きり)” の例文
あの人はそれから、椅子に腰をかけて、抽斗ひきだしからきり紙撚こよりをとり出し、レター・ペーパーの隅っこに穴をあけてそれをつづりこんだ。
あの毒棒は、押ボタン一つおすと、一回に十本のきりが、さきにおそろしい毒をつけたまま、相手の身体にぐさりとつき刺すのであった。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
輕捷けいせふで素早くて、手に了へない上に、何處に隱し持つて居たか、細いきりのやうな匕首あひくちが、相手の急所を狙つて縱横に飛ぶのです。
次郎は始終熱心にそれを見ており、自分でも何かと手伝ったりしたが、恭一は、鰻の頭にきりが突きさされるごとに眼をそらした。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
老爺じじいは泰然たる返答へんじをして、風呂場を見に行った。乃公はきりんだ穴を見つけられると困るから、直ぐ二階へ上って本を読み始めた。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
疲れてふと洞窟のゆかへ身を投げてすと、昏々こんこんとして二日もさめないことがある。そんな時、頭心とうしんだけがきりのようにげていた。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この青年のかつて動き流れていたものが、誰からかたったきり一本を心の利目に打ち込まれたために、停ってしまったのではないか。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私の入れられた箱は、四方ともふさがれていて、たゞ、出入口の小さな戸口のほかには、空気抜きのためきりの穴が二つ三つつけてありました。
(一)きりのようなするどいもので突き通すこと、(二)ものを震えさせること、(三)突き通すような感動をあたえること、身震いしたり
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
お銀様は、筆誅を加えるほどの意気組みで、その名をきりで揉み込むほど強く木片にしたためて、長いこと睨みつづけておりました。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
女の青いしまのはんてんを羽織って立っている私は、きりわきの下を刺されくすぐられ刺されるほどに、たまらない思いであった。
狂言の神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
底に当たる節の隔壁にきりで小さな穴を明けておいて開いた口を吸うと羊羹の棒がなめらかに抜け出して来る、それを短く歯でかみ切って食う
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
きりか何かで穴を明けて、鰹節かつおぶしなどを差込んで置くと、そこから虫が附き始めるというのです。原因は知らず、木はやがて枯れてしまいました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
まるできりでもみこむような、するどい無遠慮な眼つきで、じっと彼の顔をみつめ、それから、きめつけるように云った。
鰻屋の職人らしい、印半纏しるしばんてんを着た片眼の男が手に針かきりのようなものを持って、わたくしの眼を突き刺そうとしています。
鰻に呪われた男 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
何が箱の中に入っていたか? 日本の国内では見られないような、精巧を極めた洋鑢ようやすりだの、メスだのきりだのの道具類が、整然として入っていた。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それはいしきり石錐せきすい)といふものです。また、石匙いしさじといふものがありますが、むかしひと天狗てんぐ飯匙めしさじといつてゐたものです。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
といって、ふときりして、の中につっんできました。このいたきりを木のひつの上からさしみますと、中で山姥やまうばぼけたこえ
山姥の話 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
手紙そこにも書いてあります様に、助役の一行が十方舎へ乗込んだ時には、もうその娘の親爺は、脇腹から心臓めがけて大きなきりを突立てられたまま
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
病身らしい小男で、いかめしい顔をし、眼の上に筋があって、きりのように人を刺し通す鋭い直線的な眼つきをしていた。
皆々怪しんで地上へ引き出し、汝何者ぞと問えど返事せぬ故、きりで一所刺すと、初めて、我を持ちて大道傍に置かば我名をいう者来るはずと語った。
きりむような痛みを感じて私は又頭を枕に落ち付けた。そうして何事も考えられぬ苦しさのため息をホッといた。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「一体朝吹君や益田君は、以前せつせと高野山を渉猟あさり歩いて、自分の蒐集コレクシヨンを拵へた人達なんぢやないか。」と富豪かねもちきりのやうな言葉を投げつけた。
やあ、僕の理想は多角形で光沢があるの、やあ、僕の神経はきりの様にとンがって来たから、是で一つ神秘の門をつッいて見るつもりだのと、其様そんな事ばかり言う。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
どじょうきは、素人しろうとの手に負えぬものとなっているが、それは急所にきりが打ち込めないからで、その急所は目の付け根とおぼしいところの背骨にある。
一癖あるどじょう (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
そして暗灰色の曇り空の中にちょっぴりした鮮かな雪の色は思いがけなく僕の心にきりのような痛みを感じさせた。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
南に富士川は茫々ばう/\たる乾面上に、きりにて刻まれたるみぞとなり、一線の針をひらめかして落つるところは駿河の海、しろがね平らかに、浩蕩かうたうとして天といつく。
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
白馬岳の頂上は未だ見られないが、左手を眺めると杓子岳続きの一岩峰がきりのようにとがった頭を高く天空に刺し、岩骨削るが如く、一草一木を生じない。
白馬岳 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
売物と毛遂もうすいふくろきりずっと突っ込んでこなし廻るをわれから悪党と名告なのる悪党もあるまいと俊雄がどこかおもかげに残る温和おとなし振りへ目をつけてうかと口車へ腰を
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
同樣にしてかんなの如くに運動うんどうさする仕方も有り一片の木切れにほそぼうの先を當ててきりの如くに仕方しかたも有るなり。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
やがて小六ころく自分じぶん部屋へや這入はいる、宗助そうすけ御米およねそばとこべて何時いつものごとた。五六時間じかんのちふゆきりやうしもさしはさんで、からりとわたつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
近ごろ手をつけたような跡が少しでもあれば、すぐに我々の眼につかないはずはない。たとえば、きりくずの一粒でも、林檎りんごみたいにはっきりしたでしょうよ。
白いやわらかな円石まるいしもころがって来、小さなきりの形の水晶すいしょうの粒や、金雲母きんうんものかけらもながれて来てとまりました。
やまなし (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
といひかけると、こんどは足の中へきりでももみこむやうに痛くなつてきましたので、もうたへられなくなり
百姓の足、坊さんの足 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
例えばあなのあいたコルクが入用とすると、コルクとコルクきりを入れてある引出しに行って、必要の形に作り、それから錐を引出しにしまって、それをしめる。
きりを紅く焼きて木の唐櫃の中に差し通したるに、ヤマハハはかくとも知らず、ただ二十日鼠が来たと言へり。
遠野物語 (新字旧仮名) / 柳田国男(著)
而かもまた無心無我の極にあつて、既に恐るべき悪魔的天才の萌芽を示した雋鋭せんえいきりの如き近代の神経と感覚。驚くべきこの犯罪はただ手もなくやつつけられた。
神童の死 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
彼の目はきりのごとく、冷たくそして鋭かった。彼の一生は二つの言葉につづめられる、監視と取り締まりと。彼は世間の曲りくねったものの中に直線をもたらした。
うしてかれ卯平うへいたいする憎惡ぞうをねんかれこゝろきり穿うがつてさらくぎもつ確然しつかちつけられたのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
が、きりで刺すような寒さに身内がぞくぞくしてとて静然じっとしていられないので、彼女は再び歩きだした。
碧眼 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
きりでもよいし、小刀の先でもよい。ちょいと突ッつくだけなんだよ。痛くもなんともありやしないよ」
疲れた時には舟の小縁へ持って行ってきりを立てて、その錐の上にくじらひげを据えて、その鬚に持たせたまたいとをくいこませて休む。これを「いとかけ」と申しました。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
モンターニアをしひたげし古き新しきヴェルルッキオの猛犬あらいぬもとの處にゐてその齒をきりとす 四六—四八
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
そう云って、隠していた小刀ナイフきりを、ポンと床のうえに投げ捨てたが、そうして、彼の詭策が成功したにもかかわらず、またもとの憂鬱な表情に帰ってしまうのだった。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
沈黙におちると、もう夜のふけわたったことが、きりで耳を刺すように、しんしんと感じられます。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それたゞくるしいので、なんですか夢中むちうでしたが、いまでもおぼえてりますのは、其時そのとききりを、貴方あなた身節みふし揉込もみこまれるやうに、手足てあしむねはらへも、ぶる/\とひゞきましたのは
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
耳の病を祈るしるしとして幾本かの鋭いきりを編み合わせたもの、女の乳しぼるさまを小額の絵馬えまに描いたもの、あるいは長い女の髪を切って麻のに結びささげてあるもの
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
また、疾瘡しっそうをうれうるものが両国橋の中央に至り、飛騨ひだの国きり大明神と念じて北の方へむかい、きり三本ずつ川中に投じつつ礼拝すれば、平癒するとのマジナイもあるそうだ。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
このきりといふのは千枚通しの丈夫な錐であつて、これを買ふてから十年余りになるであらう。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ペンペのからだがくろちひさなてんになつて、グーッグーッときりむやうに下界したちてゆくのがわかつた。やがてそれもえなくなつてしまつた。ペンペはどうなつたらうか。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)