かへ)” の例文
やつと小学校へはひつた僕はすぐに「十郎が兄さんですよ」といひ、かへつてみんなに笑はれたのをはづかしがらずにはゐられなかつた。
素描三題 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「いや、かへつていろ/\の事が判つたやうな氣がするよ。三千兩の始末を、もう少し詳しく聞きたいが——一體どんな經緯いきさつなんだ」
((莊賈ノ使者))すでき、いまかへるにおよばず。((穰苴))ここおいつひ莊賈さうかり、もつて三ぐんとなふ。三ぐんみな(一九)振慄しんりつせり。
丑松の父といふは、日頃極めて壮健な方で、激烈はげしい気候に遭遇であつても風邪一つ引かず、巌畳がんでふ体躯からだかへつて壮夫わかものしのぐ程の隠居であつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
彼等の一疋はそれを見出す点で、他の一疋よりも敏捷びんせふであつた。併し、前足を用ゐて捉へる段になると、別の一疋の方がかへつて機敏であつた。
此の立つはわたくしならず、人ひとりるとにあらず、皇国すめぐにをただに清むと、正しきにただにかへすと、心からいきどほる我はや。
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
東は花柳に沈湎ちんめんせざるもののおのづからにして真福多く天佑有るを云ひ、西は帝王の言の出でゝかへらざることを云へり。
東西伊呂波短歌評釈 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
始めをたづねてをはりにかへらば、死生の理を知る、何ぞ其の易簡いかんにして明白なるや。吾人は當に此の理を以て自省じせうすべし。
山上憶良は、或る男が、両親妻子を軽んずるのをみて、その不心得をさとして、「惑情をかへさしむる歌」というのを作った、その反歌がこの歌である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
この夫人ふじんうつくしいが、LIがゐたら、これも一きわつであらうことを想像そうぞうしたりしたが、しかし今夜こんやLIのゐないことはかへつて自由じゆうであつた。
微笑の渦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
祖父ぢいさまは此時冗談じようだん半分に革の大きい金入れを出し、中をあちらこちらとかへして見て居られました。さうして
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
まがかたなく其處そこには、普通あたりまへはなよりも獅子しゝぱな酷似そつくりの、ひどくそッくりかへつたはながありました、また其眼そのめ赤子あかごにしては非常ひじようちひさすぎました、まつたあいちやんは
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
われはみづから問ひ、自から答へて安らかなる心を以て蓬窓ほうさうかへれり。わがたる群星は未だ念頭を去らず、静かに燈をつて書を読まんとするに、我が心はなほ彼にあり。
一夕観 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
繰りかへして歌つたサラミヤ姫は、孔雀がはねを凋めるやうに静かに欄干てすりに凭り掛りました、——人々は眠つて居るのです、もうさつきまで開かれてゐた宮殿の宴の会も終つて
青白き公園 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
三五八人かならず虎を害する心なけれども、虎かへりて人をやぶこころありとや。
良寛さんが怒りもせず、かへつて礼をいつたので、それからあと、気が咎めてならなかつたことを話した。寝ようとしても寝つかれないので、妻が止めるのもきかずに、謝罪あやまりに来た事を話した。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
かへつて年頃としごろに成し身にしてあの如くそとへも出ねば癆症らうしやうおこりやすらん一個ひとりほか掛替のなき者なるをやまひおこらば如何いかにせんと長年ながねんつとむ管伴ばんたうの忠兵衞をび事の由を話してをりも有しならば息子を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
かへつて先生のお気を悪くしてはならないと思ひましたから、私は階段のところで声を呑み、流れる涙を押拭つて、二階へ上つて先生のやすんでゐらつしやる部屋へ行きましたが、もう駄目でした。
忘れ難きことども (新字旧仮名) / 松井須磨子(著)
木々はみなその白き葉裏をかへす。
無題 (新字旧仮名) / 富永太郎(著)
溌溂はつらつかへらせる風。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
雨はねかへ欵冬ふきの葉を
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
「恐ろしく惡智惠の廻る女さ。が、そんな細工をしたばかりに、かへつて頓死で濟むお冬の死骸を、俺がもう一度調べる氣になつたのだ」
のみならずかへつて深くなるのです。僕は一時間ばかり歩いた後、一度は上高地の温泉宿へ引き返すことにしようかと思ひました。
河童 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
病気になつたのも、実は其結果さ。しかし病気の為に、かへつて僕は救はれた。それから君、考へてばかり居ないで、働くといふ気になつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
景公けいこう諸大夫しよたいふかうむかへ、ねぎられいし、しかのちかへつて(三二)しんかへる。すでにして穰苴じやうしよたつとんで大司馬たいしばす。田氏でんしもつ益〻ますますせいたつとし。
そこでは焼いたり切つたりするのは、いたづらに目蓋まぶたを傷つけるばかり、かへつて目容めつきを醜くするし、気永に療治した方がいゝといふので、其の通りにしてゐるのであつた。
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
へらや篦、漆掻く篦、篦はよし、色掻き交ぜ、たらりとよ、垂りしたたらす。ぬめりや漆のねばり、たらりとよ一つかへし、つるりとよ二つかへし、日に透かし、時をや見る。
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
かへつて私が法螺でも吹いてゐるんぢやないかといふ風に空々し気な眼を輝かせてゐた。
鱗雲 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
爰に於て、吾人は読者を促がして前号の題目にかへらんことを請ふの要あり。
すゝめ申しに參りましたといひければ長三郎は片頬かたほみ今に初ぬ和郎そなた親切しんせつ主人思ひは有難けれどなまじ戸外へ出る時はかへつて身のどく目の毒なればたゞ馴染なじみし居間に居て好な書物をよみながら庭の青葉を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「決して熱なんかは無くつてよ、かへつて冷たい位だわ」
赤土あかつちの道より黒土くろつちの坂となり往くもかへるも心にぞ
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
反身そりみなる若き女のもすそかへす。
無題 (新字旧仮名) / 富永太郎(著)
かへつてはなはだあつかりしかば、デ・クインシイもまたその襟懐に服して百年の心交を結びたりと云ふ。カアライルが誤訳の如何いかなりしかは知らず。
「ひどい蝋燭瘡らふそくかさだと、——自分でも言つて居ますよ。そんなのはかへつて惡く執念深いんですね。さとりすましたやうな事は言つてゐますが」
酒気が身体へ廻つたと見えて、頬も、耳も、手までもあかく成つた。丑松は又、一向顔色が変らない。飲めば飲む程、かへつて頬は蒼白あをじろく成る。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
かへつて(四八)浮淫ふいんげて・これ(四九)功實こうじつうへくはふるをうれへ、以爲おもへらく、(五〇)儒者じゆしやぶんもつはふみだし、しかうして(五一)侠者けふしやもつきんをかす。
乾きやうるひや、にほひとや持ち味。漆は、漆はや、あやかし、こは子らよ生物いきもの、かく言ひて一つかへし、二つかへし、たらりとよ、つるりとよ、をぢは見てゐつ、春の日永を。
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
しかし体の自由になる時が近づいて来ると、うか/\過した五六年の月日が今更に懐かしいやうで、世のなかへ放たれて行かなければならぬのが、かへつて不安でならなかつた。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
「さうね……」母はかへつて困つてしまつた。「欲しいものがなければ仕方がありませんが——私は綾ちやんが何か考へてるやうですから、さつきのものが気にでも入らないのかと思つたのよ。」
秋雨の絶間 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
殘し非人に左右さいうせらるゝ事なく席薦たゝみの上にて相はて先祖累代るゐだい香華院ぼだいしよに葬られ始終しじう廟食べうしよく快樂けらくを受るは之れ則ち光が賜物たまものにしてあだながらも仇ならずかへつておんとこそ思ふ可けれ依て元益親子は光をうらむ事を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
しかし印度人の婆さんは、少しも怖がる気色けしきが見えません。見えない所か唇には、かへつて人を莫迦ばかにしたやうな微笑さへ浮べてゐるのです。
アグニの神 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
あれだけだと、俺も金之丞を疑ふ氣にはならなかつたかも知れないが、死體の側へ佐吉の煙草入れを落したのが、細工過ぎてかへつて惡かつた。
無言のまゝであの自然に對して來た芭蕉の姿がかへつてなつかしいといふのが、松島に遊んだ時の北村君の話であつた。
芭蕉 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
寒くて風の少ない日などはその揺れるさきばかりがこまかな光りをかへしてゐる。
孟宗と七面鳥 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「……お嬢さんには……」とばれた。他の言葉はお蝶には聞きとれなかつた。しやうは、とつくに悟られてゐて、かへつて冷かされたのではないかしら(お嬢さん、だつて!)——お蝶はそんな気がした。
お蝶の訪れ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
何を云ふにも江戸を立つて、今夜が始めての泊りぢやあるし、その鼾が耳へついて、あたりが静になりやなる程、かへつて妙に寝つかれ無え。
鼠小僧次郎吉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
相變らずの無駄と遊びの多い話し振りですが、この調子でないと、かへつてテンポが惡いのですから、誠に厄介な人達です。
下市しもいちの驛まで乘つて行つたころは、遠く望んで見る大山でなしに、山の麓までも見得るやうになつた。雲の蒸す日で、山の頂きは隱れて見えなかつた。それがかへつて山のすがたを一層大きく見せた。
山陰土産 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
つばめとまるただち揺れ立つやなぎの枝つかのま水につきつつかへる (五〇頁)
文庫版『雀の卵』覚書 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)