おろ)” の例文
一日はおろか一刻さえ惜しまれるのであったが、師走の三日ばかりは、何が何としても国賓帯刀の門をくぐらないでは許されなかった。
くろがね天狗 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「そんなわけぢやありませんがね、——それから下男の伊太郎は三十位、無愛想な野郎で、これなら小娘はおろか牛だつて殺せますよ」
彼女かのじょは、このおろかなむこが、たとえ自分じぶんしたい、あいしてくれましたにかかわらず、どうしても自分じぶんあいすることができなかったのです。
海ぼたる (新字新仮名) / 小川未明(著)
康頼 (船より目を放たず)わしのおろかな妄想もうそうだろうか。いや、どうもいつもとは違うようだ。わしに与える気もちがちがっている。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
吾々われ/\覺醒かくせいせりとさけぶひまに、私達はなほ暗の中をわが生命いのちかわきのために、いづみちかしめりをさぐるおろかさをりかへすのでした。
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
いや、深く考えてみると、悪いのは、そなたでも呂布でもなかった。この董卓がおろかだった。——貂蝉、わしがなかだちして、そなたを
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家はおろか、父兄ててあには愚か、公方くぼうの威光までも、恋のために土足にかけようとするとは、あのお人も、思い詰められたものと見える——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
その点についてはインド人などはとても及ばんです。インド人は一般に実におろかなるもので、草の名でも知って居る者はありはしない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「あゝさうか、二十二ね、女のひとが二十四五に見えるつてのは、利巧りかうだつて云ふ事だよ。若く見て貰ひたいなンておろかな事だ」
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
おろかな私は、彼女の主人さえ知らぬ秘密について、彼女と二人きりで話し合う楽しみを、出来る丈け長く続けたかったのだ。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それは村の者のおろかしさのしるしであろうか、それともその老外人のかたくなな気質のためであろうか? ……そう言うような話を聞きながら、私は
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
おろかなとうさんは、好いことでもわることでもそれを自分じぶんでしてうへでなければ、その意味いみをよくさとることが出來できませんでした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
まだほかにもいろいろありますが、あまりにもおろかしいことのみでございますので、ずこれでげさせていただきます。
初め雲巌寺まで二里と聴いた水車小屋からは、二里はおろか無駄足をして既に四、五里は来たのに、この先まだ二里半あるとはガッカリガッカリ。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
いかに阿呆あほうを装っても、もう誰一人葉之助をおろか者とは思わなかった。彼は高遠一藩の者から、偶像とされ亀鑑きかんとされた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
日本はおろか、支那でも、西洋でも、いな、世界開闢かいびゃく以来、いまかつ何人なんぴとによっても試みられなかったであろうと、僕はおおいに得意を感ぜざるを得ない。
恋愛曲線 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
「二尺のこいを二ひきってくれと、二三日前から頼まれて、この広い湖へかたぱしから網を入れているが、鯉はおろか、雑魚ざこもろくろくかかりゃしない」
ある神主の話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
着ている着物までも帯を解いて裏返して見たけれども、私の名前はおろか、頭文字らしいものすら発見し得なかった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
この場合目的のために手段を選ばぬということは、一般に悪いことだとされているが、同時に手段のために目的を忘れるのも、政治としてはおろかである。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
かねて見置みおきしすゞり引出ひきだしより、たばのうちをたゞまい、つかみしのちゆめともうつゝともらず、三すけわたしてかへしたる始終しじうを、ひとなしとおもへるはおろかや。
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
... 鉄鍋はおろか、銀の鍋を買ても知れたものだ」と主人の熱心は遂に小山の心を動かしけん「それでは僕もあかがねや青銅の鍋を廃して残らず西洋鍋に取代とりかえよう」
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
その卒業が父の心にどのくらい響くかも考えずにいた私は全くおろかものであった。私はかばんの中から卒業証書を取り出して、それを大事そうに父と母に見せた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だが一男が今のように看護婦の代りをしていたのでは、病人の薬代はおろか、米代もつづかないのだ。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
その喜びに対する微笑ほほえましい気持が顔へまで波及はきゅうするかと思われた。園はおろかなはにかみを覚えた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
王様はこの私のただ一人の王でございます。遠いむかしから私めの先生でございます。私はあのお方のおろかなしもべでございます。いや、まだおわかりになりますまい。
双子の星 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「なるほど、古市では座敷へ上らずに、庭へむしろを敷いて聞かせてくれたな。しかしそれはあの土地の慣例しきたりであろう、ここへ来てまでその慣例を守ろうとはおろかな遠慮」
わし書齋しょさいへ。……只今々々たゞいま/\!……はてさて、おろかにもほどがあるわ!……はい/\、只今たゞいままゐります!
なるほど小金井は桜の名所、それで夏の盛りにその堤をのこのこ歩くもよそ目にはおろかにみえるだろう、しかしそれはいまだ今の武蔵野の夏の日の光を知らぬ人の話である。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
むしろ早く思い棄ててさらに良縁を求むるこそけれ、世間おのずから有為の男子に乏しからざるを、彼一人のために齷齪あくせくする事のおろかしさよと、思いも寄らぬ勧告の腹立たしく
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
斷割たちわらなまり熱湯ねつたうおろ水責みづぜめ火責ひぜめ海老責えびぜめに成とも白状なすまじと覺悟せしが御奉行樣の御明諭ごめいゆにより今ぞ我がせし惡事の段々だん/\不殘のこさず白状はくじやうせんと長庵が其決心は殊勝にも又憎體にくていなり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
もしくはまるまる縁の無いおろかな所作しょさをして見せて、観衆を大いに笑わせるという演技法は奇抜なものだが、私などから見ると、是は対照によって前の正しいものの印象を深め
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
使つかって見ると、少しおろかしいとこもあるが、如何にも親切な女で、いつ莞爾々々にこにこして居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
とぴよこ/\出掛でかけましたが、おろかしいゆゑ萬屋よろづや左衛門ざゑもん表口おもてぐちから這入はいればよいのに、裏口うらぐちから飛込とびこんで、二ぢう建仁寺垣けんねんじがき這入はいり、外庭そとにはとほりまして、漸々やう/\庭伝にはづたひにまゐりますと
にゆう (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
源太は腹に戸締りのなきほどおろかならざれば、猪口ちょくしつけ高笑いし、何を云い出した清吉、寝ぼけるな我の前だわ、三の切を出しても初まらぬぞ、その手で女でも口説きやれ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
蚊やり……と世間さまは暑熱しょねつと闘うに忙しいのだが、この長庵の宅と来たら、これはまた恐ろしく涼しい限りで、家具と名のつくものはおろか、医者の道具らしい物も何一つもなく
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
王は嬰寧におろかな所のあるのを残念に思ったが、どうすることもできなかった。
嬰寧 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
蟷螂とうろう竜車りゅうしゃに刄向うよりもなおおろかしき手向いだてと思われるのに、引きもせずじりじりと、爪先立ちになって、九本の刄を矢来目陣やらいめじんに備えながら、退屈男に押し迫ろうとしましたので
それにもかかわらず、直焼じかやきを誇るがごとき、笑うに耐えたる陋習ろうしゅうというべく、一刻も早く改めねばなるまい。のみならず、養殖のうなぎをもって、うなぎの論をぶつのはおろかと申すべきだろう。
握り寿司の名人 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
この種の美しさは、この国の人々の間に在っては余りにもまれなので、子路のこの傾向けいこうは、孔子以外の誰からも徳としては認められない。むしろ一種の不可解なおろかさとして映るに過ぎないのである。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
が、顔を見ると、光のない鈍い眼、小鼻の広い平たい鼻、硬そうな黒い皮膚がどうしてもおろかものらしく彼れを見させた。他人から慈愛を寄せられそうなうるみや光は、身体のどこにも持っていない。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
あれの美しさにきつけられて、我も我もとこの儂のところに云い寄って来ては、執拗しつこくあれを所望したが、だれも彼もみな一時の浮気心であれを我物にしようとする色好みのおろものばかりなのじゃ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
二世にせおろ三世さんぜまでもとおも雪枝ゆきえも、言葉ことばあらそひをきようがつて
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
さとらなかったのは何と云うもったいないことかと自分のおろかさが省みられたされば自分は神様から眼あきにしてやると云われてもお断りしたであろうお師匠様も自分も盲目なればこそ眼あきの知らない幸福を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
おろかにもその晩、ぼくはよくねむれませんでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
自分にははなはだおろかなる方法であると思った。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
しかし、何というおろかな私だったことでしょう。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「ああ、これが、ほんとうの芸術家げいじゅつかというものなのか。」と、いままでの、自分じぶんおろかさをじながら、茫然ぼうぜんつめていました。
しいたげられた天才 (新字新仮名) / 小川未明(著)
平次も續いてお勝手から、水下駄を突つかけて外へ出ましたが、その邊には若くて美しい女はおろか、野良犬一匹姿を見せません。
なほそのおろかなはゝたいしてそゝぎるだらうか? あゝしもさうだとしたならば——? 彼女かのぢよはたゞ子供こどものために無慾むよく無反省むはんせい愛情あいじやうのために
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
それをお前は知ってるくせに。おろか者! 未練みれんなわしよ。あゝわしはもう自分に頼る気もなくなった。どうしてわしは死んでしまわないのだ。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)