いただき)” の例文
やまうえへとつづいているみちは、かすかにくさむらのなかえていました。そして、やまいただき灰色はいいろくもって、雲脚くもあしが、はやかったのです。
谷にうたう女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
同じかえででも同じ色を枝に着けているものは一つもなかった。細い杉苗のいただきに投げかぶせてあった先生の帽子が風に吹かれて落ちた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
われを呼びまされたように、お通は眼をやって、霧のかかっている峰のいただきを仰いでいたが、そのしおに武蔵は、つと彼女の側を離れ
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこでデュブア氏はなおていねいに土を掘ってゆくと、先に奥歯の発見された所から約三尺ばかり隔てた場所で頭蓋骨ずがいこついただきを発見した。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
右種名の radiata は放射状ほうしゃじょうの意で、それはその花が花茎かけいいただきに放射状、すなわち車輪状をなして咲いているからである。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
霜枯しもがれそめたひくすすき苅萱かるかやや他の枯草の中を、人が踏みならした路が幾条いくすじふもとからいただきへと通うて居る。余等は其一を伝うて上った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ある日も、王子は芝生しばふの上にころんで、むこうの高いかべをぼんやりながめていました。かべむこうには、青々とした山のいただきのぞいていました。
強い賢い王様の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
日が沈んでから大分たつので、ちょうど今、ヘリコン山のいただきはたそがれで、そのまわりの地方一帯は夕闇につつまれていました。
ここでも、最初からの女人が、藁人形を型の如く釘づけにして、そうして意気揚々として松の木のいただきから降りてまいりました。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ノールーズにはこの運河の開鑿者かいさくしゃであるリケの記念碑きねんひが、大西洋たいせいように注ぐ水と地中海ちちゅうかいに落ちる水とが分かれる分水嶺ぶんすいれいいただきてられてあった。
やっと、っとしました。今いただきに立って、大きな赤松の枝の間から眼を放ったはるかのはずれに、はてしもない海が、真蒼まっさおな色を見せているのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
はなやかに春の夕日がさして、はるかな山のいただきの立ち木の姿もあざやかに見える下を、薄く流れて行く雲がにび色であった。
源氏物語:19 薄雲 (新字新仮名) / 紫式部(著)
あの巨大な土の堆積もいただきから細いながら一筋の煙の立昇っているうちは、息の洩らし口があるようで、まだ、いくらか楽な気持で眺め渡された。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そしてヨブの所に来り見れば往日さきの繁栄、往日の家庭、往日の貴き風采ふうさい悉く失せて今は見る蔭もなく、身は足のうらよりいただきまで悪しき腫物はれものに悩み
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
その足したなる深處ふかみの底にふれしころには彼等はやくも我等の上なるいただきにありき、されどこゝには恐れあるなし 五二—五四
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
あの山のいただきに、蒼い池があるそうだよ。いつのころからあるのか知らないけれど、それは古い、そして青い底をした水の冷たい池があるんですよ。
不思議な国の話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「おお、そのことだ。言葉で説明する前に、まず君の目で見て貰った方がいいだろう。ヘルナーのいただきに注意して見給え」
地球発狂事件 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
千蛇せんじゃいけと申しまして、いただきに海のようなおおきな池がございます。そしてこの山路やまみち何処どこにも清水なぞ流れてはおりません。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこは長良川の西岸で、東岸には稲葉山いなばやま黄昏ゆうぐれの暗い影をいてそそり立っていたが、そのいただき城櫓しろやぐらの白壁には、夕陽の光がちらちらと動いていた。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
翌日虫の息なる一人の男を乗せて、とある小島のいただきに流寄りたる一枚の戸板あり。乗りたるはお照が夫の源造なりき。
片男波 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
あしの向うには一面に、高い松の木が茂っていた。この松の枝が、むらむらと、互にせめぎ合った上には、夏霞なつがすみに煙っている、陰鬱な山々のいただきがあった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
前に話した松の根で老人がほんを見ているひまに、僕と愛子は丘のいただきの岩に腰をかけて夕日を見送った事も幾度だろう。
初恋 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
其処はもうS——村に近い最後の坂のいただきであつた。二人は幾度か斯うして休んでは、寄路をして遅れた老人としより達を待つた。待つても待つても来なかつた。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
根津ねづの低地から弥生やよいおか千駄木せんだぎの高地を仰げばここもまた絶壁である。絶壁のいただきに添うて、根津権現ごんげんの方から団子坂だんござかの上へと通ずる一条の路がある。
山のいただきは岩になっていて、このあたりには木がまるっきり繁っていない、で、展望が非常によかった。△△川がすぐ目の下で白くうねうねと流れている。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
彼女はいただきの同じ場所に立っていた。ハンカチを打ち振って、あたかも彼の姿が見えるかのように合図をしていた。
小さな汽車が、あえぎながらやっと山のいただきから、また数マイルの谷間へ下りた所に、鉱山街、箇旧コチュウが横たわっている。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
でも、僕は聖書の事はさっぱり知らないのですけれども、そのモオゼだって、ついには成功したのでしょう。ピスガの丘のいただきで、ヨルダン河の美しい流域を
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
槍岳のいただきでは、清君と燁代さんが、岩にひざまずいて、はるかに北の空千代田の皇居みやいの方を、ふし拝んでいた。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
やがてその黒き影の岡のいただきに立てるは、此方こなた目戍まもれるならんと、宮は声の限に呼べば、男の声もはるかに来りぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
母は膝の上の布切きれを前の方へ押しやった。子の頭のいただきから首条くびすじへかけて片手で撫手下なでおろしながら低い声で
(新字新仮名) / 横光利一(著)
きつねが妖怪をなすには、まず草深き野原にて髑髏を拾い、これを己がいただきに載せてあおのき、北斗の星を拝す。
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
一方、白根噴火口ヘ回った連中は、焼石のゴロゴロした中を辿たどって遂にいただきの噴火口のあたりへ出たそうである。
やがて戦闘旗ゆらゆらと大檣たいしょういただき高く引き揚げられ、数声のラッパは、艦橋より艦内くまなく鳴り渡りぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
由布山のいただきは、大抵の日は雲がかかっているのであるが、それが段々降りて来ると、薄墨色うすずみいろの雲がこの盆地一杯に垂れこめて来る。すぐ前の林も隠されてしまう。
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
この二者択一に押しつけられた后は、不已、癩病の体のいただきの瘡に、天平随一の朱唇を押しつけた。そうして膿を吸って、それを美しい歯の間から吐き出した。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
禿山はげやまで、いただきには樹木も無い。草花が所々懸崕けんがいの端に咲いてゐる。私の傍には二人の小兒こどもが居た。
(旧字旧仮名) / 吉江喬松吉江孤雁(著)
鬼界きかいが島の海岸。荒涼こうりょうとした砂浜すなはま。ところどころに芦荻ろてきなどとぼしくゆ。向こうは渺茫びょうぼうたる薩摩潟さつまがた。左手はるかに峡湾きょうわんをへだてて空際くうさい硫黄いおうたけそびゆ。いただきより煙をふく。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
刺すような酷寒の朝で、——入江は一面に霜で真白になっており、さざなみは静かに磯の石ころを洗い、太陽はまだ低くて、丘のいただきし、遠く海の方を照しているだけだった。
そこでわたしは木立へ登り、そこから土塀のいただきへ登り、お屋敷の構内へ飛び下りました。構内の土塀近くに茂っているのは、松やかえでまきや桜の、植え込みでございました。
怪しの者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ジョバンニは、いただき天気輪てんきりんはしらの下に来て、どかどかするからだを、つめたい草にげました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
我輩はこの景色のいい住家すみかを捨てていくのは残念だ。我輩はこの奇巌城エイギュイユいただきから全世界を掴んでいた。ほらね、その金の冠を持ち上げて見たまえ。電話が二つあるだろう。
経文は大抵僧侶に売るのですから僧侶に対してその書物を恭〻うやうやしく自分のいただきまで両手で持上げ
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
暗闇の中を可なりに高い山を登ってそのいただきに達すると、遥かむこうに、人家の灯影がまだらに見え出したので、私は急に元気づいて、山を降り、村の方をさして進んで行った。
狂女と犬 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
人夫中にては中島善作なるものはりやうの為めつねゆきんで深山しんざんけ入るもの、主として一行の教導けうどうをなす、一行方向にまよふことあればただちにたくみに高樹のいただきのぼりて遠望ゑんぼう
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
向う側の山が頭の上まで迫って来て、その頃の植林し残した薄緑色のいただきに鳥の声が聞える。
花幾年 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
目の前なる山のいただき白雲につつまれたり。居寄いよりてふみ読みなどす。東京の新聞しんぶんやあるともとむるに、二日前の朝野新聞と東京公論とありき。ここにも小説しょうせつは家ごとにめり。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
近い森や道や畠は名残りなく暮れても、遠い山々のいただきはまだ明るかった。浅間の煙が刷毛はけではいたように夕焼けの空になびいて、その末がぼかしたように広くひろがり渡った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
里の村々では、まだ夏が去ったばかりであるという頃に、八ヶ岳のいただきには白い雪が降る。
雪代山女魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
緑青ろくしょうがいっぱいついているうえに、いただきほうにはほこりがつもっているので、かなりきたなかった。庵主あんじゅさんと、よく尼寺あまでら世話せわをするおたけばあさんとが、なわをまるめてごしごしとあらった。
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)