“豐(とよ)” の例文
新字:豊
これより後、大后豐(とよ)の樂(あかり)一したまはむとして、御綱栢(みつながしは)二を採りに、木の國に幸でましし間に、天皇、八田(やた)の若郎女(わかいらつめ)に婚(あ)ひましき。
幇間(たいこもち)三八の腰障子の閉(た)って有る台所に立ちましたのは、奧州屋の女房おふみ、三歳(みッつ)に成る子を負(おぶ)いまして、七歳(なゝつ)に成るお豐(とよ)という子に手を引かれて居ります。
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
受て攝州(せつしう)大坂にて御仕置に行はれしが此源内の娘に豐(とよ)と云ふ大孝行の者が有て父(ちゝ)源内が入牢せし中讃州(さんしう)の金毘羅權現(こんぴらごんげん)へ誓(ちか)ひを立(たて)我が一命を神(かみ)へ捧(さゝ)げて父の無實の罪に代(かは)らんことを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
新たしき年のはじめに豐(とよ)の年しるすとならし雪の降れるは 葛井諸會
愛国百人一首評釈 (旧字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
豐(とよ)の足穗(たりほ)も、他(あだ)し人(ひと)、刈(か)り干しにけむ、いつの間(ま)に。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
大君の御笑(みゑま)ひ思(も)へば朝ぼらけ日はさしのぼり豐(とよ)の旗雲
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
この三歌は、天語(あまがたり)歌二七なり。かれ豐(とよ)の樂(あかり)に、その三重の婇を譽めて、物多(さは)に給ひき。
召捕奉行所へ引き立に成り入牢仰付られ其後(そのご)段々と御吟味になりしが女房豐(とよ)は
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
豐(とよ)の世(よ)と稱(たゝ)ふるもよし、夢の世と觀(くわん)ずるもよし。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
日はのぼる、旗雲の豐(とよ)の茜に
新頌 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
それで筑紫(つくし)の國をシラヒワケといい、豐(とよ)の國をトヨヒワケといい、肥(ひ)の國をタケヒムカヒトヨクジヒネワケといい、熊曾(くまそ)の國をタケヒワケといいます。次に壹岐(いき)の島をお生みになりました。
尋(たづ)ねけれ共相應の口もなく貯(たくは)への路用を遣(つか)ひ切詮方(せんかた)なく或人の世話(せわ)にて本郷三丁目に裏店(うらだな)を借(かり)己(おのれ)は庄兵衞と改名しお梅は豐(とよ)と改ため庄兵衞日雇(ひやと)ひとなり細(ほそ)き烟(けむ)りを立つゝ二三ヶ月暮(くら)しけれ共天道惡事を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
この二柱の神は、拆く釧(くしろ)五十鈴(いすず)の宮七に拜(いつ)き祭る。次に登由宇氣(とゆうけ)の神、こは外(と)つ宮の度相(わたらひ)にます神八なり。次に天の石戸別(いはとわけ)の神、またの名は櫛石窻(くしいはまど)の神といひ、またの名は豐(とよ)石窻の神九といふ。