“豐”のいろいろな読み方と例文
新字:豊
読み方割合
とよ26.7%
ゆたか26.7%
ゆた26.7%
ユタ6.7%
ふくよ3.3%
ほう3.3%
トヨ3.3%
ブンノ3.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
これより後、大后豐(とよ)の樂(あかり)一したまはむとして、御綱栢(みつながしは)二を採りに、木の國に幸でましし間に、天皇、八田(やた)の若郎女(わかいらつめ)に婚(あ)ひましき。
そはその源、ペロロを斷たれし高山(たかやま)の水豐(ゆたか)なる處(かの山の中(うち)これよりゆたかなる處少なし)より 三一—三三
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
菜の花のかをりと、河内和泉の、一圓に黄色にぬりつぶした中に、青い道路のある、閑(のど)けさと、豐(ゆた)けさとをもつ田舍が、すぐ目にくるのだつた。
春宵戯語 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
豐(ユタ)にし 屋庭(ヤニハ)は見ゆ。
死者の書 (旧字旧仮名) / 折口信夫、釈迢空(著)
自分は、霜枯れ果てた此畑中に、ひとり實割れるばかり豐(ふくよ)かな趣きを見せて居る此『野菜の王』を、少なからず心に嬉しんだ。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
〔評〕關八州(くわんはつしう)は古より武を用ふるの地と稱す。興世(おきよ)王反逆(はんぎやく)すと雖、猶將門(まさかど)に説いて之に據(よ)らしむ。小田原の役(えき)、豐(ほう)公は徳川公に謂うて曰ふ、東方に地あり、江戸(えど)と曰ふ、以て都府(とふ)を開く可しと。
卑彌呼の宗女といへば、即ち宗室の女子の義なるが、我が國史にては崇神天皇の皇女、豐鍬入姫(又豐耜姫命)の豐(トヨ)といへるに近し。
卑弥呼考 (旧字旧仮名) / 内藤湖南(著)
今でも其末孫が豐(ブンノ)某と言つて在りますが、此の豐原といふ人が體源抄を書いた序文を見ますと、其當時の戰爭が應仁元年正月上御靈の戰爭の頃からだん/\烈しくなつて來て
応仁の乱に就て (旧字旧仮名) / 内藤湖南(著)