かんむり)” の例文
若者はそのみごとな仙術せんじゅつにみとれてしばらく呆然ぼうぜんとたたずんでいたが、やがてかんむりのひもをむすびなおすと、いそいそと帰っていった。
おしどり (新字新仮名) / 新美南吉(著)
月がえている。そして娘たちは、みんな白い着物を着て、白い花のかんむりをかぶって、歌っているの。そうね、何か聖歌のようなものを
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
猪子いぬしゝしてママおほきなものよ、大方おほかたいぬしゝなか王様わうさま彼様あんな三角形さんかくなりかんむりて、まちて、して、わたし母様おつかさんはしうへとほるのであらう。
化鳥 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
この翌年の五月天科村の広瀬庄太郎を案内者として同じく釜沢を登ったかんむり君の書面にると、西沢も遡れぬことはないそうである。
釜沢行 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
姥捨うばすてかんむりたけを右のほうに見ながら善光寺だいらを千曲川に沿って、二里ばかりかみのぼると、山と山の間、すべてひろい河原地へ出る。
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紙で作った衣裳いしょうかんむりの行司木村なにがし、頓狂声の呼出しが蒼空あおぞらへ向かって黄色い咽喉を張りあげると、大凸山と天竜川の取り組み。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼女は五枚折りの大きな化粧鏡の前で、まず女王のかんむりを外した。それから腰を下ろすと下にしゃがんで長い靴と靴下とをぬぎ始めた。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「ありがとう。しかしその赤頭巾あかずきんは、苔のかんむりでしょう。私のではありません。私のかんむりは、今に野原いちめん、銀色にやって来ます。」
気のいい火山弾 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
王女さまはまだわかいので、裳裾もすそもひかず、金のかんむりもかぶっていませんでしたが、目のさめるような赤いモロッコ革のくつをはいていました。
麻のかんむりをかぶるのが古礼だが、今では絹糸の冠をかぶる風習になった。これは節約のためだ。私はみんなのやり方に従おう。
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「まあ/\。そうおかんむりを曲げないで佐倉の池の説明をしてお呉れ。彼処あすこにはお鉢に赤飯を入れて沈めるお祭典まつりがあったね?」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
私共わたしどもは、そのつか金冠塚きんかんづかづけましたが、そのわけは、このつかなかから、それは/\立派りつぱきんかんむりたからであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
清盛は西八条のやしきで父を地べたにけり落としたそうです。その時父がかんむりをたたき落とされて、あわてて拾おうとしたことまで彼らは語りました。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
しかし毎年春が来て、あの男の頭上のかんむりを奪うと、あの男は浅葱の前掛をして、人の靴を磨くのである。夏の生活は短い。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
従四位といへば、絵で見る天神様のやうにかんむりて、直垂ひたたれでも着けてゐなければならぬ筈だのに、亡くなつた八雲氏はまがひもない西洋人である。
北は北海道というかんむりを頂き、大きな本州はその体であり、四国や九州の島々はいわば手足に当るような部分であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それは神山さんが、ついこのごろ、ある外国の宝石商会から買いいれた、むかしヨーロッパのある国の女王さまの持ち物であった、黄金のかんむりでした。
魔法人形 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかし藻に似た女はこちらを見向きもしないで、なにか笑いながらそばの男にささやくと、男は草の葉で編んだかんむりのようなものを傾けて高く笑った。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すなわち水晶管の頭にそれにきっちり合う真鍮しんちゅうかんむりをかぶせ、その冠のあなから導線を引き出して、はんだでつける。
実験室の記憶 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
階の上には一人の王様が、まつ黒なきものに金のかんむりをかぶつて、いかめしくあたりを睨んでゐます。これは兼ねてうはさに聞いた、閻魔えんま大王に違ひありません。
杜子春 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
芝地しばちのまん中には、赤や黄や白の薄いきぬころもを着、百合ゆりの花のかんむりをかぶった、一人の女が立っていました。そして王子を見て、微笑ほほえんで手招きしました。
お月様の唄 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
大審院だいしんゐんの控所はなかなかの混雑である。中老、壮年、年少、各階級の弁護士が十七、八人、青木が所謂「神仏混同の法被はつぴをつけて、馬の毛のかんむりをのつけて」
畜生道 (新字旧仮名) / 平出修(著)
孔子が魯から衛に入った時、召を受けて霊公にはえっしたが、夫人の所へは別に挨拶あいさつに出なかった。南子がかんむりを曲げた。早速さっそく人をつかわして孔子に言わしめる。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
かんむりみたいな帽子をかぶった髪の長い男や、桃色の美しいもすそを旅疲れたようによれよれにしている若い女などが、荷物に腰かけてバナナを喰ったりしていた。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
そして理想の黄金時代にどのような水の妖精ニンフたちがそれを支配したか、誰が知っていようか? それはコンコードがそのかんむりにつけた、最上質の宝石である。
栄光の王は神の右に坐するありて、ソクラット、保羅パウロ、コロンウェルのはい数知れぬほど御位みくらいの周囲に坐するあり、荊棘いばらかんむりを頂きながら十字に登りし耶蘇基督いえすきりすと
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
「おおそれは下等な色です。ただ幸いにも、帽子だとそれを軽蔑する人もかんむりだとそれを尊敬します。」(訳者注 赤い帽子は革命党の章、赤の冠は枢機官の冠)
裁判官さいばんくわんつひでに、王樣わうさまがなされました。王樣わうさまかつらうへかんむりいたゞき、如何いかにも不愉快ふゆくわいさうにえました、それのみならず、それはすこしも似合にあひませんでした。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
古代の人のような帽子ぼうし——というよりはかんむりぎ、天神様てんじんさまのような服を着換えさせる間にも、いかにも不機嫌ふきげんのように、真面目まじめではあるが、いさみの無い、しずんだ
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そしていばらかんむりを戴いてゐるクリストの肖像を見上げた。「主よ。お助け下さい。主よ。お助け下さい。」
一人は年頃四十あまりと覚える人の、唐綾からあやの装束にかんむりを着けたのが、しゃくを取り直して佛壇に坐している。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
江戸の旗本の家に、かんむり若太郎という十七歳の少年がいた。さくらの花びらのように美しい少年であった。竹馬ちくばの友に由良ゆら小次郎という、十八歳の少年武士があった。
懶惰の歌留多 (新字新仮名) / 太宰治(著)
また過激な平民的なお答や、お金入やかんむりなんぞと結婚して富を増したり地位を高めたりする必要はあなたには無いと云ふ誇らしげな拒絶などが、聞えるやうでした。
かんむりも頬も襟も汚れて居るのは、勸進元くわんじんもとの細工にしちや念入り過ぎるぜ、それに、夜が明けてからもう二た刻も經つて居るのに、涙の乾かねえのも不思議ぢやないか」
子供こどもたちが、さむかぜなか口々くちぐちに、こんなことをいって、かけまわりました。いつしか、国境こっきょうたか山々やまやまのとがったいただきは、ぎんかんむりをかぶったようにゆきがきました。
愛は不思議なもの (新字新仮名) / 小川未明(著)
かんむりの「イソ」というのは俚言集覧りげんしゅうらんには「額より頭上をおおう所を言う」とあるが、シンハリース語の isa は頭である。ハンガリアでは esz がそうである。
言葉の不思議 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ネーチュンの出御しゅつぎょ 釈迦堂の内から、例の気狂いのごとくになって居るネーチュン(神下かみおろし)がチベット第一の晴れの金襴きんらん錦繍きんしゅうの服を着け、頭にも同様のかんむりいただ
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
神はその川の岸へつえをお投げすてになり、それからお帯やお下ばかまや、お上衣うわぎや、おかんむりや、右左のおうでにはまった腕輪うでわなどを、すっかりお取りはずしになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
最後に出たものは、全くさい。手摺の下からころげ落ちそうである。けれども大きな顔をしている。そのうちでも頭はことに大きい。それへ五色のかんむりいただいてあらわれた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あくる日から乞食小僧は猿共と一所になって遊んだ。そしてず白い木の皮でかんむりを造って、赤い木の実で染めて、王様に冠せてやった。王様は喜んで、又沢山果物を呉れた。
猿小僧 (新字新仮名) / 夢野久作萠円山人(著)
わずかに五十ついばかりの列めぐりをはるとき、妃はかんむりのしるしつきたる椅子にりて、公使の夫人たちをそばにをらせたまへば、国王向ひの座敷なる骨牌卓カルタづくえのかたへうつり玉ひぬ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
奥の壁は全く窓にて占領せられおる。左手の壁に押付けて黒き箪笥を据えあり。その上に髑髏どくろに柔かき帽子をかむせたるを載せあり。また小さき素焼の人形、鉢、かんむりを置きあり。
頭上に輝く名利のかんむりを、上らば必ずべき立身の梯子はしごに足踏みかけて、すでに一段二段を上り行きけるその時、突然落とされしは千々岩が今の身の上なり。が蹴落とせし。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
たずねる人がおかんむりを曲げておねあそばしているから、それであらたかな御返しがないのだ——ということを誰も言っては聞かせないが、本人の良心に充分覚えがあるらしい。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一度かんむりを曲げたら容易に直す人でないのを知ってるからその咄はそれ切り打切うちきりとした。
鴎外博士の追憶 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
彼女の頭髪には、山鳥の保呂羽ほろばを雪のように降り積もらせたかんむりの上から、韓土かんど瑪瑙めのう翡翠ひすいを連ねた玉鬘たまかずらが懸かっていた。侍女の一人は白色の絹布を卑弥呼の肩に着せかけていった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
へえゝ、ふ姿で、したなにか出してますか。婆「おもたいかんむりつてしまひ、軽い帽子ばうしかぶつて、また儀式ぎしきの時にはおかむりなさいます、それに到頭たうとう散髪ざんぱつになツちまひました。 ...
明治の地獄 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
その連詞つらねが問題となり鼻高の幸四郎がおかんむりを曲げえらい騒ぎになりかけたものだ。なるほど、それを持ち出して上覧に入れようということになるとまたみんな大いに騒ぐかもしれない。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
同時に彼は、子爵といふかんむりのある勝見家の門内もんないまツて、華族といふ名に依ツて存在し、其の自由を束縛そくばくされてゐることを甚だ窮窟にも思ひ、また意久地いくぢなく無意味に思ふやうになツた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
したがって、全体の形が、何かのかんむりか、片輪びれみたいに思われるのである。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)