さむらい)” の例文
鴎外が芝居しばいを見に行ったら、ちょうど舞台では、色のあくまでも白いさむらいが、部屋の中央に端坐たんざし、「どれ、書見しょけんなと、いたそうか。」
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
年のれに軍功のあったさむらいに加増があって、甚五郎もその数にれなんだが、藤十郎と甚五郎との二人には賞美のことばがなかった。
佐橋甚五郎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「大事の前の小事、そんな者に当り散らしているひまに、離れの奴が蜂須賀家のさむらいと知ったら、風を食らって逃げせぬとも限らぬ」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とその中の頭分かしらぶんらしいさむらいがいいました。それから二言ふたこと三言みこといいったとおもうと、乱暴らんぼう侍共さむらいどもはいきなりかたないてってかかりました。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
中世以後武士を「さむらい」と申すのは、主人のかたわらにさむろうて、身の回りの面倒をみたり、主人のために雑役に従事したためであります。
「しかし、間違いでも難癖でもござりません、へえ。あのう、御当家に、お若い美しいおさむらいさまはいらっしゃいませんでしょうか」
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いや才三については憐れな話がある。その頃家中に小野田帯刀おのだたてわきと云うて、二百石取りのさむらいがいて、ちょうど河上と向い合って屋敷を
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私が新銭座に一寸ちょいと住居すまいの時(新銭座塾にあらず)、誰方どなたか知らないが御目に掛りたいといっておさむらいが参りましたと下女が取次とりつぎするから
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
小坂丹治たんじ香美郡かみごおり佐古村さこむら金剛岩こんごういわほとりで小鳥を撃っていた。丹治は土佐藩のさむらいであった。それは維新のすこし前のことであった。
怪人の眼 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そのうち香織かおりえんあって、鎌倉かまくらんでいる、一人ひとりさむらいもととつぎ、夫婦仲ふうふなかたいそう円満えんまんで、そのあいだ二人ふたりおとこうまれました。
それでおさむらいの一騎打ちの時代は必然的に崩壊してしまい、再び昔の戦術が生まれ、これが社会的に大きな変化を招来して来るのであります。
最終戦争論 (新字新仮名) / 石原莞爾(著)
第二に治修はるなが三右衛門さんえもんへ、ふだんから特に目をかけている。かつて乱心者らんしんものを取り抑えた際に、三右衛門ほか一人ひとりさむらい二人ふたりとも額に傷を受けた。
三右衛門の罪 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
先年溜池ためいけにて愚僧が手にかゝり相果て候かの得念が事、また百両の財布取落とりおとし候さむらいの事も、その後は如何いかが相なり候と、折々夢にも見申みもうし候間
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
公家の奴僕すなわち「さむらい」という名を保存しつつも、今や上層としての実権を握り、自己の要求に従って社会の新組織を樹立しかかっていた。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
ある失業したさむらい(貴族に仕える男、後世の侍ではない)が、あった。年は、三十ばかりで、背丈も高く、少し赤ひげであるが立派な男であった。
女強盗 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
淋しい橋の袂で深編笠ふかあみがささむらいが下郎の首を打ち落し、死骸の懐中から奪い取った文箱ふばこの手紙を、月にかざして読んで居る。
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
地理ちり時間じかんでした。小山こやまは、夜店よみせったといって、丹下左膳たんげさぜんさむらいちいさな人形にんぎょうを二つ三つ、かみせて、したから磁石じしゃくあやつっておどらせていました。
白い雲 (新字新仮名) / 小川未明(著)
徳川三〇〇年の幕府ばくふが倒れて多くの大名だいみょうが、それぞれ国境を撤廃てっぱいしてめいめいが持っていたさむらいすなわち、軍隊をやめ
私の思い出 (新字新仮名) / 柳原白蓮(著)
何物かとはいわゆる時代の精神である。当時のさむらいは、君父くんぷの仇をそのままに差いては、生きて人交りができなかった。彼もその精神に押しだされたのである。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
「おまえは口癖に敵々かたきかたきというが、それはいけないよ、敵討かたきうちということはさむらいの子のすることで、お前なんぞは念仏をしてお爺さんの後生ごしょうを願っておればよいのだ」
おお、おさむらいふざけちゃいけねえ。ただの鳥刺とは鳥刺が違う。こう見えても侍だ。しかも武田の家臣だわえ! 鳥刺に姿をやつしているのは尋ねる人があるからさ。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
岩「むゝ……分った、むゝう成程さむらいてえものは其様そんなものか……だから最初てんで武家奉公は止そうと思った」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それどころか、当今、戦国の雄といわれるさむらい大将が、畜生の百倍もひどいことをして、なんのくいもなく、後生安楽な月日をゆったりと送れるというのはなぜであろう。
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
もう一つ、彼女の弱い魂をおびやかしたのは、今夜の客が江戸のさむらいということであった。どなたも江戸のお侍さまじゃ、疎匇そそうがあってはならぬぞと、彼女は主人から注意されていた。
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
二人のさむらいはさすがに気の毒になって、小さい声で耳もとにささやいて「何とでもいいから声をたてなさい」と言った。するとおゝ何たることでしょう。父はつくり声で悲鳴をあげたそうです。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「これが歴とした二本差、丹波彌八郎と言うさむらいなんだから驚くでしょう」
丁字髷ちょんまげったおさむらいと男の子のむきあっている絵の読本の時間だった。
僕は字引を街で金にえて、平井の紹介状しょうかいじょうふところに、その郊外の邸へ行ってみた。武者窓でもつけたら、さむらいが出て来そうな、古風な土塀どべいをめぐらした大邸宅で、邸を囲んで爽々さつさつたる大樹がしげっていた。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
とやはりさむらいむすめである。夕刻主人公が役所から帰るのを待ちわびて
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
見れば、つい目の前に、大たぶさのさむらいが、突っ立っていた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そして御主人ごしゅじんからつよさむらいをさがしていというおおせをけて、こんなふうをして日本にほん国中くにじゅうをあちこちとあるきまわっているのでした。
金太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「近日は土民どみんさむらいの階級を見ざる時なり。非人三党の輩たりといえども、守護・国司の望をなすべく、左右する能はざるものなり」
と三人とも、すねにきずもつ身なので、おもわずふりかえると、深編笠ふかあみがささむらいが、ピタピタあるき寄ってきて、なれなれしくことばをかけた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
播磨国はりまのくに飾東郡しきとうごおり姫路ひめじの城主酒井雅楽頭忠実うたのかみただみつ上邸かみやしきは、江戸城の大手向左角にあった。そこの金部屋かねべやには、いつもさむらいが二人ずつ泊ることになっていた。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
何やら申聞もうしきかしをり候処へ、また一人のさむらい息を切らしてかけ来り、以前の侍に向ひ、今夜の事は貴殿よりほかには屋敷中誰一人知るものも無之これなき事に候なり。
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さむらい連歌師れんがし、町人、虚無僧こむそう、——何にでも姿を変えると云う、洛中らくちゅうに名高い盗人ぬすびとなのです。わたしはあとから見え隠れに甚内の跡をつけて行きました。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
母の考えでは、夫がさむらいであるから、弓矢の神の八幡はちまんへ、こうやって是非ないがんをかけたら、よもやかれぬ道理はなかろうと一図いちずに思いつめている。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
向こうから三人づれのさむらいが来たので、父娘は道の端によけて通った。三人の足音がうしろのやみに消えてしまうのを待って、久助が、低い早ぐちでいった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
不意と後ろから葵の紋のさむらいが来るとその者がきへその船にのっ仕舞しまう、又アト一時間も待たなければならぬ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「やあ、やあ。」と、先生せんせいにはこえないように、ごえをかけて、丹下左膳たんげさぜんさむらいちまわりをさせていました。場所ばしょちかいものは、わらいをころしてていました。
白い雲 (新字新仮名) / 小川未明(著)
冷光院殿れいこういんでん御尊讐ごそんしゅう吉良上野介殿きらこうづけのすけどの討取るべき志これあるさむらいども申合せそうろうところ、この節におよび大臆病者ども変心こころをかえ退散つかまつり候者えらみ捨て、ただ今申合せ必死相極め候面々めんめん
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
で、その晩のことであるが、みすぼらしい一人のさむらいが、下谷池ノ端をあるいていた。登場人物の一人であった。すると向こうから老武士が来た。登場人物の二人目であった。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
やはりこの辺を飛び廻る下級の長脇差ながわきざし胡麻ごまはえもやれば追剥おいはぎかせごうという程度の連中で、今、中に取捲いておどしているのは、これは十二三になるさむらいの子とおぼしき風采ふうさい
旧幕のころであった。江戸の山の手に住んでいるさむらいの一人が、某日の黄昏ゆうぐれ便所へ往って手を洗っていると手洗鉢ちょうずばちの下の葉蘭はらんの間から鬼魅きみの悪い紫色をした小さな顔がにゅっと出た。
通魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
なんでえふてえ奴だと喧嘩を吹っ掛けて、其のさむらいと喰いっても刀をふんだくって番頭さんに渡して遣れば、あとで死に合うとも何うしてもいのだから、番頭さんもいなせなこしらえでゴテ/\をきめて
と、内藤さんはおやしきへ上がるとすっかりさむらいになってしまう。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
もとは卑しいさむらいという名称も、ここに至って何人なんぴとかこれを賤しみましょう。後には敬称を付けて御侍ということにもなってしまいました。
もなくいんさまは三浦みうらすけ千葉ちばすけ二人ふたり武士ぶしにおいいつけになって、なんさむらい那須野なすのはらててわたしをさせました。
殺生石 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
いずれにしても、武蔵ばかりでなく、新免家のさむらいたちが、関ヶ原以後、敗走兵として、他国へ流寓していたことは事実に近い。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
抽斎はこの日に比良野の家から帰って、五百いおに「比良野は実に立派なさむらいだ」といったそうである。その声はふるいを帯びていたと、後に五百が話した。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)