“職(しよく)” の例文
(七)舜禹(しゆんう)の間(あひだ)(八)岳牧(がくぼく)咸(みな)薦(すす)む。乃(すなは)ち之(これ)を(九)位(くらゐ)に試(こころ)み、職(しよく)を典(つかさど)らしむること數(すう)十年(ねん)、(一〇)功用(こうよう)既(すで)に興(おこ)り、然(しか)る後(のち)政(まつりごと)を授(さづ)く。
水(みづ)汲上(くみあ)ぐる釣瓶(つるべ)の音(おと)、機(はた)を織(お)る音(おと)、鐘(かね)の聲(こゑ)、神樂(かぐら)の響(ひゞき)、騷然(さうぜん)、雜然(ざつぜん)、業(げふ)に聲(こゑ)ありて默(もく)するは無(な)く、職(しよく)に音(おと)ありて聞(きこ)えざるは無(な)きに到(いた)れり。
鉄槌の音 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
其翌年(よくとし)になり權官は或(ある)罪(つみ)を以て職(しよく)を剥(はが)れて了(しま)い、尋(つい)で死亡(しばう)したので、僕(ぼく)が竊(ひそ)かに石を偸(ぬす)み出して賣(う)りに出(で)たのが恰も八月二日の朝であつた。
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
今日の作家が病はその情熱の欠乏に基づくところ多く、人間観に厳粛と真贄(しんし)とを今日の作家に見る能はざるもの、職(しよく)として之に因せずんばあらず。
情熱 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
糺(たゞ)す奉行職(しよく)なるぞ私しが事で濟ものか九助事は確乎なる證據有により數日(すじつ)吟味なす所なり如何に土民(どみん)なればとて理非(りひ)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
○さて時平が毒奏(どくそう)はやく中(あた)りて、同月廿五日左降(さがう)の宣旨(せんじ)下りて右□臣の職(しよく)を削(けづ)り、従二位はもとのごとく太宰権帥(だざいごんのそつ)とし(文官)筑紫(つくし)へ左遷(させん)に定め玉へり。
左(と)に右(かく)、彼(かれ)は醫科大學(いくわだいがく)を卒業(そつげふ)して司祭(しさい)の職(しよく)には就(つ)かなかつた。而(さう)して醫者(いしや)として身(み)を立(た)つる初(はじ)めに於(おい)ても、猶(なほ)今日(こんにち)の如(ごと)く別段(べつだん)宗教家(しゆうけうか)らしい所(ところ)は少(すく)なかつた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「あツ、お秀を張つてゐるのか、惡いことはいはない、あれは止せ。第一お前には少しお職(しよく)過ぎるぜ」
〔譯〕智仁勇は、人皆大徳(たいとく)企(くはだ)て難しと謂ふ。然れども凡そ邑宰(いふさい)たる者は、固と親民(しんみん)の職(しよく)たり。其の奸慝(かんとく)を察し、孤寡(こくわ)を矜(あはれ)み、強梗(きやうかう)を折(くじ)くは、即ち是れ三徳の實事なり。
是(これ)と云(い)ふ職(しよく)はありませんが薬屋(くすりや)の息子でございますから、熊(くま)の膏薬(かうやく)を練(ね)ることを知つて居(を)りますから、膏薬(かうやく)を拵(こしら)へて山越(やまごえ)をしてあつち此方(こつち)を売(う)つてゐるのでございます。
我(わ)れを腑甲斐(ふがひ)なしと思(おも)ふな、腕(うで)には職(しよく)あり身(み)の健(すこや)かなるに、いつまで斯(か)くてはあらぬものをと口癖(くちぐせ)に仰(あふ)せらるゝは、何處(どこ)やら我(わ)が心(こゝろ)の顏(かほ)に出(い)でゝ卑(いや)しむ色(いろ)の見(み)えけるにや
軒もる月 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
みづのえだのかのとだの、八朔だの友引(ともびき)だの、爪(つめ)を切(き)る日だの普請をする日だのと頗る煩(うるさ)いものであつた。代助は固より上(うは)の空(そら)で聞(き)いてゐた。婆さんは又門野(かどの)の職(しよく)の事を頼(たの)んだ。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
路(みち)で出合(であ)ふ老幼(らうえう)は、皆(みな)輿(よ)を避(さ)けて跪(ひざまづ)く。輿(よ)の中(なか)では閭(りよ)がひどく好(い)い心持(こゝろもち)になつてゐる。牧民(ぼくみん)の職(しよく)にゐて賢者(けんしや)を禮(れい)すると云(い)ふのが、手柄(てがら)のやうに思(おも)はれて、閭(りよ)に滿足(まんぞく)を與(あた)へるのである。
寒山拾得 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
お職(しよく)「小主水(こもんど)」とて、愁(うれ)ひ顔(かほ)の寥(さみ)しい
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
○さて時平が毒奏(どくそう)はやく中(あた)りて、同月廿五日左降(さがう)の宣旨(せんじ)下りて右□臣の職(しよく)を削(けづ)り、従二位はもとのごとく太宰権帥(だざいごんのそつ)とし(文官)筑紫(つくし)へ左遷(させん)に定め玉へり。
而して其由来する所は、浄瑠璃(じやうるり)の朗誦法に帰すべく、且(かつ)は又た我邦言語の母韻に終る事情にも帰すべしと雖、職(しよく)として整合の、余りに厳格なるに因せずとせんや。
劇詩の前途如何 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
彼(かれ)は半年(はんとし)も無職(むしよく)で徘徊(うろ/\)して唯(たゞ)パンと、水(みづ)とで生命(いのち)を繋(つな)いでゐたのであるが、其後(そのご)裁判所(さいばんしよ)の警吏(けいり)となり、病(やまひ)を以(もつ)て後(のち)に此(こ)の職(しよく)を辭(じ)するまでは、此(こゝ)に務(つとめ)を取(と)つてゐたのであつた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
一ト月(つき)と同(おな)じ職(しよく)も無(な)くて霜月(しもつき)より春(はる)へかけては突羽根(つくばね)の内職(ないしよく)、夏(なつ)は檢査塲(けんさば)の氷屋(こほりや)が手傳(てつだ)ひして、呼聲(よびごゑ)をかしく客(きやく)を引(ひ)くに上手(じやうず)なれば、人(ひと)には調法(てうはう)がられぬ、去年(こぞ)は仁和賀(にわか)の臺引(だいひ)きに出(いで)しより
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
しかし仕事(しごと)は何(ど)うしたんだね、友(とも)さんは手(て)に好(い)い職(しよく)があるのぢやないか。
月夜車 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
お小夜は三年前まで三浦屋でお職(しよく)を張つてゐたのを、上野の役僧某に請出(うけだ)されて入谷に圍はれ、半年經たないうちに飛び出して、根岸の大親分の持物になりましたが、其處も巧(たく)みに後足で砂を蹴つて
○そも/\時平公は大職冠九代の孫照(そんせう)宣(ぜん)公の嫡男(ちやくなん)にて、代々□臣の家柄(いへがら)なり。しかのみならず延喜帝の皇后(きさき)の兄(あに)なり。このゆゑに若年にして□臣の貴重(きちやう)に職(しよく)ししなり。
今日此頃(けふこのごろ)の全盛(ぜんせい)に父母(ふぼ)への孝養(こうよう)うらやましく、お職(しよく)を徹(とほ)す姉(あね)が身(み)の、憂(う)いの愁(つ)らいの數(かず)も知(し)らねば、まち人(びと)戀(こ)ふる鼠(ねづみ)なき格子(かうし)の呪文(じゆもん)、別(わか)れの背中(せな)に手加减(てかげん)の秘密(おく)まで、唯(たゞ)おもしろく聞(きゝ)なされて
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「その中のお職(しよく)は誰だえ」
○そも/\時平公は大職冠九代の孫照(そんせう)宣(ぜん)公の嫡男(ちやくなん)にて、代々□臣の家柄(いへがら)なり。しかのみならず延喜帝の皇后(きさき)の兄(あに)なり。このゆゑに若年にして□臣の貴重(きちやう)に職(しよく)ししなり。