朝霧の中の、神輿倉の七八つも並んだ神輿の金のきらきらと光つて居るのを見る快さは、忘れられないものです。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
吉原きた豪奢こうしゃの春のおごりもうれしいが、この物寂びたやしろの辺りの静かな茶屋も面白い。秋の遊蕩ゆうとうはとかくあまりケバケバしゅうないのがよい。のう、露月どの」
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
武藤氏は耄及愚翁本の古写本に基づいてこれをこの個所より引き離し、巻末に近い「やしろは」の次へ移した。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
良雄とあさ子とは所謂いわゆる幼な馴染であって、二人の家は、鎮守のやしろの森を隔てて居るだけであったから、二人はよく、神社の境内で砂をいじって遊んだものである。
血の盃 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
屹度返します、僕は君、今日迄三晩共やしろに泊つて來たんです。木賃宿に泊つてもいくらか費るからねえ。
葉書 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
そのなかでも、いてふがおやしろ境内けいだいなどに眞黄色まつきいろになつて、そびえてゐたりするのは、じつにいゝながめです。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
老松おいまつちこめて神々こうごうしきやしろなれば月影のもるるは拝殿階段きざはしあたりのみ、物すごき下闇したやみくぐりて吉次は階段きざはしもとに進み、うやうやしくぬかづきて祈るこころに誠をこめ
置土産 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)