ふくろ)” の例文
当時の将軍家は、十代家治いえはるであった。軽くうなずいて紅錦こうきんふくろをとりだす。いわゆる肌着はだつきのお巾着きんちゃく、守りかぎとともに添えてあるのを
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
峠の双方の麓の宿場しゅくばなどが、雪に中断せられて二つのふくろの底となることは、常からの片田舎よりもなおいっそう忍びがたいものらしい。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
煙草入たばこいれにも入れてなく、ふくろにも入れてなくして、暖炉ストーブ枠の上、食器棚の上、ピアノの上とう至る所に一塊ひとかたまりづゝにして載せてある。
だけど、古屋さん、貴方自身は所長さんとふくろの中に入っていたようなもので、手を一寸ちょっと伸ばせば所長さんのくびに届くでしょうね
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼は小さなふくろを肩にかけ、サモイレンコや補祭と接吻を交わし、べつに用もないのに部屋部屋を覗いて廻わり、従卒や料理女に別れを告げ
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
丁度飛行船の瓦斯嚢ガスのうを縦にした程の、褐色のふくろが、幾つも幾つも、そらざまに浮き上って、それが水の為にユラリユラリとゆらいでいるのです。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
九日ここぬかはいつよりもはや起出おきいでて、草の屋の五八むしろをはらひ、黄菊しら菊二枝三枝小瓶こがめし、五九ふくろをかたぶけて酒飯しゆはんまうけをす。老母云ふ。
安否をかざりし幾年いくとせの思にくらぶれば、はやふくろの物をさぐるに等しかるをと、その一筋に慰められつつも彼は日毎の徒然つれづれを憂きに堪へざるあまり
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
李はそれでも、いい話相手を見つけたつもりで、ふくろはこを石段の上に置いたまま、対等なことばづかいで、いろいろな話をした。
仙人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
がさがさに割られてとがり切った氷の破片が、ふくろの中で落ちつく間、私は父の禿げ上った額のはずれでそれを柔らかにおさえていた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
手桶からは湯気が立っている。っきの若い男が「や、閼伽桶あかおけ」と叫んだ。所謂いわゆる閼伽桶の中には、番茶が麻のふくろに入れてけてあったのである。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ミカン類の果実をいて見ると、表面の皮がまず容易にとれる。その中には俗にいうミカンのふくろ輪列りんれつしていて、これをはなせば個々に分かれる。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
巴里パリイ倫敦ロンドンを経て来た旅客りよかくに取つて狭いの郡市の見物は地図一枚を便りにするだけで案内者を頼む必要も無くさながふくろの中を探る様に自在である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
まことに我は牝熊めぐまの仔なりき、わがうえには財寶たからをこゝには己をふくろに入るゝに至れるもたゞひたすら熊の仔等のさかえを希へるによりてなり 七〇—七二
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
腰に着けているふくろから一薬をとり出して勿体もったいらしく与えると、他の妖怪どもも皆その前にひざまずいて頼みました。
上野動物園に飼うてあるアメリカ駱駝らくだという獣などは、頸がきわめて細長いゆえ、このふくろの中に貯えられてある財産がときどき一塊ずつ食道を逆行して
動物の私有財産 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
売物と毛遂もうすいふくろきりずっと突っ込んでこなし廻るをわれから悪党と名告なのる悪党もあるまいと俊雄がどこかおもかげに残る温和おとなし振りへ目をつけてうかと口車へ腰を
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
思ふに現世の良俗は破れたふくろを縫ふやうな間に合せな稚拙なカリヌヒであるにしても、あらゆる現世に於て多かれ少かれカリヌヒであることはその宿命で
かれ欺かえぬと知らしめして、そのみをば倭比賣の命の給へるふくろの口を解き開けて見たまへば、そのうちに火打あり。
王成は承知して品物をふくろに入れて出発したが、途中で雨に遇って、着物も履物はきものもびしょ濡れになった。王成は平生苦労をしたことがないから弱ってしまった。
王成 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
このしまいの文句は欧州語に難訳で、祈祷を始めようと金を入れたふくろを開こうとの両義を兼ね表わしいると。
己は木の下に歩み寄つた。一箇処繩でられて、木の皮が溝のやうに窪んでゐた。そして木の根にはちぎれた繩が落ちてゐた。樵夫はそれを拾つてふくろに入れた。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
僮子は出て往ったが、やがてぬいのあるふくろに入れた琵琶を持ってきた。しばらくして一人の侍女が入ってきたが、紅く化粧をした綺麗な女であった。公子はその女に
嬌娜 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「杖一つのほかは何をも持たず、かてふくろも、帯の中に銭をも持たず、ただ草鞋わらじばかりをはきて、二つの下衣したぎをも着ざることを命じ給えり」とあります(六の八、九)。
親しげな情を動かして一本一本静かにこれを抜き取ってから、予め用意してきたふくろの中へ入れる。
茸をたずねる (新字新仮名) / 飯田蛇笏(著)
かくて、謙信は、自ら好んでふくろの鼠となったようなものである。信玄大いに喜び、斥候を放って、妻女山の陣営を窺わせると、小鼓こつづみを打って謡曲『八島』を謡っている。
川中島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ける世にはいまだ見ず言絶ことたえて斯く𪫧怜おもしろく縫へるふくろは」(巻四・七四六)、「ぬばたまの夜わたる月を𪫧怜おもしろみ吾が居る袖に露ぞ置きにける」(巻七・一〇八一)
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
わが罪を汝うかがい給わざるべし、わがとがはすべてふくろの中に封ぜられ汝わが罪を縫いこめ給わん
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
ふくろの物を探るが如くになり居れど、ただ兵粮其他の支えの足らぬため、勝っても勝を保ち難く、奪ってもまた奪わるべきをおもんぱかり、それ故に老巧の方々かたがた、事を挙ぐるに挙げかね
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
どれの根にも膿のふくろがついて居ました。レントゲンにうつっていた。よい工合にあとも痛まず出血もしません。ただかえり路はすこし体がフーとなったような塩梅であったが。
莎草ハマスゲで編んだふくろを持つたからの名だと言ふくゞつの民は、実は平安朝の学者の物好きな合理観から、今におき、大陸・半島或は欧洲に亘る流民と一つ種族の様に見られて居る。
娘の言葉にはロアール地方のなまりがあった。手に男持ちのような小型のふくろを提げていた。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
男の契言に偽りなく、八百助は砂金のふくろを馬に積んで下松の牢舎へでかけていった。
後年になって漱石氏の鋭い方面はその鋒先ほこさきをだんだんとふくろの外に表わし始めたが
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
しかし、その螫毛は虫の体の中にしまつてある毒のふくろに通じてゐて、その中にとほつてゐる管からその恐ろしい毒液の滴りを傷の中に注ぎ込むのだ。そしてそれから螫毛を引き抜くのだ。
いたし方がありません。めくら滅法に探しちや、ふくろの中の物だつて出せはしません。曲者はこの後何をやり出すかわからないが、曲者の狙ひがわからなきやあつしは手を引いて、高見の見物を
どんなきぬを、どんな形に裁ち縫ひしたものか知らないが、この不思議なふくろを腰に下げて高山に登り、白雲のたよたよと揺れ動いてゐるなかを渉り歩くと、別に嚢の口を開かうともしないのに
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
世にはこのおきなもあやしき藥草を知ること、かのフルヰアといふ媼に劣らずなど云ふものありとぞ。此貴人の使なりとて、「リフレア」着たるしもべ盾銀たてぎん(スクヂイ)二十枚入りたるふくろを我におくりぬ。
おびのなかにきんぎんまたはぜにつな。たびふくろも、二枚にまい下衣したぎも、くつも、つえつな。よ、われなんじらをつかわすは、ひつじ豺狼おおかみのなかにるるがごとし。このゆえへびのごとくさとく、鴿はとのごとく素直すなおなれ。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
いったいその男は何者であったか? おそらく昼よりも夜の方が彼については多くを知っていたであろう。彼はふくろは持っていなかったが、まさしく上衣の下には大きなポケットがあったに違いない。
半紙のふくろを(縦に二つ折りにしたのと、横に二つ折りにしたのと)
死後 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
商売道具の小物を容れた、ズックのふくろを肩に掛けて、紐は、左の手頸に絡んで其手先は綿交り毛糸編の、鼠色セーターの衣嚢かくしへ、深く突込んで、出来る丈、背中を丸くして、此寒風の中を帰って来た。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
積薪せきしんおもはず悚然ぞつとして、たゞちに衣冠いくわんつくろひ、わかよめはゞかりあり、しうとねやにゆき、もし/\とこゑけて、さて、一石いつせきねがひませう、とすなはたしなところふくろより局盤きよくばんいだし、黒白こくびやく碁子きしもつしうとたゝかふ。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
蜜蜂のふくろにみてる一歳ひとゝせにほひも、花も
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
ふくろほころびて中からたまが飛出して
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
桐油とうゆはちふくろ
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
病躯は重い鎧にも耐えぬほど弱々しかったが、官兵衛孝高とともに、秀吉の双璧そうへきといわれ、智略ちりゃくふくろと恃まれていた彼でもあった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしてそのふくろの中にしるを含んだ膨大ぼうだいせる毛と種子とがあって、その毛はそのふくろの外方の壁面へきめんから生じており、その種子は内方の底から生じている。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
しばらくののち、そこには絹を張ったような円錐形えんすいけいふくろが一つ、まばゆいほどもう白々しろじろと、真夏の日の光を照り返していた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
たゞ彼等各〻色も徽號しるしもとり/″\なる一のふくろを頸に懸けまたこれによりてその目を養ふに似たるを認めき —五七
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)