しま)” の例文
「でも、親分が居なさると若い者も何となく気がしまっていい。迷惑でしょうが、町内付合だと思って涼み船の人数に入って下さい」
白いきれが、くるくると小さくなり、左右から、きりりとしまって、細くなって、その前髪を富士形に分けるほど、鼻筋がすっと通る。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
勘次かんじには主人しゆじんうち愉快ゆくわいはたらくことが出來できた。かれ體躯からだむし矮小こつぶであるが、そのきりつとしまつた筋肉きんにく段々だん/″\仕事しごと上手じやうずにした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
うもゆるみますと、到底とてももとやうしまわけにはまゐりますまいとおもひますが。なにしろなかがエソになつてりますから」とつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
彼女の双眼は、叡智えいちのなかに、いたずらを隠して、さかしげにまたたいていた。引きしまった白い顔に、黒すぎるほどの眼だった。
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
『あゝ、月がある!』然う言つて私は空を見上げたが、後藤君は黙つて首をれて歩いた。痛むのだらう。吹くともない風に肌がしまつた。
札幌 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
しまりのない肉づきのいい体、輪廓りんかくの素直さと品位とをいている、どこか崩れたような顔にも、心をきつけられるようなところがあった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
一家の平穏のためにはどんな些細ささいな邪魔でも嫌悪けんをしたい本能から気の引きしまるのを感じながら、彼女は玄関の厚い硝子戸ガラスどをゆつくり開けた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
殊に彼女の口は、彫刻家ののみの力を借りなければ開かぬものゝやうにかたくしまり、ひたひは次第に石のやうな峻嚴しゆんげんさにすわつてゐた。
「旦那のかんがえていることはばかばかしいことですよ、わたしなぞ松の溜場にはいると、きゅっとからだがしまって来るほど快い気持です。」
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「何だな、吝臭けちくさえ。途中ですようなら始めっから出ねえがいい。お前この節はいやにしまになったな。」とけなされると
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
それは、あの日には三十俵五人扶持ぶちの門田与太郎であった。しかし今は、鶴のようなしまった身体からだに公然と着る絆天はんてん股引ももひきがよく似合っていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
そこは日の目のさしたこともなかろうと思われるような、陰気な冷い部屋、畳は板のようにしまって固く、天井は高かった。
比叡 (新字新仮名) / 横光利一(著)
せいはすらりとしているし、眼は鈴を張ったようにぱっちりしているし、口はしまって肉はせずふとらず、晴れ晴れした顔には常に紅がみなぎっている。
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
彼は涙ぐましいほど引きしまった心で、而し、救いの手を待つような落着いた心で、毎週月曜日と、それから他の日にも時々、横田の家へ行った。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
柔和な博士の眼がまったく引きしまり切って、博士はもはや猟銃も鴫も鷭も、すっかり忘れ果てているかのようであった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
かんかぜに赤くひきしまっている顔は、どこか大人たいじんそうをそなえ、大きくて高い鼻ばしらからあぎとにかけての白髯はくぜんも雪の眉も、為によけい美しくさえあった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
黒の莫大小メリヤスの裏毛の付いたやつで、皺を延ばしてめた具合は少許すこし細くしまり過ぎたが、握つた心地こゝろもちは暖かであつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
引きしまった両顎と、憤り及び悲哀の皺とを持つところのこの獅子のような相貌を支配している特徴は、まさに意力である。——ナポレオン的意力である。
そして、なんだか寒い程引きしまった気持の中で、一斉いっせいに開こうとする花束のような、おびただしい微笑がふくらみ、やがて静かななみだとなって溢れ出すのを感じた。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
なかでも、長身なあなたが、若い鹿しかのように、しなやかな、ひきしまった肉体を、リズミカルにゆさぶっているのが、次の一廻り中、眼にちらついています。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
そこに行くと、「君待つと吾が恋ひ居ればわが屋戸やどすだれうごかし秋の風吹く」(巻四・四八八)の方がうまい。似ているが初句の「君待つと」でしまっている。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
パラオ女には珍しくしまった顔立で、恐らく内地人との混血なのではなかろうか。顔の色も、例の黒光りするやつではなくて、艶を消したような浅黒さである。
再びあの真っ暗な堂のなかは四天王の像だけになり、其処には千年前の夢が急にいきいきとよみがえり出していそうなのに、僕は何んだか身のしまるような気がした。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
するとその紫ばんだ、妙にしまりのないくちびるには、何か微笑ほほえみに近い物が、ほんのり残っているのでございます。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一寸ちょっとしたウイスキイの酔は、すぐにも発散したし、湯上りのやや肌寒はだざむを感ずるところへ、明日はいよいよ樺太だと思うと、何か気もあがれば、引きしまっても来る。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
「ふうん、貴様が例の闇太郎か! 大名、富豪の、どんな厳重なしまりさえも呪文じゅもんで出入りするかのように、自由に出没すると言う、稀代きたいの賊と言うのは、貴様か?」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
僕が毎日の様にくのはリユクサンブル公園と、其処そこの美術館とだ。一えふをも着けない冬がれの、黒ずんだ幹の行儀よく並んだ橡樹マロニエの蔭を朝踏む気持は身がしまる様だ。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
菘庵は、指先で血を取って、指頭しとうで捻って小首をかしげていたが、急にひきしまった顔つきになって
何時いつもは、夫の帰るのを考えると、妙に身体からだが、引きしまってムラ/\とした悪感おかんが、胸をいて起るのであったが、今宵に限っては、不思議に夫の帰るのが待たれた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
筋肉質のしまったからだで、色が黒く、はっきりと濃い眉や、いつも一文字なりにひき結んでいる唇や、またたきをすることの少ない静かな眼つきなどで際立ってりんとみえる。
初夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
やがて乱れ飛ぶ霧に、せき立られるようにして立上ると、台地のすぐ上を登って行った。この壁は思ったより手強かった。岩は堅くしまっているが、手懸は小さく足場は少い。
一ノ倉沢正面の登攀 (新字新仮名) / 小川登喜男(著)
うら寂しい夫でいて兎の毛で突いたほども隙間のない引きしまった気分が、何か想像にも及ばない痛快な「だんまり」の幕の開かれる前の舞台に臨んだような感じを起させる。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
筋肉にくの固く引きしまってることといったら、まったく吃驚びっくりするくらいで、鼻面が——針のように尖ってるのだよ!』そう言って二人を、非常に瀟洒しょうしゃな小さい小舎こやへと案内したが
駒形の茂兵衛(三十三、四歳)角力をやめてグレてはいった博徒仲間、約十年に鍛錬した体と共に、心もぐッとしまり、見違えるような男になっている。今は諸国をめぐる旅人風俗。
一本刀土俵入 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
ぐったりしていた気持が急に引きしまって、私は身構える。そしてじっと待つ。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
頭上から強い光をうけているせいで断髪の頭や、ゆるやかな頸から肩への輪廓がしまってなお小柄に見える伸子は、影を絨毯の上におとしながら、首をかしげてちょっとの間黙って考えていた。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
弥撒ミサを行ふ間は、わが心自づと強く、身もしまつて、尊い葡萄酒のかゞやきは眼に満ちわたり、聖なる御油みあぶらに思も潤ふが、このわが廊堂の人げない処へ来ると、此世のつかれ崩折くづをれて、くゞまるともかまひない。
法王の祈祷 (新字旧仮名) / マルセル・シュウォッブ(著)
漆黒のやわらかな髪が肩まで垂れ、まるで月の光を凝固したような色のスーツは、胸のこんもりした双つの丘のしたで花籠のようにしまって、腰から腿にかけてのカーヴをひときわ魅惑的にしている。
メリイ・クリスマス (新字新仮名) / 山川方夫(著)
そして一體にふくよかにやはらかに來てゐる、しかも形にしまツたところがあツたから、たれが見ても艶麗えんれいうつくしいからだであツた。着物きものてゐる姿すがたかツたが、はだかになると一だんひかりした。それからかほだ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
平田は私立学校の教員か、専門校の学生か、また小官員こかんいんとも見れば見らるる風俗で、黒七子くろななこの三つ紋の羽織に、藍縞あいじま節糸織ふしいとおりと白ッぽい上田縞の二枚小袖、帯は白縮緬しろちりめんをぐいとしまり加減に巻いている。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
口は歌ふ前のやうにきゆつとしま
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
味方らしい年上の方が、対向さしむかいになると、すごいようで、おのずから五体がしまる、が、ここが、ものの甘さと苦さで、甘い方が毒は順当。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もつともと一面いちめん竹藪たけやぶだつたとかで、それをひらとき根丈ねだけかへさずに土堤どてなかうめいたから、存外ぞんぐわいしまつてゐますからねと
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
一錢ひやくもねえから」と卯平うへいはこそつぱいあるもののどつかへたやうにごつくりとつばんだ。かれしわ餘計よけいにぎつとしまつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
甲谷が振り返って芳秋蘭を見ようとすると、そこへ、細っそりと肉のしまった、智的な眼の二重に光る宮子が、二階から降りて来て甲谷の傍の椅子へ来た。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
四人は、彼の前へ出て、彼のきびしい眉のしまり方を見つめた。もう吩咐いいつけられる使命を察したもののように
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、おびただしく酔つて居るので、足の力にしまりが無く、かへつて自分が膳や椀の上に地響してどうと倒れた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
笑ひ聲を立てゝゐる娘が、彼にこのことを話して聞かせたとき、彼の口は確かに可なりきつと結ばれてゐたやうに見え、彼の顏の下部かぶは異常に嚴酷に引きしまつてゐた。
翌朝彼らは、東南にあたる尾根のくぼみに煙のあがるのを見た。身肌のひきしまる夜明けの静かなぎのなかであった。その煙は青々と末ひろがりに天にのぼって薄れて行った。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)