機嫌きげん)” の例文
「バケツさん、どうぞご機嫌きげんようおらしなさい。」と、ねずみはわかれをげて、ふたたびさびしい町裏まちうらほうしてかけました。
ねずみとバケツの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
今は誰一人源を振返って見るものがないのです。殿下は御機嫌きげん麗しく、人々に丁寧な御言葉を賜りまして、御車に召させられました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
先生はこの頃になって酒をこうむること益々ますますはなはだしく倉蔵の言った通りその言語が益々荒ら荒らしくその機嫌きげん愈々いよいよむずかしくなって来た。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
せめて父親の手前だけは機嫌きげんよくして、夫の処置に任せてくれたら、———それくらいは夫婦らしく、気をそろえてくれたらいいのに。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
一番目の兄も、機嫌きげんの好い時は、わざわざ奥から玄関まで出張でばって来る。そうしてみんないっしょになって、益さんに調戯からかい始める。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ああ見たよ。」とクリストフは上機嫌きげんで言った。「君たちは道化役者だ。たがいに怒鳴り合いながら、心の底では皆一致してる。」
申入れる権利があるまい、ハヽヽヽヽ山木、君の様なおやち機嫌きげん取つて日蔭の花で暮らさせるは、ぽん子の為めに可哀さうでならぬぢや
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「大層機嫌きげんの惡い蟲だね。ぢや、三輪の兄哥がびつくりするやうな手柄を立ててよ、お神樂の清吉が目を廻すやうな女房を貰ふんだね」
銭形平次捕物控:124 唖娘 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
みんなは七つ森の機嫌きげんの悪い暁の脚まで来た。道がにはかに青々と曲る。その曲り角におれはまた空にうかぶおほきな草穂くさぼを見るのだ。
秋田街道 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
良人の言葉はいいかげんな言葉であると思いながらも機嫌きげんが直ってゆくのを、哀れに思いながらも、大将の心は一条の宮へ飛んでいた。
源氏物語:40 夕霧二 (新字新仮名) / 紫式部(著)
マンチュアにちっしてござれ、忠實まめやかをとこもとめ、時折ときおりそのをとこして此方こなた吉左右きッさうらせう。さ、を。もうおそい。さらばぢゃ、機嫌きげんよう。
少しは母の機嫌きげんも取って、だんだん家事向きの勉強もしてもらわなきゃなるまいと思うがね。それに君は田舎いなかが好きだと言っていたね。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
機嫌きげんを取りながら、餌刺の役を勤めてゝ呉れたが、二三時間の後には、堤根腹ねはらに昼寝して仕舞ひ、僕は結句気儘に釣ツてたです。
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
たとえばご三男様と相撲すもうを取る場合、遠慮なくほうり出してやるようならよろしい。しかしもしご機嫌きげんを取る料簡りょうけんでいくようなら大反対です
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
彼らの機嫌きげん次第でたいていはただ見せかけだけの成果をあげたり、あるいはそれすら手に入れられない、などという目にあう必要はない。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
と常にない文治郎は微酔ほろよい機嫌きげんで、お村の膝へ手をつきますから、お村は胸がどき/\して、平常ふだんからお村は文治郎に惚れて居りましたが
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
支考しこう乙州いっしゅうら、去来きょらいに何かささやきければ、去来心得て、病床の機嫌きげんをはからい申していう。古来より鴻名こうめい宗師そうし、多く大期たいご辞世じせい有り。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
折角いい機嫌きげんで帰って来た八助のえいをすっかりさまして、秦野屋の足はまた何処へ向ってゆくか、宙を飛んで寺町のやみへ消え去りました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのかわ機嫌きげんよくにこにこしているときは、三つ四つの子供こどももなついて、ひざにかれてすやすやとねむるというほどの人でした。
田村将軍 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
貴嬢のご機嫌きげん奉仕をつかまつる。じゃ待っていてくれるか…………そいつはありがたい。香料は今晩はミモザがよかあないか。
職業婦人気質 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
博士の機嫌きげんは、ななめならず、フォークとナイフとを使いながら、何かしきりにつぶやいている様子が、たいへん楽しそうに見えた。
産院に千円の金をあずけて、三日目にまた与平のところへ相談に戻って来たが、与平はひどく機嫌きげんをそこねて、いっとき口もかなかった。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
お前にそれを着せるとお父さんの機嫌きげんが悪うてな、其の時分はわしも丁度今のお前と同じやうな苦労が絶えなんだぞよ……。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
なし酒の機嫌きげんいにしへの物語りなどして品川より藝者げいしやよび大酒盛となりて騷ぎ散す中はや暮相くれあひと成ければ仁左衞門はやがて身を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
三杯目には、耳をぴく/\動かしてみせました。海賊はそのたび大笑おほわらひをして、すつかり機嫌きげんよくなつて、酔つ払ひました。
金の猫の鬼 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
その猪口がからになると、客はかさず露柴の猪口へ客自身の罎の酒をついだ。それから側目はためには可笑おかしいほど、露柴の機嫌きげんうかがい出した。………
魚河岸 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
物言ものいふは用事ようじのあるとき慳貪けんどんまをしつけられるばかり、朝起あさおきまして機嫌きげんをきけば不圖ふとわきひてには草花くさばなわざとらしきことば
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
古賀の機嫌きげんが悪い。病気かと思えばそうでもない。或日一しょに散歩に出て、池の端を歩いていると、古賀がこう云った。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
はらるだけのことをいはしてしまへば彼等かれらはそれだけこゝろ晴々せいせいとしていきほひ段々だん/\にぶつてるので、そのあひだ機嫌きげんもとつて
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
黒一楽くろいちらく三紋みつもん付けたる綿入羽織わたいればおり衣紋えもんを直して、彼は機嫌きげん好く火鉢ひばちそばに歩み寄る時、直道はやうやおもてげて礼をせり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
などと機嫌きげんのいい時には、手さぐりで下の男の子と遊んでいる様を見て、もし、こんな状態のままで来襲があったら、と思うと、また慄然りつぜんとした。
薄明 (新字新仮名) / 太宰治(著)
藤十郎の心に、そうした屈託があろうとは、夢にも気付かない若太夫は、芝居国の国王たる藤十郎の機嫌きげんを、如何いかにもして取結ぼうと思ったらしく
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「何よりのさいわいです。しかし、それはあくまで今日の天候のことでございましょうな。それとも上様の御機嫌きげん——」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
かれこれ四五十日がほどは帰省の機会おりを得ざるべく、しばしの告別いとまかたがた、一夜あるよ帰京して母の機嫌きげんを伺いたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
けれど、膨れたとて、機嫌きげんを取られれば、それだけ畢竟つまり安目にされる道理。どうしても、こうしても、かなわない。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
さうこたへて玄関げんくわんにあがると、機嫌きげんのいいときにするいつものくせで、青木さんは小がらおくさんのからだかるせながら、そのくちびるにみじかせつぷんをあたへた。
(旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
これには五年生たちも、すつかり機嫌きげんをなほしました。すぐ、「行かう/\!」と云ふ者が二三人ありました。
掃除当番 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
彼は機嫌きげんをとるやうに事務員の方を向いてさう云ひ乍ら封印を切つた。中からは巻尺がもとのまゝで出て来た。
手品師 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
文字の霊が、この讒謗者ざんぼうしゃをただで置く訳が無い。ナブ・アヘ・エリバの報告は、いたく大王のご機嫌きげんを損じた。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ルピック氏は、それでも、機嫌きげんのいい時には、自分から子供たちの相手になって遊ぶようなこともある。裏庭の小径こみちでいろんなはなしをして聞かせるのである。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
ロパーヒン じゃ君、ご機嫌きげんよう。もう出かける時刻だ。われわれお互いに、高慢そうな鼻つき合せちゃいるけれど、時は遠慮なく、どんどん過ぎて行く。
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「伊吹屋へ上がり込んで、みんなの機嫌きげんを取るような坊主だ。お城から、誰に何を云いつかって来てるか、知れたもんじゃねえから、抜かっちゃならねえぜ」
もう矢もたてもたまらず、直ちに大島氏の家に行って、右の趣を述べ、大島老人は物の能く分る人ゆえ、引き留めもせず、誠に御尤ごもっともだといって機嫌きげんよく暇をもらい
かぬ気のお吉顔ふり上げ何か云い出したげなりしが、自己おのれよりは一倍きかぬ気の夫の制するものを、押し返して何ほど云うとも機嫌きげんを損ずることこそはあれ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
小さなバスケットに着がえを一組いれて、彼女は颯爽さっそうと旅立ったのである。船着場まで見おくってきた妹たちにも機嫌きげんよく、土産みやげを買ってくると指切りなどした。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
いい機嫌きげんになって鼻唄はなうたか何かで湯へ出かけると、じき湯屋のかみさんが飛んで来て、お前さんとこの阿父おとっさんがこれこれだと言うから、びっくらして行って見ると
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
父はよくまくらもとでおすしの折などをひらきながら、「そんなことをするの、おしなさいてば。……」と母が止めるのもきかずに、機嫌きげんよさそうに私の口のなかへ
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
とはらぬのでかいげるのに邪魔じやまだから、其所そこ退いてれなんて威張ゐばらして、あと地主ぢぬしわかつて、有合ありあはせの駄菓子だぐわしして、機嫌きげんつたことなどである。
婆さんはそれを見ると機嫌きげんをなほして、いつものとほりしばを刈つて、たばねてやつてから言ひました。
豆小僧の冒険 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
紳士は微酔ほろよ機嫌きげんでよほど興奮しているものと見えて、私のいうことをさらに耳に入れない。行きなり疾走をはじめた二等室を追いかけて飛び乗りをしようとする。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)