はす)” の例文
寺へ着くと子供がはすの花を持って来て鼻の先につきつけるようにして買え買えとすすめる。貝多羅ばいたらに彫った経をすすめる老人もある。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
おそらく、姉も城下の獄につながれているのであろう。そうなれば、姉妹きょうだいひとつはすうてなだと思う。どうしてもない一命とすれば、せめて
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……身にむ、もののあわれさに、我ながら袖も墨染となって、はすの葉に迎えようとしたと、あとに話した、というのは当にならぬ。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ゆき子ははすつぱに笑つて、浴槽のふちへ両手をかけて、泳ぐやうなしぐさをした。腕もいくらか太つて、すべすべした肌になつてゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
不規則なる春の雑樹ぞうきを左右に、桜の枝を上に、ぬるむ水に根をぬきんでてい上がるはすの浮葉を下に、——二人の活人画は包まれて立つ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
十人は翡翠ひすいはすの花を、十人は瑪瑙めのうの牡丹の花を、いずれも髪に飾りながら、笛や琴をふし面白く奏しているという景色なのです。
杜子春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
内山は、呆気あっけにとられながら、丹後守の渡す拳銃を受取って見ると、筒先は六弁に開いて、はすのように六つの穴があります。
くださりませ。私は今日で十日というもの米一粒も食べませぬ。はすの実一つ食べませぬ。私は餓死うえじにいたします。どうぞお助けくださりませ
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
はす浮葉うきばのいまだしげに浮んだ池のみぎわに映っているありさまは、ほんに江戸名所、東錦絵あずまにしきえのはじめを飾るにふさわしい風情と見えるのです。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
やちきしょう、西瓜すいかをこんなにかじっていやがる。オヤはすも食ったなどと、いかにも興味ある発見をしたような声を出す。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
はすの実を売る地蔵盆の頃になると、白い綿のような物の着いている小さい羽虫が町を飛ぶのが怖ろしく淋しいものであった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すると、その皎々こうこうたる頬の上からきらりきらりとひらめきながら、はすの葉をこぼれる露の玉のように転がり落ちるものがあった。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
肱掛窓ひじかけまどから外を見れば、高野槙の枝の間から、さわやかな朝風に、微かに揺れている柳の糸と、その向うの池一面に茂っているはすの葉とが見える。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
琥珀こはく刺繍ぬひをした白い蝙蝠傘パラソルを、パツとはすの花を開くやうにかざして、やゝもすればおくれやうとする足をお光はせか/\と内輪うちわに引きつて行つた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
それから半月あまりを過ぎて、はすの巻葉もすっかりひろがった五月の十六日、谷中の別園に再び林氏の詩筵しえんが開かれた。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ほかに「はすはな」のレーマン、「月の夜」のシュルスヌス、「春」のシューマンなどがとにもかくにも良いものであろう。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
ある時などは、家へ集まって乱痴気騒ぎをしているはすな女どもを、腕づくで一人残らず追い払ったほどであった。
一枚開けた障子のすきから、漆のような黒い水に、枯れはすの茎や葉が一層くろぐろと水面に伏さっているのがのぞかれる。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「何を以てか、リアルとなす。はすの開花に際し、ぽんと音するか、せぬか、大問題、これ、リアルなりや。」「否。」
HUMAN LOST (新字新仮名) / 太宰治(著)
「諸法実相の理を按ずるに、かの狂言綺語きょうげんきごの戯、かへりて讃仏乗の縁なり」とする思想は、単に『十訓抄じっきんしょう』の著者(「はすうてなを西土の雲に望む翁」)
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
小禽ことりが何百羽はいっていようかと思われるほどの大鳥かご万燈まんどんのような飾りもの、金、銀、紅、白のはすの造花、生花はあらゆる種々な格好になってくる。
「こはいことはないぞ。」かすかに微かにわらひながらその人はみんなに云ひました。その大きなひとみは青いはすのはなびらのやうにりんとみんなを見ました。
ひかりの素足 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
頭をそらして翼のあいだにつっこむと、おだやかな湖にうかぶ白いはすの花のように、静かに横たわっていました。
はすの浮気は一寸ちょいとれ」という時は未だ「いき」の領域にいた。「野暮な事ぢやが比翼紋ひよくもん、離れぬなか」となった時には既に「いき」の境地を遠く去っている。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
母親のお安も仕事の手を休めて、そこへ来て見ていた。お庄ははすの白煮をこしらえるつもりで皮をきはじめた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そして過去も未来も持たない人のように、池の端につくねんと突っ立ったまま、池の中のはすの実の一つに目を定めて、身動きもせずに小半時こはんとき立ち尽くしていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
仏壇にはあかりがついていて、はすの葉の上にそなえた団子だの、茄子なすや白瓜でつくった牛馬だの、真鍮しんちゅうの花立てにさしたみそ萩などが額縁がくぶちに入れた絵のように見える。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「これが、どうもわしにはふに落ちませんので。仏様のくにへ行く路なら、何もかう菖蒲ばかり植ゑなくても。ちつとははすを植ゑたらどうかと思ふのですがのイ。」
百姓の足、坊さんの足 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
「それはそれは……すると、この池に、白と赤のはすが咲いていたころのことを、ごぞんじでしょうな」
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
池は涼しそうではすの花が多く咲き、蓮葉は青々として露がきらきら玉のように光っているのを、院が
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
塩崎の家にしても小さいながら朱塗の門をとざして、梧桐やはすの茂つた、まるで日時計のやうにひつそりした中庭を持つてゐるのだ。中庭があると云つて別に贅沢ぜいたくぢやない。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
牛蒡ごぼうはす里芋さといもの煮つけの大皿あり、屠蘇とそはなけれど配給のなおし酒は甘く子供よろこびてなめる。
海野十三敗戦日記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
青いはすの葉の上でコロコロころんでいる水銀の玉、蜘蛛くもの巣をつたって走る一滴の水玉、そんな優しい小さなものに、そんな美しい小さなものに、わたしはなれないのかしら。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
百合ゆりの花をもって礼拝し、はすの花をもって冥想めいそうに入り、ばらや菊花をつけ、戦列を作って突撃した。さらに花言葉で話そうとまで企てた。花なくてどうして生きて行かれよう。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
駕籠かごはいま、秋元但馬守あきもとたじまのかみ練塀ねりべい沿って、はすはなけんきそった不忍池畔しのばずちはんへと差掛さしかかっていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
なによりさきわたし自墮落じだらく承知しやうちしてくだされ、もとより箱入はこいりの生娘きむすめならねばすこしはさつしてもくださろうが、口奇麗くちぎれいことはいひますともこのあたりのひとどろなかはすとやら
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
駕籠かごかきが送ってきた客へのこぼれるような愛嬌あいきょうは、はやいつもの登勢の明るさで奉公人たちの眼にはむしろはすじみて、高い笑い声もに落ちぬくらい、ふといやらしかった。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
長者のむすめはじめ三人の沈んだ処は、福浦と云う処であった。浦戸港の入江に面した田圃たんぼの中には、そのあとだと云うはすの生えた小さな池があって、そこに三人を祭った小社こやしろがあった。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
はすの葉の上に乗っかってただゆらゆら揺れているだけではしようがないじゃないか。
いつも派手な色の、ま新しいよだれかけを、必ず二三枚は胸にあてていられる。村のはすっぱな娘たちが、前かけや、羽織裏などのともぎれで作っては、人知れずおそなえするからである。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
はすの葉を一枚緑に画いて、かたわらに仰いで居るさぎうつむいて居る鷺と二つ画いてあるが如きは、複雑なものを簡単にあらはした手段がうまいのであるが、簡単に画いたために、色の配合
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
星形をした大きな池には、赤はすや青蓮が咲きほこり、熱帯魚がルビイ色の魚鱗ぎょりんをきらめかせてゐる。樹間には極楽鳥のつばさがひるがへり、芝生には白孔雀くじゃくが、尻尾しっぽをひろげて歩いてゐる。
わが心の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
柳橋やなぎばし駅から犬山橋までの電車の沿線にはくわが肥え、梨が実り、青い水田のところどころには、ほのかなあかはすの花が、「朝」の「八月」のにおいをさわやかな空気と日光との中に漂わしていた。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
何もかも——さびを帯びた金色こんじきの仏壇、生気の無いはす造花つくりばな、人の空想を誘ふやうな天界てんがい女人によにんの壁にかれた形像かたち、すべてそれらのものは過去すぎさつた時代の光華ひかり衰頽おとろへとを語るのであつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「どちらへ」とお互いに申しまして、「いけはたまで」といいましたら、「私も」といわれます。上野不忍池しのばずのいけで催すはすの会へ案内を受けたのです。会主の大賀おおが一郎氏は縁つづきになるのでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
閉じた胸の一時に開けた為め、天成の美も一段の光を添えて、えんなうちにも、何処か豁然からりと晴やかに快さそうな所も有りて、宛然さながらはすの花の開くを観るように、見る眼も覚めるばかりで有ッた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
今ではお前さん何不足なくう遣って居ますが今日はからずお前達に逢って、私はお、観音様の持って入らっしゃるはすつぼみで脊中を打たれる様に思いますよ、まだ二人とも若い身の上だから
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
日が経つに従ってますます大きくなってはすの花そっくりの妙な恰好になってまいりましたり、何十年にも寝たことのない親父が、下駄を穿く拍子にちょっとつまずいたと思ったら足を挫いておりまして
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
彼は穏やかな内海の上の白いはすの花のように静かに横たわっていた。やがて風が起って軽い水面にひだをたてた。水面はまるで大きな広いなみになって転がるエエテルででもあるように、きらきら輝いた。
聖アンデルセン (新字新仮名) / 小山清(著)
このはすなどなかなかいいや。これはこの辺には売っていませんか。
台湾の民芸について (新字新仮名) / 柳宗悦(著)