しま)” の例文
私は門のところにためらひ、芝生しばふの上にためらつた。鋪石道を往きかへりした。硝子戸ガラスど鎧戸よろひどしまつてゐて内部を見ることは出來なかつた。
さらでだに虫の音も絶え果てた冬近い夜のさびしさに、まだ宵ながら家々の戸がピタリとしまつて、通行とほる人もなく、話声さへ洩れぬ。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
お縫は自らおのが身を待たして、蓋を引いたままじっとして勝手許かってもとしまっている一枚の障子を、その情の深い目でみつめたのである。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
堅くしまつた大きな門を背にして、二人は手をつないで彼れの近づくのを見守つてゐた。彼れは遠くからその二人を睨まへて歩いて行つた。
幻想 (旧字旧仮名) / 有島武郎(著)
これにはお角もおどろきましたが、窓の扉が堅くしまっていて、どうして明けるのか判らない。入口の扉にもいつの間にか錠がおろしてある。
半七捕物帳:59 蟹のお角 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
雨戸のしまつてゐる六畳の前の、色取り/\の草花に目がさめるやうな気がする。おくみは座敷の方の片隅から掃いて行つた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
扉のしまった音で眼を醒ました正木博士は、その名刺を受取ってチョット見ますと如何にも不機嫌らしく両眼をへこませました。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
けれど、それもいずれへか散って、その日の暮方くれがたからは、全くこの家は淋しくなって戸がしまっていた。中を覗いて見ると、何もなかったらしい。
凍える女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そこでかれ小屋こやまえすわりましたが、ると、蝶番ちょうつがいひとつなくなっていて、そのためにがきっちりしまっていません。
滝野はさう云つて閉めにかゝつたが、具合が悪くてうまくしまらなかつた。彼は、性急に舌を鳴して、断念してまた元の座に返つて煙草を喫してゐた。
(新字旧仮名) / 牧野信一(著)
むゝ、あの貧人ひんじんから是非ぜひどくもとめうわい。……なんでもへんであった。祭日さいじつゆゑ貧乏店びんばふみせしまってある。……いや、なう/\! 藥種屋やくしゅやはおりゃるか?
その中央に古代の城門に似た鉄の黒いとびらがいつもぴったりとしまっているのを梶はしばしば通って見たことがあった。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
哲郎は戸のしまった蕎麦屋そばやの前へ来ていた。かすかに優しい声で笑うのが聞えた。彼はその方へ顔をやった。わかい女が電柱に身を隠すようにして笑っていた。
青い紐 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
夜が更けて、店をしまふ頃になると、意地悪く眼が冴えて来たが、宵の口の一二時間は我慢が出来ないほど眠かつた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
夢中で鮨屋を駈出し、トットと大門町の伯父の処へ来て見ると、ぴったりしまって居るからトン/\/\/\
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
鉄のボートで出来た門はしまっていた。それは然し押せばすぐ開いた。私は階段を昇った。扉へ手をかけた。そして引いた。が開かなかった。畜生! あわてちゃった。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
例の通り紅葉もみじ引手ひきてに張り込んだ障子しょうじが、閑静にしまっているだけなのを、敬太郎は少し案外にかつ物足らずながめていたが、やがて沓脱くつぬぎの上に脱ぎ捨てた下駄げたに気をつけた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかしかなしいことには、ちひさなまたしまつてゐて、ちひさな黄金こがねかぎ以前もとのやうに硝子ガラス洋卓テーブルうへつてゐました、『まへより餘程よつぽど不可いけないわ』とこのあはれなあいちやんがおもひました
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
「いや、何もない。分ったことは、あの社長室の直下すぐしたの四階は、石垣いしがきという建築師の事務所、その下の三階は空き部屋だ。両方とももう戸がしまっていて、調べようにも方法がない」
「だが、そんなにしまりの厳重な部屋へ、人殺し野郎ははいれるわけはないだろう」
銭形平次捕物控:282 密室 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
あまりの事と學生は振返ツた……其のはなつらへ、風をあふツて、ドアーがパタンとしまる……響は高く其處らへ響渡ツた。學生は唇を噛みこぶしを握ツて口惜しがツたが爲方しかたが無い。悄々しを/\と仲間の後を追ツた。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
春秋に展覧会の開かれるグラン・パレーの入口は真黒くしまっていて、プチ・パレーの方に波蘭ポーランドの工芸品展覧会の雪の山を描いたポスターが白い窓のように几帳面きちょうめんな間隔を置いて貼られてある。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
今はてつけの悪い障子がびっしゃりとしまって、あたりがしんとしていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
店の戸のしまる音が聞えた。燈火のさしていたガラス戸がまたたいて見えなくなっていった。まだ一つ二つ残っていたが、それもすぐに暗くなった。しいんとした。……彼らは二人きりだった。
あとはしまった店がすこし目立つぐらいで、街はやっぱり華美かびであった。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
浴客はまだ何処にも輻湊ふくそうしていなかったし、途々みちみち見える貸別荘の門なども大方はしまっていて、松が六月の陽炎ようえん蒼々あおあおと繁り、道ぞいの流れの向うに裾をひいている山には濃い青嵐せいらんけぶってみえた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
子羔しこうだ。孔門の後輩で、子路の推薦すいせんによってこの国の大夫となった・正直な・気の小さい男である。子羔が言う。内門はもうしまってしまいましたよ。子路。いや、とにかく行くだけは行ってみよう。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
寝台の上へ起直ると、続いて何処どこかでばたんとドアしまる音がした。
海浜荘の殺人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
富岡の門まで行ってみると門はしまって、内は寂然ひっそりとしていた。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
硝子ガラス戸もその向うの戸もきちんとしまつて居るのです。
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
その一つのドアが今ばたんとしまってその向うに
鳥料理 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
硝子のしまつた青いまち
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
其癖そのくせ、ガラ/\とまた……今度こんど大戸おほどしまつたときは、これで、う、家内かないわたしは、幽明いうめいところへだてたとおもつて、おもはずらずなみだちた。…
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
彼が出ていつて、背後うしろドアしまると、部屋中が暗くなつて、ふたゝび、氣が沈み、名状し難い悲しさが、のしかゝつて來た。
窓は硝子がしまつて内から黒いカーテンが懸つてゐるのだから、並べた花は向うの黒い中にもあるやうに硝子に寫つた。
赤い鳥 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
で、彼が家へ歸つてくると、玄關の戸がもうしまつてゐた。信吾は何がなしにわが家ながらしきいが高い樣な氣がして、成るべく音を立てぬ樣にして入つた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
三十分の後、女は暗い下のへやの隅にすくんでいた。破れたすすけた障子が西向に、しまっていて、床は汚れた三畳敷の室であった。敷物も別になくてただ女は片隅に竦んだまま身動きをしなかった。
悪魔 (新字新仮名) / 小川未明(著)
大廣間おほびろま周圍しうゐには何枚なんまいとなくがありましたが、いづれもみなしまつてました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
と、障子しょうじしまって続いてぱっと傘をひろげる音がした。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
近所ではもうパタパタ戸がしまるころである。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「此雨戸は今朝しまつては居たのだな」
快活な聲がもつつてゐるのを聞きとることが出來るか出來ぬ中に(その間にアデェルの聲を聞きわけたやうに思ふ)、ドアしまつてしまつた。
どこからか、細目にあかりが透くのかしら?……その端の、ふわりと薄匾うすひらったい処へ、指が立って、白くねて、動いたと思うと、すッとしまった。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
行つた時は、平生いつものやうに入口の戸がしまつて居ました。初めての人などは不在かと思ふんですが。戸を閉めて置かないと自分の家に居る氣がしないとアノ人が云つてました。
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
しまりは無い」
「どうしまして、邪魔も何もござりましねえ。はい、お前様まえさま、何かたずねごとさっしゃるかね。彼処あすこうち表門おもてもんしまっておりませども、貸家かしやではねえが……」
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ざつわし住居すまひおもへばいの。ぢやが、もんしまつてつては、一向いつかう出入ではひりもるまいが。第一だいいちわしゆるさいではおぬし此處こゝへはとほれぬとつた理合りあひぢや。
画の裡 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
蔵屋のかどの戸がしまつて、山が月ばかり、真蒼まっさおに成つた時、此の鍵屋の母娘おやこが帰つた。例の小女こおんなは其の娘で。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
白井しらゐさんの姿すがたは、よりもつきらされて、正面しやうめんえんつて、雨戸あまど一枚いちまいづゝがら/\としまつてく。
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
背後うしろに残って、砂地に独り峡の婆、くだんの手を腰にめて、かたがりながら、片手を前へ、斜めに一煽ひとあおり、ハタと煽ると、雨戸はおのずからキリキリと動いてしまった。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)