あな)” の例文
太吉は全く火の燃え付いたのを見て、又かたわらの竹を取り上げて小刀であなを明けはじめた。白いこまかな粉がばらばらと破れた膝の上に落ちる。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
三度三度の食事だけは、妙なあなからチャンと差入れられた。それは子供が食べるほどの少量だったので、彼はいつもガツガツ喰った。
見えざる敵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
世に越後の七不思議なゝふしぎしようする其一ツ蒲原郡かんばらこほり妙法寺村の農家のうか炉中ろちゆうすみ石臼いしうすあなよりいづる火、人みな也として口碑かうひにつたへ諸書しよしよ散見さんけんす。
仲間が死骸を片付けようとして見ると、画家ゑかきは耶蘇のやうに胸にあながあいて、孔からは真紅まつかな血が流れてゐた。仲間はそれを見ると
「そんなものに近付きはねえよ。もっとも化物なら、この節は箱根の向うとは限らねえ、その辺にも大きな鼻のあなを掘っているぜ——」
鉄が出来たとしても、大砲のあなをくるためには、鑽開台さんかいだいが必要である。大砲だけでは戦争は出来ないので、地雷じらい水雷製造所もつくった。
島津斉彬公 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
此所にはその目のあな、耳の孔、口の孔、並びに後頭に窓があって、其所から人間が顔を出して四方を見晴らすと江戸中が一目に見える。
「医者の話によりますと、患者は右腕を失って、右の胸に大きなあなが出来ていたそうで、傷の中から、鉛や鉄の弾丸が出たといいます」
恐ろしき贈物 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
でっぷりよく肥えた顔にいちめん雀斑そばかすが出来ていて鼻のあなが大きくひろがり、揃ったことのない前褄まえづまからいつも膝頭ひざがしらが露出していた。
洋灯 (新字新仮名) / 横光利一(著)
なおその呂韻りょいんに異常な熱を加えてくると、かれの胸底にひそんでいる剣侠的な情感は、笛のあなを破るばかりな覇気をおびてほとばしる。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで、鼻のあながつまっていないかどうか、そっと鼻から息を出してみる。それから、あんまり大きく呼吸いきをしない練習をする。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
銃劒が心臓の真中心まッただなかを貫いたのだからな。それそれ軍服のこの大きなあなあな周囲まわりのこの血。これはたれわざ? 皆こういうおれの仕業しわざだ。
その後父親自身も、そこで最後の嘆息をもらした。背の高い端正な、少し憂鬱で冥想的な、ボタンのあなに野花を挿していた人も。
法師丸の位置からやゝ仰向あおむけた鼻のあなが覗けるのだが、肉のうすいことは縦に細長く切れている二つの孔の境界線を見ても分る。
「あ、あすこ石炭袋せきたんぶくろだよ。そらのあなだよ」カムパネルラが少しそっちをけるようにしながら天の川のひととこをゆびさしました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
葉子はそれを取り上げてあなのあくほどじっと見やりながらテーブルの前に立っていた。ぎこちない沈黙がしばらくそこに続いた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「そんなに人の事をおっしゃるが、あなただって鼻のあな白髪しらがえてるじゃありませんか。禿が伝染するなら白髪だって伝染しますわ」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いっぱいに拡がった鼻のあなは、凍った空気をかみ殺すように吸いこみ、それから、その代りに、もうもうと蒸気を吐き出した。
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
丸天井の頂上には、ポッカリと丸いあながあいていて、その外に、別の小さな屋根が塔の格好でとりつけてある。つまり一種の通風孔なのだ。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もうして、このはなしはぶいてしまえばわたくし幽界生活ゆうかいせいかつ記録きろくおおきなあなくことになって筋道すじみちたなくなるおそれがございます。
上塗うわぬりをせぬ土蔵どぞう腰部ようぶ幾個いくつあながあって、孔から一々縄が下って居る。其縄の一つが動く様なので、眼をとめて見ると、其縄は蛇だった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
自分よりは一つ年上のおいのRが煙草を吸って白い煙を威勢よく両方の鼻のあなから出すのが珍しくうらやましくなったものらしい。
喫煙四十年 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ねずみはもう十分に合うところまで達していたのだが、ただもっと素早くそのあなに飛びこんでいった。火夫はおよそ動作ののろい男だった。
火夫 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
熊鷹に抉り抜かれた——というあの一言が、鹿子色をした頸先のほうに、一つのあなのようなまだらを作ってしまったのでしたね。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「あのね、あの虫は大変賢いだらう。だからわしの鼻のあなに沢山毛が生えて、あかもついてゐるから、毛をかつたり垢を掃除したりさせるのだよ。」
漁師の冒険 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
のみならず、その籠には何処かあなでもあいていると見えて、その女の歩いてきた跡には細かいカンナ屑がちらほらと二三片ずつ落ち散っていた。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
この貝輪かひわうでにはめる風俗ふうぞくは、今日こんにちでも南洋なんようあたりの野蠻人やばんじんあひだおほ見受みうけられますが、たゞその貝輪かひわはそのゑぐあながわりあひにちひさいので
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
只大臣の服には、控鈕ぼたんあな略綬りゃくじゅはさんである。その男のにはそれが無い。のちに聞けば、高縄の侯爵家の家扶が名代みょうだいに出席したのだそうである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
譬えば大きな水泡みずぶくれが人の皮膚ひふへ出来た時針の先位でちょいと突いてあなけても少し水が出ると忽ち皮の膜が密着して出なくなるようなものだ。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
土器の中には此石錐いしきりにてけたるに相違無き圓錐形のあな有る物有り。すでに錐の用を知る、焉ぞ錐揉きりもみの如き運動うんどうねつを用ゆる事をらざらん。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
と叫ぶと、鑿岩機ドリルをかかえて安山岩盤の頂天まで登って行き、天井の集塊岩と接触しているところへあなをあけはじめた。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
彼等かれらあじはふのではなくてえうするに咽喉のどあなうづめるのである。冷水れいすゐそゝいでのぼろ/\な麥飯むぎめしとき彼等かれら一人ひとりでも咀嚼そしやくするものはない。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
いたずらに大声叱呼たいせいしっこしているが、プロミティウス(古代ギリシャの神話中の人物)であったらば耳もかさずに自分の岩にあなをあけているであろうし
拙者せつしやふるくから此石とは馴染なじみなので、この石の事なら詳細くはししつて居るのじや、そもそも此石には九十二のあながある、其中のおほきあなの中にはいつゝ堂宇だうゝがある
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
するといくどでもげるまでは強情に繰り返すのだった。しまいには瞳がすわって鼻のあなを大きく開けて荒い息をしている顔が軒燈で物凄かった。
豆腐買い (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そして、葉のなかにあなをぽつんとあけて、その孔からお日さまをのぞきました。それはおにいさまたちのすんだきれいな目をみるような気がしました。
そんなのでも村の人たちは酔を求めて浴びるようにのむから、山村の人たちの間では胃潰瘍いかいようが非常に多い。胃ぶくろにあながあいて多くの人が毎年死ぬ。
山の秋 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
さて、所在もなさに見廻せば、すでに屋根は傾いて、所々に隙間をつくり、また大空ののぞけて見えるあなもあった。
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
天を仰げる鼻のあなより火煙もくべき驕慢きょうまんの怒りに意気たかぶりし為右衛門も、少しはじてや首をたれみながら、自己おのれが発頭人なるに是非なく
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
おや/\とおもひながら、またツヽくと、はなあなさへ二ツひらいた。まさしく土偶どぐう顏面がんめんなのであつた。(第壹圖ロ參照)
とり真中まんなかあなあたま突込つきこんで、まるでカラーのように、石臼いしうすくびへはめ、またうえ飛上とびあがって、うたしました。
そう思いおこしたときに宿の裏庭のそとに、笛は規則正しいあなに五本の指がしらを当てていることを知った。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
例えばあなのあいたコルクが入用とすると、コルクとコルクきりを入れてある引出しに行って、必要の形に作り、それから錐を引出しにしまって、それをしめる。
黒鯛ほどの大きさで、太く鮮やかな數本の竪縞をつた魚が一番多く、岩蔭のあならしい所から頻りに出沒するのを見れば、此處が彼等の巣なのかも知れない。
牛は、ときどき飼葉桶から顔をあげ、鼻のあなにはいつた餌を、舌のさきめとつては喰べてゐた。とびが松林の上を高くなつたり、低くなつたりして鳴いてゐた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
それにまた、ようやく奇跡のように脱してきたあの泥濘でいねいあなを、どうして再び通ることができよう。更にその泥濘の後には、あの警官の巡邏隊じゅんらたいがあるではないか。
かくて後彼とある岩のあなをいで、我をそのふちにすわらせ、さて心して足をわがかたに移せり 八五—八七
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
おお、「障子」のあなを通って来る風の寒いこと、私は硬くなる——これもお前の小さい指の仕業しわざだ!
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
眼に見えない力が、彼の咽喉のどを、これでもかこれでもかと締めつける。針のあなほどの狭い隙間から出入りする呼吸は、喉頭部の粘膜に摩擦して、ひいひいと音をたてた。
二人の盲人 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
あなの明いた米袋を継ぐために集るとか、婦人会が地区別に工場へ手伝いに出るとか、陸軍病院へ洗い物、縫物などのために動員されるとか——当時、婦人たちの一日は
私たちの建設 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)