半纏はんてん)” の例文
その日は、当寺こちらへお参りに来がけだったのでね、……お京さん、いしだんが高いから半纏はんてんおんぶでなしに、浅黄鹿の子の紐でおぶっていた。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
船頭の半纏はんてんや、客の羽織などを着せて、こすったり叩いたり、いろいろ介抱に手を尽していると、どうやらこうやら元気を持ち直します。
外に立っている男は、唐桟とうざんの襟のついた半纏はんてんを着て、玄冶店げんやだな与三よさもどきに、手拭で頬かむりをしたがんりきの百蔵であります。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その若い植木屋は、かぶっていた手ぬぐいをとって、半纏はんてんの裾をはらいながら、かってに、その萩乃の部屋の縁側に腰かけて
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そこへ腹掛けに半纏はんてんを着込んだ十三、四の子供が、封書のようなものを持って来た。そして、「……公が、ちょっとこれを見て下さいッて。」
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「からかっちゃいけねえ。だるまじゃあるまいし、赤い半纏はんてんなんてのはお祭りにだって着て出られるわけのものじゃない。」
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
あるじの国太郎は三十五六のお坊っちゃん上り、盲目縞めくらじま半纏はんてんの上へ短い筒袖つつそで被布ひふを着て、帳場に片肘かけながら銀煙管ぎんぎせるで煙草をっている。
とと屋禅譚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
汚い天水桶の上には鳥の柔毛にこげが浮んでいた。右の方の横手の入口に近い処に小さな稲荷いなりほこらがあって、半纏はんてん着の中年の男がその前にしゃがんでいた。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
筋肉質ではなく、ぼてっと中太りの躯に、夏も冬も洗いざらした浴衣一枚で、冬にはほころびだらけの半纏はんてんをひっかける。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
うしろに腰を掛けて居りました鯔背いなせの男、木綿の小弁慶こべんけい単衣ひとえもの広袖ひろそで半纏はんてんをはおって居る、年三十五六の色の浅黒い気の利いた男でございます。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
どれもみな屈強そうな男で、半纏はんてんを担いだ者、鳥打帽、リボンのとれた中折なかおれ、古背広、地下足袋の者等まちまちである。
親方コブセ (新字新仮名) / 金史良(著)
勘次かんじ平生いつもごとくおつぎをれて開墾地かいこんちた。おつぎは半纏はんてんうしろへふはりとけたまゝとほさないで、かたへはたすきなゝめけて萬能まんのうかついでた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
模様は蝦夷人えぞじんの着る半纏はんてんについているようなすこぶる単純の直線を並べて角形かくがたに組み合わしたものに過ぎぬ。彼は時としてやりをさえたずさえる事がある。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
頬冠ほおかむりに唐桟とうざん半纏はんてんを引っ掛け、綺麗きれいみがいた素足へ爪紅つまべにをさして雪駄せった穿くこともあった。金縁の色眼鏡に二重廻にじゅうまわしのえりを立てて出ることもあった。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
女はギクリとして障子の中をのぞいた、そこには、あねさんかぶりの後むきが、小意気な半纏はんてんを着た朝の姿で、たすきをかけて、長火鉢ながしばち艶拭つやぶきをしていた。
何だって古い半纏はんてんなんか眼の前に吊るしておくんだと訊ねたり、そうかと思うと、自分が勅任官の前に立って当然の叱責を受けているものと思い込み
外套 (新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
女は髪を櫛巻くしまきにして、洗いざらした手拭てぬぐい頬被ほおかぶり、紺飛白こんがすり半纏はんてんのようなものを着て、白い湯文字がまる出しだ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
前の千鳥足の酔漢は、小ざっぱりしたもじり外套がいとう羽織はおったいき風体ふうていだが、後から出てきたのは、よれよれの半纏はんてんをひっかけた見窶みすぼらしい身なりをしている。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
仕事しごとったって、えたいのれぬにおいが、半纏はんてんにまでしみんでるんで、外聞げえぶんわるくッて仕様しようがありやァしねえ
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
赤毛布あかゲットにて作りたる半纏はんてんを着て、赤き頭巾ずきんかぶり、酔えば、町の中をおどりて帰るに巡査もとがめず。いよいよ老衰して後、旧里きゅうりに帰りあわれなるくらしをなせり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
上着のやうな半纏はんてんのやうなへんなものを着て、だいいち足が、ひどくまがつて山羊やぎのやう、ことにそのあしさきときたら、ごはんをもるへらのかたちだつたのです。
どんぐりと山猫 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
その間間あいだあいだに緑色の半纏はんてんを着た茶摘ちゃつみ男とか、黄袍おうほうまとうた茶博士ちゃはかせとかいったような者が、二三十人まじって行くのですが、この猿が何の役に立つかは後で解ります。
狂人は笑う (新字新仮名) / 夢野久作(著)
例の寝台のあしの処に、二十二三の櫛巻くしまきの女が、半襟はんえりの掛かった銘撰めいせん半纏はんてんを着て、絹のはでな前掛を胸高むなだかに締めて、右の手を畳にいて、体を斜にして据わっていた。
カズイスチカ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それは年ごろ十八九の小粋こいきな男で、襟のかかった半纏はんてんを着ていましたが、こんなことが好きなのか、よっぽど面白いのか、我れを忘れたように一心に読んでいるのです。
半七捕物帳:61 吉良の脇指 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その店さきに下った双子縞ふたごじま唐桟柄とうざんがら御召縮緬おめしちりめん。——黒八のいろのさえた半纏はんてん、むきみや、丹前。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
医者とも見える眼鏡の紳士が一人。汚れた襟付えりつきあわせ半纏はんてんを重ねた遣手婆やりてばばのようなのが一人——いずれにしても赤坂あかさか麹町こうじまちあたりの電車には、あまり見掛けない人物である。
寺じまの記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
唐桟とうざん半纏はんてんというやつである。そうして口調は伝法だ。だが、もし主人の眼が利いて、その懐中に取縄があり、朱総の十手があると知ったら、丁寧な物いいをしただろう。
染吉の朱盆 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
引出す所を目撃していたと云う女中にいろ/\聞いて見たが、半纏はんてんしるしさえ覚えていないのだ。只提灯は確になかったと云うから、そう遠くへは運び出したとは思われぬ。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
見るからに、南欧風の明るく小ぢんまりした構えで、扉は何か作りつけているらしく、開け放たれて、紺の半纏はんてんを着た男が、ばしょうの鉢植の蔭で、チラチラ動いていた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そうして半纏はんてんを脱ぎたすきを掛けながら土間へ降りた。祖母はお小夜の、かいがいしく頼もしい、なりふりを見て、わが身にもこの家にも、望みが立ちかけたような思いがした。
新万葉物語 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
こちらの半纏はんてんをきている若い棟梁とうりょう、うしろから声をかけましたが、ツイ見失って、そのまま、いつかついでがあったらと、振分の中へまるめ込んでおきましたが、ここに……
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一方の座敷におきぬが、蒲団の上に坐って、やがて生れる子のために自分の半纏はんてんをほどき、産衣うぶぎ代りに縫っている。安どまりの女房おろくが、安産のお守を柱に貼りつけている。
沓掛時次郎 三幕十場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
六尺をこえるかと思われる、色の黒い、出歯で、額のせまい、いがぐり頭の四十男だ。ネルのシャツのうえに、「浜尾組助役」と染めぬかれた半纏はんてんを着ている。眼が、するどい。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
もう一つ参考になるのは、馬をギバの難から救う方法として、これが襲いかかった時に、半纏はんてんでも風呂敷ふろしきでもむしろでも、そういうものを馬の首からかぶせるといいということがある。
怪異考 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
この大自然を見ていると、なんと人間の力のちっぽけな事よと思うなり。遠くから、犬の吠える声がする。かすりの半纏はんてんを着た娘が、一匹の黒犬を連れて、歌いながら急いで来た。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
芸者の揃いの手古舞てこまい姿。佃島つくだじま漁夫りょうし雲龍うんりゅう半纏はんてん黒股引くろももひき、古式のいなせな姿で金棒かなぼうき佃節を唄いながら練ってくる。挟箱はさみばこかついだ鬢発奴びんはつやっこ梵天帯ぼんてんおび花笠はながさ麻上下あさがみしも、馬に乗った法師武者ほうしむしゃ
大山は、半纏はんてんを脱いで、ふんどし一つになって、隅っこの暗いところへ、這って行ってゴロリと横になった。それはまるで、その手紙が、当の本人で、その目から逃げるためのようであった。
奥様から頂いた華美はでしまの着古しに毛繻子けじゅすえりを掛けて、半纏はんてんには襟垢えりあかの附くのを気にし、帯は撫廻し、豆腐買に出るにも小風呂敷をけねば物恥しく、酢のびんは袖に隠し、酸漿ほおずき鳴して
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
他は盲縞めくらじま股引ももひき腹掛はらがけに、唐桟とうざん半纏はんてん着て、茶ヅックの深靴ふかぐつ穿うがち、衿巻の頬冠ほほかぶり鳥撃帽子とりうちぼうしを頂きて、六角に削成けずりなしたる檳榔子びんろうじの逞きステッキを引抱ひんだき、いづれも身材みのたけ貫一よりは低けれど
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
草鞋わらじ脚絆きゃはん股引ももひき、ドンブリ、半纏はんてん、向う鉢巻で、ルックサックの代りに山伏が使用するような物を背負い、山頂快晴ならば日の丸の鉄扇を振って快を叫び、霧がまいて来ると梅干をしゃぶり
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
お光は店をあがって、脱いだ両刳りょうぐりの駒下駄こまげたと傘とを、次の茶の間を通り抜けた縁側のすみの下駄箱へしまうと、着ていた秩父銘撰ちちぶめいせん半纏はんてんを袖畳みにして、今一間茶の間と並んだ座敷の箪笥たんすの上へ置いて
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
加納は半纏はんてんの袖を引っぱりながら、しばらく考えていた。
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
かぶせた半纏はんてんを取ると、後ろから袈裟掛けさがけに斬られた伊之助は、たった一刀の下に死んだらしく、蘇芳すおうを浴びたようになっております。
引摺ひきずるほどにそのやっこが着た、半纏はんてんの印に、稲穂のまるの着いたのも、それか有らぬか、お孝が以前の、派手を語って果敢はかなく見えた。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
黒襟くろえり半纏はんてんのまんま、長火鉢のまえから引っ立てられて行った姿は、なに、水の垂れるほどじゃあなかったが、ちょいとした女だったそうだ。
とろんとした眼を据えて、そのまままた小箱を枕にゴロリと横になり、半纏はんてんを頭から引被ひっかぶって寝ころんでしまったものです。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
短かい半纏はんてんのようなものを着て、股引ももひきをはき、素足で、頬かぶりをしていた。もちろん武士ではないし、刺客などというものとも類の違う人間だ。
泥棒と若殿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
一人は素肌に双子ふたごあわせを着て一方の肩にしぼり手拭てぬぐいをかけた浪爺風あそびにんふうで、一人は紺の腹掛はらがけ半纏はんてんを着て突っかけ草履ぞうりの大工とでも云うような壮佼わかいしゅであった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
おつぎはかまどしたからのついてる麁朶そだひとつとつてランプをけてあががまちはしらけた。おしなはおつぎが單衣ひとへ半纏はんてんけたまゝであるのをた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
インヴァネスを着た小作りな男が、半纏はんてん角刈かくがりと入れ違に這入はいって来て、二人から少しへだたった所に席を取った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)