此方こつち)” の例文
一層いつそ此方こつちから進んで、直接に三千代みちよを喜ばしてやる方が遥かに愉快だといふ取捨の念丈は殆んど理窟を離れて、あたまなかひそんでゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
そこで、感情かんじやうがいしてるなと、此方こつちではおもつてる前方せんぱうが、くだん所謂いはゆる帳場ちやうばなるもの……「貴女あなた、これはつてかれますか。」とつた。
廓そだち (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
れは此樣こん無學漢わからづやだのにおまへもの出來できるからね、むかふのやつ漢語かんごなにかで冷語ひやかしでもつたら、此方こつち漢語かんごかへしておくれ
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
私は、然し、主筆が常に自己おのれと利害の反する側の人を、好く云はぬ事を知つて居た。「先方むかうが六人で、此方こつちよりは一人増えたな。」
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「先生様のお為めなら、わしい、何時いつだつて投票するだと、彼方あつちからも此方こつちからも持掛けるんで定めし先生様もお困りでがせうな。」
婆奴等ばゝあめら、そつちのはう偸嘴ぬすみぐひしてねえで、佳味うめものつたら此方こつちつてう」先刻さつきくび珠數じゆずいた小柄こがらぢいさんが呶鳴どなつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「何でも向うがすつかり赤化せきくわしちやつて、ゐられなくなつて、それで此方こつちへ来たんだが、去年の冬あたりから来てるんぢやないかな……」
アンナ、パブロオナ (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
「湯河原までぢや、十五円で参りませう。本当なれば、もう少し頂くのでございますけれども、此方こつちからお勧めするのですから。」
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
がくだアな、此方こつちへおで、こゝで抹香まつかうあげるんだ、これがおだうだよ。梅「へえゝこれ観音くわんおんさまで……これはなんで。近「お賽銭箱さいせんばこだ。 ...
心眼 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
「其處を塀の上へ登つて。此方こつちへ千兩箱を越さしたんだ、大きな音を立てずに、二つの千兩箱は、スルスルと畑の中へ滑り落ちたんだね」
何とかして一度でも此方こつちを見てくれゝばいゝと三田は念じてゐたのだけれど、先方にとつては、三田の如きは路傍の電信柱に等しかつた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
さうして照ちやんのもう此方こつちの仕事には氣が添はず何かそは/\としてゐるのを心の底で腹立たしく妬ましく思ふのであつた。
いつそ今の中一か八かで、此方こつちから進んで占領地へ踏出したら、案外新しい生活の道を見つけることができるかも知れない。
羊羹 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
此方こつちから算盤そろばんはじいて、この土地とち人間にんげん根性こんじやうかぞへてやると泥棒どろぼう乞食こじきくはへて、それをふたつにつたやうなものだなう。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
彼方あつち此方こつちさがす中、やつとのことで大きな無花果いちじく樹蔭こかげこんでるのをつけし、親父おやぢ恭々うや/\しく近寄ちかよつて丁寧ていねいにお辭儀じぎをしてふのには
怠惰屋の弟子入り (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
れるだらうから、此方こつちはいつたらからうとすゝめ、菓子くわしなどをあたへてうちに、あめ小歇こやみとなり、また正午ひるちかくなつた。
「まア、飛ばねえやうに、繩ででもくゝつて置いてお呉れなせえ、此方こつちからだもちぎれねえやうに、今ま一杯つてくからネ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
婦人の方は、先方で請出すと云ふのなら、此方こつちでも請出すまでの事。さうして、貴方の引負ひきおひ若干いくらばかりのたかに成るのですか
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
あいつの本箱には、黒い背中を縦に此方こつち向きにした何十冊とも数知れない学生時代のノート・ブツクが未だに、何年も前から麗々と詰つてゐる。
夏ちかきころ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
今度は此方こつちも意地になつて、菓子折で作つた札に、「X—新聞固く御断り申候まうしさふらふ」と油絵具でしたゝめ、それをくぎづけにした。
姉弟と新聞配達 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
二人が土蔵を出ると、向ふから祖母が腰をまげて、枇杷びわの木の下をせか/\と此方こつちへ小走りに走つてくるのが見えた。
父の帰宅 (新字旧仮名) / 小寺菊子(著)
惜しい事をしたナ、向ふ河岸かしのクルーゲルの伯父さん、う少ししつかりして貰ひたかつた。だがよ、此方こつちの勧進元のセシル、ローヅも豪かつたナ。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
甚麼話どんなはなしるのでらうか、彼處かしこつても處方書しよはうがきしめさぬではいかと、彼方あつちでも、此方こつちでも、かれ近頃ちかごろなる擧動きよどう評判ひやうばん持切もちきつてゐる始末しまつ
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
二三人の紳士たちが、彼の傍に掛けてゐて、時々部屋の此方こつちまで彼等の話の斷片が聞えて來た。初めは耳に入ることの意味がはつきり出來なかつた。
すると此方こつちで、太陽の下では睡げだつた連中が、ウアハハハツと云つてよろこぶ。その形態たるや彼我相似てゐる。鉄管も管であり、地下鉄道も管である。
散歩生活 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
どんぶりすしや蜜柑のやうなものが、そつち此方こつちに散らばつて、煙が濛々もう/\してゐた。晴代は割り込むやうにして、木山の傍に坐つたが、木山は苦笑してゐた。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
そんなことをして此方こつちをさん/″\おどかして置いて、お仕舞しまいに高い祈祷きとう料をせしめようとする魂胆こんたんに相違ないのだ。そのくらゐの事が判らないのかな。
とにかく此方こつちは教育を受けた年限も長いんやから、心臟が強い云はれるかも知らんけど、なんぼでもよいからTさんより上にして下さい言うたんですよ。
かめれおん日記 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
A フン、それは相談さうだんをしないはうわるいんだが、むかふで相談さうだんしなけりや此方こつちから相談さうだんしかけたらいぢやないか。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
難有ありがたう。𤍠は高かつたが一寸ちよつとした風邪だつたんだね。ゆうべから起きたよ。大きな物をき出したね、此方こつちは長谷川かい。随分凄さうなモデルだね。」
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
すぐに病人びやうにんれてゆけつてひどことをぬかしやがる、此方こつちもついかつとして呶鳴どなつてちやつたんですが…………
彼女こゝに眠る (旧字旧仮名) / 若杉鳥子(著)
それに話をすると其れぢや折角の此方こつちの主意が通らないといけないから百二十點もつけておけといふんでせう。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
「溶けたツて、此方こつちの眼じアあるまいし、餘計よけいなおせつかいだわ。」と輕く投出すやうに謂ツた。かと思ふと海酸漿うみほゝづきを鳴らす音がする。後はまた寂然ひつそりする。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
はづして、二十五燭のを使つてたよ。さうすると晝のやうに明るかつた。此方こつちでもさうするといゝ。一つで家中明るくならあ。そして長い紐で八方へ引張るさ。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
して居るに長兵衞は長八に向ひ此頃このごろ此方こつちの娘がさつぱり見えぬが風にても引しかと問ければ長八は今のうはさ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
而もその途端に向うも此方こつちを見て、ぱつと視線がぶつかつたのさ……何しろその時、僕ははつと思つたよ。
S中尉の話 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
弟 だつてさうぢや無いか! 此方こつちが命がけになつてゐるのに、向ふはどうして命がけにならないんだ。
疵だらけのお秋 (新字旧仮名) / 三好十郎(著)
此方こつちへ出したり宜しい諸事僕が心得た先の宿しゆくで待つよと跡より驅來りて梅花道人手輕く三人の荷を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
此方こつちにはちやんと證據物件しようこぶつけんござる、そんなに八釜やかましくふなら、サアなせいとつて、山奧やまおくれてつて、その紀念塔きねんたふせてやるのだ、どうだいこのめぬか
「おい。どうしたんだ。そんな隅の方にゐないで、ちつとは此方こつちへ出ろよ。」目ざとく其状態ありさまを見て取つたAが、いつもの快活な調子で、向うからかう誘ひかけて呉れた。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
所がふり向いた顔を見ると、かへつて此方こつちが驚いた。坊主頭と云ふ事を除いたら、竹内と似てゐる所などは一つもない。——相手は額の広い割に、眉と眉との間が険しく狭つてゐる。
孤独地獄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
『わたしのお友達が此方こつちを見ながら大きな声でうたつてゐるから御覧なさい』
つね子さんと兎 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
其の蝙蝠傘の此方こつちは自分が握つてゐるが、彼方むかふは真の親切者が握つてゐるのだか狐狸が握つて居るのだが、妖怪変化、悪魔の類が握つてゐるのだか、何だか彼だかサッパり分らない黒闇〻こくあん/\の中を
観画談 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
僕等はしばし休んで合羽かつぱを身にはじめた。その時はるか向うの峠を人が一人のぼつて行くのが見える。やはり此方こつちの道は今でも通る者がゐるらしいなどと話合ひながら息を切らし切らし上つて行つた。
遍路 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
此処ここ此方こつちの仲間のやで、おまんの上る所やないで、阿呆。」
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
ニコライとは此方こつちでも聞かぬ事で、これも古今の珍聞だ。
露都雑記 (新字旧仮名) / 二葉亭四迷(著)
「酒を振舞ふるまはなきや、此方こつちから拳固げんこを振舞つてやら。」
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
其進路そのコース沿うて其方そつち此方こつち排置はいちされました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
「待ち給へ。君には此方こつちい。」
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
尤も其間そのあひだに梅子は電話ぐちへ二返呼ばれた。然し、あによめの様子に別段変つたところもないので、代助は此方こつちから進んで何にも聞かなかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)