いた)” の例文
露垂るばかりの黒髪は、ふさふさと肩にこぼれて、柳の腰に纏いたり。はだえの色真白く、透通るほど清らかにて、顔はいたく蒼みて見ゆ。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やゝ老いた顔の肉はいたく落ちて、鋭い眼の光の中に無限の悲しい影を宿しながら、じつと今打ちにかゝらうとした若者の顔をにらんだ形状かたち
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
牝鶏のしんするを女が威強くなるきざしとしていたく忌んだが、近頃かのくにの女権なかなか盛んな様子故、牝鶏が時作っても怪しまれぬだろう。
されども彼は永くその痛苦を去らしむる能はざるべし、一旦ひとたびいたくその心をきずつけられたるかの痛苦は、永くその心の存在とともに存在すべければなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
彼と我とは性質いたく異なるに、彼は能く我に親みき。唯だわがあまりに爭ふ心にとぼしきをば、ベルナルドオ嘲り笑ひぬ。
そののち他の獣風聞うわさを聞けば、彼の黄金丸はそのゆうべいた人間ひと打擲ちょうちゃくされて、そがために前足えしといふに。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
恭助あるじいたつかれて禮服れいふくぬぎもへずよこるを、あれ貴郎あなた召物めしものだけはおあそばせ、れではいけませぬと羽織はをりをぬがせて、おびをもおくさまづからきて
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
餘り下に見るより川巾狹く棧橋かけはしよりいたく劣るやうに見ゆるにてマンザラ捨た所にはあらず雨雲ちぎれて飛ぶが如く對面の山倐忽たちまち有無いうむまた面白き景色となりしばらくは足の痛も忘れ石を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
聞きていたく打ちおどろき、われもかつてかの楼にて怪異を見たることありしが、今思い出でて肌にあわする心地すとて、前の話をつぶさに語り出でて、なお互いにその月日を問い試みたるに
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
東洋と西洋といづれのわざにも相離反するを免かれざるは、思想あるものゝいたく憂ふるところなり、つひには東西の相共に立つ可からざるは源平二氏の両立すること能はざるが如くなりはてんは
一種の攘夷思想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
川島の妹婿たる佐々木照山も蒙古から帰りたての蛮骨稜々として北京に傲睨していた大元気から小説家二葉亭が学堂提調に任ぜられたと聞いていた激昂げっこうし、虎髯こぜん逆立さかだって川島公館に怒鳴り込んだ。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
うっとりせしが心着きぬ。此方こなたには灯影ほかげあかく、うつくしき小親の顔むかいあいて、額近きわが目のさきに、いたく物おもう色なりき。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かかる話を作り出したは理想力を全然闕如けつじょせぬ証左で、日本とメラネシアほどいたへだたった両地方に、偶然自然薯と鳶の話が各々出で来た。
と互の誓詞せいしいつはりはあらざりけるを、帰りて母君にふことありしに、いといたう驚かれて、こは由々ゆゆしき家の大事ぞや。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
なんじよくこそわが父をたぶらかして、金眸にははしたれ。われもまた爾がためには、罪もなきに人間ひとに打たれて、いたく足をきずつけられたれば、重なる意恨うらみいと深かり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
妻君は、田舎ゐなか流儀の馳走振に、日光塗の盆を控へて、すきが有つたなら、切込まうと立構へて居るので、既に数回の太刀打たちうち一方ひとかたならず参つて居る自分は、いたくそれを恐れて居るのであつた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
きっと老婦人のおもてを見たる瞳は閃然せんぜんとして星のごとく、かれいた愁色しゅうしょくありき。恐怖の色もあらわれながら、黙して一言ひとこと応答いらえをなさず。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その声霹靂へきれきのごとく羅摩の胸に答え、急ぎ王宮に還っていたく怒り悲しみ、直ちに弟ラクシュマナを召し私陀を林中で殺さしむ。
夜はいたけにければ、さらでだに音をてる寂静しづかさはここに澄徹すみわたりて、深くも物を思入る苦しさに直道が蹂躙ふみにじる靴の下に、瓦のもろるるが鋭く響きぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
再びいたく驚きて、物いはんとするに声は出でず、まなこを見はりてもだゆるのみ。犬はなほ語をぎて
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
うつくしき君のすまいたるは、わが町家まちやの軒ならびに、ならびなき建物にて、白壁しらかべいかめしき土蔵も有りたり。内証はいたく富めりしなりとぞ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一は牝犬がその子の心得違いをいたく咬み懲らしたので、次は仮装した子馬と会った母馬が後にさとって数日内に絶食して死んだと馬主の直話だと。
こは一般に老若ろうにゃくいたく魔僧を忌憚いみはばかかり、敬して遠ざからむと勤めしよりなり、たれ妖星ようせいの天に帰して、眼界を去らむことを望まざるべき。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
スペインでも三月末の数日は風雨いたく起るがつねだ。伝えて言う、かつて牧羊夫が三月に三月中天気を善くしてくれたら子羊一疋進ぜようと誓うた。
とこういうべきいとまあらず、我にかえるとお杉もいたくお若の身を憂慮きづかっていたので、飛立つようにして三人奥のへ飛込んだが、ああ
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
中阿や南阿の土人が、象と花驢いと多かった時、これを馴らし使う試験をかさねず、空しくこれを狩り殺したは、その社会の発達をいたく妨げた事とおもう。
ト同時に、この内証話からは、いたく自分が遠ざけられ、はばかられ、うとまれ、かつしりぞけられ、邪魔にされたごとく思ったので、何となく針のむしろ
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
四十七、八年前パリ籠城ろうじょうの輩多く馬をほふったが、白馬の味いたく劣る故殺さず、それより久しい間パリに白馬が多かった(『随筆問答雑誌ノーツ・エンド・キーリス』十一輯七巻百九頁)
悪くすると(状を見ろ。)ぐらいは云うらしい主税が、風向きの悪い大人の風説うわさを、耳を澄まして聞き取りながら、いたく憂わしげな面色おももちで。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ロメーンズの『動物智慧論』にもわにいたく猫を愛した例を出す。惟うに害虫駆除とか邪視を避くるとかのほかに、実際、象、馬、牛は天禀猴を好むのかも知れぬ。
ちょうど今しがた、根津の交番で、いたく取乱した女が一人つかまったが、神月という人を尋ねるのだとばかりで、取留とりとめのないことを言っている。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
猴の諸種いずれもいたく子を愛す、人に飼われた猴、子を生めば持ち廻って来客に示し、その人その子を愛撫するを見て大悦びし、あたかも人の親切を解するごとし。
赤熊は、まじまじとして、頽然ぐったり俯向うつむいたが、いたく恥じたらしく毛皮の袖を引捜すと、何か探り当てた体で、むしゃりとむ。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
馬琴の『烹雑記にまぜのき』の大意にいわく、牛の性はその死を聞く時はいたく怖る。また羊の性はその死を聞きてもえて怖れぬという宋の王逵が明文あり。『蠡海集れいかいしゅう』にいう。
名を呼ばれるさえ嬉しいほど、久闊しばらく懸違かけちがっていたので、いそいそ懐かしそうに擦寄ったが、続いて云った酒井のことばは、いたく主税の胸を刺した。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
インドの風として鶏を不吉の物とし、少しでも鶏に触れられた食物を不浄としていたく忌むのだ。
表二階にて下男を対手あいてに、晩酌を傾けおりしが、得三何心無くおもてを眺め、門前に佇む泰助を、遠目に見附けていたく驚き
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
牛を見て羊を見ず〉といえる意にして、牛の性は死を聞いていたく怖るるがために殺すに忍びず、羊の性は死を聞いて懼れざるものなれば牛に易えよといいしにはあるべからず。
二月こそ可けれ、三月四月に及びては、精神瞢騰もうとうとして常によえるが如く、身躰からだいたく衰弱しつ、元気次第に消耗せり。
黒壁 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
明治二十四、五年の間予西インド諸島にあり落魄らくはくして象芸師につき廻った。その時象が些細な蟹や鼠を見ていたく不安を感ずるをた。そののち『五雑俎』に象は鼠をおそるとあるを読んだ。
あらわに白き襟、肩のあたりびんのおくれ毛はらはらとぞみだれたる、かかるさまは、わが姉上とはいたく違えり。乳をのまむというを姉上は許したまわず。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いずれも廃社多きためいたく職を失い難渋おびただし。
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
名を見るさえ他のものとは違いて、そぞろに興ある感起りぬ。かねてその牛若にふんせし姿、いたくわが心にかないたり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たちまち蘇生よみがえりて悲鳴を揚げ、いたく物に恐れしさまにて、狆は式台に駈上かけあがれば、やれ嬉しやと奥様は戸を引開けいだき上げて、そのまま奥へ、ふいと御入。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
其の鳥打帽とりうちぼう掻取かきとると、しずくするほど額髪ひたいがみの黒くやわらかにれたのを、幾度いくたびも払ひつゝ、いた野路のじの雨に悩んだ風情ふぜい
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
なぐさみにとのたまふにぞ、くるしき御伽おんとぎつとむるとおもひつも、いしみ、すなむる心地こゝちして、珍菜ちんさい佳肴かかうあぢはひく、やう/\に伴食しやうばんすれば、幼君えうくんいたきようたま
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
次に七十二三の老婆、世に消残るかしらの雪の泥塗どろまみれにならんとするまで、いたく腰の曲りたるは、杖のたけの一尺なるにて知れかし。うがごとくに、よぼよぼ。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「神月梓というんだよ。」といいながら手を向うへ押遣おしやったが、ほっと息をいて俯向うつむいた。学士はここで名乗った名がいたくもけがれたように感じたのである。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
昨日きのうは折目も正しかったが、露にしおれて甲斐性かいしょうが無さそう、高い処で投首なげくびして、いた草臥くたびれたさまが見えた。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
其処そこへ来ると、浪打際なみうちぎわまでもかないで、いた草臥くたびれたさまで、ぐッたりと先ず足を投げて腰をおろす。どれ、貴女あなたのために(ことづけ)の行方ゆくえを見届けましょう。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)