いさぎよ)” の例文
有爲轉變うゐてんぺんの世の中に、只〻最後のいさぎよきこそ肝要なるに、天にそむき人に離れ、いづれのがれぬをはりをば、何處いづこまでしまるゝ一門の人々ぞ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
またいかに他人が自分をうとんじても、我はあくまでも自らおもんじて、所信をつらぬくという、みずからいさぎよしとするところがなければならぬ。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
けれど石権をはじめ、職人たちのほうは、かれらの飲みのこしなどをうけるのはいさぎよしとせぬように、たれも茶碗を出そうとしなかった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「心得申した」と東条数馬は、さもいさぎよく引き受けた。「たとえ義経よしつね為朝ためともであれ、必ずそれがし引っ組んで取り抑えてお目にかけまする」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
お前も、これほど思い切ったことをやった男だから、思い切って男らしくいさぎよく、俺のいうことに答えてくれないかん。いいかい。
島原心中 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
よし、その余裕があったからとて、彼の気性では、夷狄いてきの酒なんぞに、この腸を腐らせることをいさぎよしとしなかったかも知れない。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「なんだ、宮内そのこぶしは何処へやる気だ、刀へかけるのなら、いさぎよくかけろ、慎九郎は非力者が相手じゃとて、遠慮はせぬ男じゃ」
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
温泉いでゆは、やがて一浴いちよくした。純白じゆんぱくいしたゝんで、色紙形しきしがたおほきたゝへて、かすかに青味あをみびたのが、はひると、さつ吹溢ふきこぼれてたまらしていさぎよい。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
もし清川がそれに手を着けるのをいさぎよしとしないにしても、本を売らなくては引越しもできないほど、手元が不自由なのだろうか。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あの時、二人がいさぎよく打あけ合って居たら、どんなにか、心を軽くすることが出来たであろうにと、今更残念がっても致し方が御座いません。
秘密の相似 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
かといって、又、己は俗物の間にすることもいさぎよしとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為せいである。
山月記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それでいて、その男が頃合いを計って前へ出て、庄平のいわゆるいさぎよい謝りかたをすると、忽ち機嫌を直して、飯を振舞った上酒まで呑ました。
猫車 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
平次はいさぎよかぶとを脱ぎました。二間半長柄ながえの大槍で、三寸の狭い隙間から、少なくとも二間以上離れている人間を突けるわけはなかったのです。
銭形平次捕物控:282 密室 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
だからもし妻と妻の従弟いとことの間に、僕と妻との間よりもっと純粋な愛情があったら、僕はいさぎよ幼馴染おさななじみの彼等のために犠牲ぎせいになってやる考だった。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それはいつでもいさぎよい最期を遂げるように、切腹の覚悟をしていろと云う意味らしかった。女たちももう一人として落ち着いている者はなかった。
袈裟御前けさごぜんが夫の身代りに死んだはいさぎよけれど、死する事の一日後れてその身を盛遠もりとおに汚されたる事千載の遺恨との評がある。
一種の勇気をもってその五体は波打った。彼の眼に映る大通りの雪景色は、その広さといさぎよさにおいて彼の心に等しかった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
うしろたけはやしはべつたりと俛首うなだれた。ふゆのやうにさら/\といさぎよおちやうはしないで、うるほひをつたゆきたけこずゑをぎつとつかんではなすまいとしてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
貴族の娘は貴族らしく品位を落とさないで他の軽侮を受けない身の持ち方で終始するのが世間へ対しても、それら自身にもいさぎよいことだろうと思う。
源氏物語:48 椎が本 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「我が家におかえり下さらぬか。我が家はそなたの家も同様なのだ。もう情実なさけは負わなくともいい、いさぎよくお越しあれ。」
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
いさぎよしとしない氣持だな。新井白石のいはゆる、一尺の蛇の一寸の傷は、十尺になれば傷もまた十倍になると云ふ奴だ。
生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
それは当然死よりもつらくまた出来にくかったであろうが、正しい取るべき道は、最初倉持との恋愛がきざした時に、いさぎよ良人おっとに打明けるべきであった。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その代わり、君の事も確たる証拠は何一つないのだから、何にもいわぬというので、私もいさぎよく原稿を差し出しました。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
いつかしき昔の父、おもかげに今し立ち、いさぎよしわが父やげに、昭和八年一月元旦、父の子は我は、ころばえて涙しながる。
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
これじゃア自分はいさぎよかぶとごうという正直な謙遜心けんそんしんを起して、「そうしてその俳優はそれからどういたしました」
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
私はこの男にそれから逃れさすために、自分もいさぎよくそれを捨てよう。私は女と生れた甲斐には気丈になって、この男を更生さしてやらなければならない。
扉の彼方へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼もまた、青年の時代には、家の為に束縛されることをいさぎよしとしなかったので、志をいだいて国を出たものである。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
どうぞ此同舟の会合を最後の団欒だんらんとして、たもとを分つてりくのぼり、おの/\いさぎよく処決してもらひたい。自分等父子ふし最早もはや思ひ置くこともないが、あとには女小供がある。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
龍馬が大さう喜んで、お龍よ橋本の仕事は実にいさぎよひ、己れの抱へる者は皆なコンな者だと褒めて居りました。
千里駒後日譚 (新字旧仮名) / 川田瑞穂楢崎竜川田雪山(著)
隊長も、士官も、武士気質かたぎを持っていた。軍人が労資の対立にちょっかいを入れることをいさぎよしとしなかった。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
或は一個人が己自身をいさぎようする一人の善行よりも、たとい純粋なる善動機より出でずとするも、多数の人を利する行為の方がまさっているというのでもあろう。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
この宿命のいさぎよい担ひ手を私は、すでに私の周囲に発見して、自分の仕事の力強い支へとしてゐるのである。
演劇統制の重点 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
現在の日本ほど為すべき事の多くしてしかも容易な国は恐らくあるまい。しかしそういう風な世渡りをいさぎよしとしないものはよろしく自ら譲って退しりぞくよりほかはない。
いさぎよきには似たれどもわが生身の堪ふるところにあらず、果して多數者と意嚮を同じくするや否やはしらずといへども、如かず進んで吾も亦わが一票を投ぜんには。
貝殻追放:001 はしがき (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
(四二)あるひいはく、(四三)天道てんだうしんく、つね善人ぜんにんくみすと。伯夷はくい叔齊しゆくせいごときは、善人ぜんにんものか。じんおこなひいさぎようし、かくごとくにして餓死がしせり。
「では検分しよう。いさぎよいことだ……。それにしても、どうしてこんなところへ落ちてこられたのか、かねて不審に思っていた。聞けるものなら、聞いておきたい」
奥の海 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「まあいいやな」と男はいさぎよく首をって、「お互いに小児がきの時から知合いで、気心だって知って知って知り抜いていながら、それが妙な羽目でこうなるというのは、 ...
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
其の職其の身にもあらぬためかえって罪となりつるか、かゝる無人島に彷徨うろついていたずらに乾殺され、後世人の笑いを受けるより、いっそ此の場に切腹していさぎよく相果て申さん
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
または軍人の妻女が良人出陣のみぎりに痴情の涙をたたえて離別を惜しむと、あるいはいさぎよたもとを別ちて奉公義勇の精神を鼓吹こすいするとは、そのいずれか国家の富強に益あるか
国民教育の複本位 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
タイムは、それにもかかわらず、遊んでいるような外国クルウに比し、全然、おとっておりましたが、ぼく達は、努力しすぎて負けることを、少しもはじとせぬいさぎよい気持でした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
空氣はあくまで清澄にして、中に言ふべからざる秋の靜けさとさびしさとを交へたり。木曾川の溪流よりはあしたの水烟さかんに登りて、水聲のいさぎよき、この人世のものとしも覺えず。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
れはこゝろよめいすることが出來できると遺書ゐしよにもあつたとふではないか、れはいさぎよ此世このよおもつたので、おまへことあはせておもつたのでけつして未練みれんのこしてなかつたに
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
『矢島君。さあひとつ、いさぎよく言ってれ給え。山田源之助の屍体を運んで行って、この海の中のどの辺へ沈めたのかって事をだね。多分原田喜三郎と同じ場所なんだろう?』
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
汝は臆病ものなればいなまむも知れねど、われは強ひていさぎよき決鬪を汝に求む、共に來れといふ。
ねえ、私達はいさぎよくその恩を被ようではありませんか! さうして愛をゆたかに持つことにつとめ、それをすべてにさゝげることに、決して自分の利益りえきを考へないやうにと心掛こゝろがけませう。
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
が、有体ありていにいうと沼南は度量海の如き大人格でも、清濁あわむ大腹中でもなかった。それよりはむしろ小悪微罪に触れるさえ忍び得られないで独りをいさぎようする潔癖家であった。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
爆発物は妾の所持品にせんといいたるに、いな拙者せっしゃの所持品となさん、もし発覚せばそれまでなり、いさぎよばくかんのみ、かまえて同伴者たることを看破かんぱせらるるなかれと古井氏はいう。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
この保守的なるサドカイ派に対する改革派がすなわちパリサイ派で、彼らは神殿礼拝よりも律法遵守を重んじ、政治的にはローマの支配に対する妥協的・屈辱的態度をいさぎよしとしなかった。
山なす借金、所詮しょせん払えそうもないので、ドウセ毒皿だ、クソ、ドシドシ使い込んでやれ、踏倒して逃げてやれ、と悪度胸わるどきょうえた時もあります。然しもういさぎよく観念しました。返えします。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
つまりお前はどうせ死ななけぁいかないからその死ぬときはもういさぎよく、いつでも死にますと斯う云うことで、一向何でもないことさ。死ななくてもいいうちは、一向死ぬこともらないよ。
フランドン農学校の豚 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)