あし)” の例文
「蝗君。大旅行家。ではさよなら。用心をしたまえ——途中とちゅうでいたずらっ子につかまってその美しいあしをもがれないように。失敬。」
蝗の大旅行 (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
「おうい、見ろみろ、また気狂いどもがやって来やがった。なんでェ、あのあしつきは。あいつら、頭の加減でも悪いんじゃないのか」
キャラコさん:07 海の刷画 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「私はどうも気分がよくない。このまま病気になって死んでしまうのはいいことだけれどね、あしからのぼせ上がってきたようだから」
源氏物語:39 夕霧一 (新字新仮名) / 紫式部(著)
奥様が、烏はあしでは受取らない、とおつしやつて、男がてのひらにのせました指環を、此処ここをおひらきなさいまして、(咽喉のどのあくところを示す)
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そしてがっかりくたびれたあしりながら竹早町から同心町の界隈かいわいをあてどもなくうろうろ駆けまわってまた喜久井町に戻って来た。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
というのは、岩石のそそり立つ山坂を平地と同じように踏めるのは、牛のような短くつよあしをもったものに限ると聞くからであった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あし早くて。とっても。)(わかいがら律儀りちぎだもな。)嘉吉かきちはまたゆっくりくつろいでうすぐろいてんをくだいて醤油しょうゆにつけて食った。
十六日 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
あしの長いおやじに似た秋彦は、また、鄭重ていちょうに頭を下げた。民さんと村さんは用件の話が済むと、したしい背後姿うしろすがたを見せてもどって行った。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
おそでは仰向けにひっくり返り、としに似合わぬまっ赤な下の物と、焦茶色のあしが、云いようもなく醜悪に房二郎の眼にうつった。
へちまの木 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
団飯むすびからあしごしらえの仕度まですっかりして後、叔母にも朝食をさせ、自分も十分にきっし、それからすきを見て飄然ふいと出てしまった。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
こころみに、手近の一人をとって観察するに、頭から足の爪先つまさきまで、一枚の黒い布に包まれているのだ。手もあしも黒いだぶだぶの袋だ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ギイーとわかれて、一方は両国橋のあしの蔭へ、率八という男のは、そこからへさきを曲げて幅の狭い神田川の中へすべり込んで行く。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「かんざしのあしではかるや雪の寸」などというのも、私の子供心には別だんえんな景色とも思わず、ただ眼前の実景と感じていた。
私の父 (新字新仮名) / 堺利彦(著)
相率いて乞食こじきになったり、慧可・雲門にならって皆がひじを切ったりあしを折ったりした日には、国はたちまちにして滅びてしまうであろう。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
かれ赤栗毛あかくりげの、すばらしいイギリス馬を持っていた。すらりと細長い首をして、よくびたあしをして、つかれを知らぬ荒馬あらうまだった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
またあしほうは、やはりたいてい筒形つゝがたになつて實際じつさいうまあしのようにはつくられてをりませんが、そこにかへって面白味おもしろみがあります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
風は洋袴ズボンまたを冷たくして過ぎた。宗助にはその砂をいて向うの堀の方へ進んで行く影が、斜めに吹かれる雨のあしのように判然はっきり見えた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
殊にあしは、——やはり銀鼠の靴下くつしたかかとの高い靴をはいた脚は鹿の脚のようにすらりとしている。顔は美人と云うほどではない。
お時儀 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
老博士の卓子テーブル(そのあしには、本物の獅子ししの足が、つめさえそのままに使われている)の上には、毎日、累々るいるいたる瓦の山がうずたかく積まれた。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
鶴見はこうやって濡縁に及ぼして来た朝日のあしどりをしずかにながめていたが、やや暫く立ってから、ふと昨夜読んだ本のことを思い起した。
それから、靴下くつしたぐところも見ます。白くて固い、かわいらしい小さなあしが現われてきます。ほんとにキスをしてやりたいような足です。
玩具おもちゃの兵隊!」とだれかが声をかけた。かれはそれを聞いてあしを固くつっぱって歩くまねをしたので群集はどっとわらった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
誰かに彼を紹介すると、彼は顔をそむけ、手をうしろから差し伸べ、だんだんちぢこまり、あしをくねらせ、そして、壁をひっかく。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
山国の産のせいであろう、まるで森林のように毛深いあしを出して、与一はいそがしく荷造りを始めた。私はひどく楽しかった。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
そこには彼の踏み進むべき道路はない。又掠奪りゃくだつすべき作物はない。誰がその時彼の踏み出したあしの一歩についてとがめだてをする事が出来るか。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
農婦はその足もとに大きな手籠てかごを置き家禽かきんを地上に並べている。家禽は両あしを縛られたまま、赤い鶏冠とさかをかしげて目をぎョろぎョろさしている。
糸くず (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
かごからそとすときは、あしになわをつけておかないと、そらんで、げてゆきます。これは対馬つしまからきましたので、野生やせいとりでございます。
金持ちと鶏 (新字新仮名) / 小川未明(著)
血溜りの中にあふむいて、踏みはだけたやうな姿、まくらに乘せたあしの不行儀さなど、平次は細かに見てをりましたがやがて
「君は命拾いのちびろいをしたぞ! もう大丈夫。あしを一本お貰い申したがね、何の、君、此様こんあしの一本ぐらい、何でもないさねえ。君もう口がけるかい?」
細長いあしのついた二つ三つの銀盆に菓子とも何とも判らないさかなを盛ってある傍に、神酒徳利みきとくりのような銚子を置いて、それに瓦盃かわらけを添えてあった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
白樺しらかんばよ、蓬生よもぎふ大海原おほうなばらゆあみする女の身震みぶるひ、風がその薄色の髮に戲れると、おまへたちはなにか祕密を守らうとして象牙の戸のやうにあしを合せる。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
坂の中ほどまでやって来ると、視野が改まり、向うに中学の色せた校舎が見えたが、彼のあしはひだるく熱っぽかった。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
乳ト臀部でんぶノ発達ハ不十分デ、あしモシナヤカニ長イニハ長イケレ※、下腿部かたいぶガヤヤO型ニ外側ヘ彎曲わんきょくシテオリ、遺憾ナガラマッスグトハ云イニクイ。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして汚れた巾着から散銭ばらせんを二つ三つ取り出して、わざと道の上に落した。お鳥目はかちんと音をたてて、上人のあしもとで二三度くるくると舞つた。
されども、この美人の前にこの雪を得たる夫の得意は限無くて、そのあしを八文字に踏展ふみはだけ、やうやく煖まれるおとがひ突反つきそらして
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
けたより桁にまたいたゞきあしとの間に諸〻の光動き、相會ふ時にも過ぐるときにもかれらは強くきらめけり 一〇九—一一一
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
日本流の漕法では、≪ボオトは気でげ腹で漕げ≫というのですが、彼等は腕とあしとだけで猛烈もうれつに漕ぎ、ピッチも五十前後まで楽に上がる様でした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
おどろくべき迅速じんそくあし空間くうかんを一直線ちよくせんに、さうしてわづか障害物しやうがいぶつであるべきこずゑすべてをしつけしつけはやしえて疾驅しつくしてるのはいまもうすぐである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
私が初めて訪問した時にダーウィンの『種原論』が載っていた粗末な卓子テーブルがその後あしを切られて、普通の机となって露西亜へ行くまで使用されていた。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そんな恰好かっこうをして、おともだちのジャンのところへけるはずがないでしょう? 四人がお家へかえったら、みんなのおかあさんは、そのあしをごらんになって
母の話 (新字新仮名) / アナトール・フランス(著)
その太い椎の樹の幹のかげから、毎日午後になると、あしの白い栗毛の馬にまたがった旦那の姿が決って現われる。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
それから、馬に乗って、あぶみへ両足をかけて見ますと、それもちゃんと、じぶんのあしの長さに合っています。
黄金鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
その頃、東国から大番(京都守衛の役)のために上京する武士達が、日高い頃に、かいづにとまった。そして、乗って来た馬どものあしを、湖水で冷していた。
大力物語 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
僕は目を円くして覗いていたが、白いあしが二本白い腹に続いていて、なんにも無かった。僕は大いに失望した。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
逆らう水をあしであわだてながら、頭をぐっとうしろへねかせるようにして、かれはうしおのなかを走っている。
彼女はあしを厚い毛の靴下で包んだ。膏脂こうしれた彼女の皮膚は痛々しく秋風に堪へなかつた。いつか彼女の手のさきには化粧の匂ひが消えずに残りはじめた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
植物のつたが、まるでたこあしのようにぐらぐらと動きまわって、どこかにまきつく棒とか縄とかないかと、しきりにさがしもとめている有様がうつっていた。
火星兵団 (新字新仮名) / 海野十三(著)
狂画葛飾振の図中には痩細やせほそりしあし、肉落ちたる腕、聳立そばだちたる肩を有せる枯痩こそうの人物と、かたちくずるるばかり肥満し過ぎたる多血質の人物との解剖を見るべく
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
上に坂あり、登りて住職じゆうしよくの墓所あり。かのふちよりいだしたる円石まるいし人作じんさくの石のだいあしあるにのせてはかとす。中央まんなかなるを開山かいさんとし、左右に次第しだいして廿三あり。
そういいながら、ようやく起き上ったお近はべたりととんびあしに坐ると、穴のあくほど歌麿の顔を見守った。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)