俯目ふしめ)” の例文
そして、ぱっちりした、うるみのある、涼しい目を、心持俯目ふしめながら、大きくみひらいて、こっちに立った一帆の顔を、向うからじっと見た。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さらその何處どこにもかんじない微風びふう動搖どうえうして自分じぶんのみがおぢたやうにさわいでる。なにさわぐのかといぶかるやうにすこ俯目ふしめおろしてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
昔しのまげを今の世にしばし許せとかぶ瓜実顔うりざねがおは、花に臨んで風にえず、俯目ふしめに人を避けて、名物の団子をながめている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
能登はかえって、底知れぬふちへ吸いこまれそうな気さえしたので、あわててその深淵しんえんから元の俯目ふしめに返ってしまった。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こは事難ことむづかしうなりぬべし。かなはぬまでも多少は累を免れんと、貫一は手をこまぬきつつ俯目ふしめになりて、つとめてかかはらざらんやうに持成もてなすを、満枝は擦寄すりよりて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
あれが軟い、静かな二頭曳の馬車の中でしたら、わたくしは俯目ふしめになって、小さい声で、「結構でございますわ」とかなんとか申されたのでございます。
辻馬車 (新字新仮名) / フェレンツ・モルナール(著)
すると娘は、悪びれず聞き取っていて、それから例の濃い睫毛まつげ俯目ふしめにして云った。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
梅子は俯目ふしめ首肯うなづきつ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
頭髪かみの房々とあるのが、美しい水晶のような目を、こう、俯目ふしめながらすずしゅうみはって、列を一人一人見遁みのがすまいとするようだっけ。
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
俯目ふしめに卓布をながめていた藤尾の眼は見えぬ、濃い眉だけはぴくりと動いた。糸子は気がつかぬ、宗近君は平気である、甲野さんは超然としている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
伝右衛門は、俯目ふしめのまま、花瓶はないけの前を退がった。夜まで、姿を見せなかった。そこへ眼をやるに忍びないのである。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふすまわづかきたるひまより差覗さしのぞけば、宮は火燵にりて硝子ガラス障子をながめては俯目ふしめになり、又胸痛きやうに仰ぎては太息吐ためいきつきて、たちまち物の音を聞澄すが如く、美き目をみはるは、何をか思凝おもひこらすなるべし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
(あら。)と莞爾にっこりして、(お早う。)と若い方が言うと、年上の上品なのは、一寸ちょっと俯目ふしめうなずくようにして、挨拶しました。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(なにから先にいおう)と、胸がつまってしまったように、ややしばらくの間、俯目ふしめに指をつかえていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そう」と俯目ふしめになった顔を半ば上げる。危ぶむような、慰めるような笑が顔と共に浮いて来る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
深張ふかばり涼傘ひがさの影ながら、なお面影は透き、色香はほのめく……心地すれば、たれはばかるともなく自然おのずから俯目ふしめ俯向うつむく。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
俯目ふしめ兄者人あにじゃびとのほうを見てありましたところ、母うえが着せてあげた赤地錦あかじにしき小袖こそで萠黄縅もえぎおどしよろい、太刀のこじり、いつまでも、石のように、ひれ伏してありましたが
日本名婦伝:大楠公夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
むかふぢや此方こつち信用しんようがないかもれないが、此方こつちぢやまたむかふに信用しんようがないんだ」と宗助そうすけ威張ゐばつてしたが、御米およね俯目ふしめになつてゐる樣子やうすると、きふ勇氣ゆうきくじけるふうえた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
深張ふかばり涼傘ひがさの影ながら、面影おもかげは透き、色香いろかほのめく……心地ここちすれば、たれはばかるともなく自然おのずから俯目ふしめ俯向うつむく。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「そういう意志はないか」と訊くと、綽空は初めて身を上げて——そして再び幾分か俯目ふしめになって
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
... 猿智慧さるぢえから割り出した術数と、天来の滑稽趣味と混同されちゃ、コメディーの神様も活眼の士なきを嘆ぜざるを得ざる訳に立ち至りますからな」主人は俯目ふしめになって「どうだか」と云う。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
筆を持った小児こどもの手を持添えて、その小児こどもの顔を、上から俯目ふしめ覗込のぞきこむようにして、莞爾にっこりしていると、小児こどもは行儀よくつくえに向って、草紙に手習のところなんだがね。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
気の小さい温醇おんじゅんな男らしく、どこかに持病じびょうでもあるのか、艶のない黄ばんだ皮膚をしていて、細い眼のうちが薄黒く見え、その眼は絶えず、俯目ふしめになって、恟々おどおどしていた。
鍋島甲斐守 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「向うじゃこっちに信用がないかも知れないが、こっちじゃまた向うに信用がないんだ」と宗助は威張って云い出したが、御米の俯目ふしめになっている様子を見ると、急に勇気がくじける風に見えた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と半ば湯呑のあとを飲むと、俯目ふしめに紋を見て下に置いた。彼は帰りがけの片膝を浮かしたのである。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「同じ兄弟でも、御舎弟の勘十郎殿は折り目正しゅう、俯目ふしめに始終謹んでおいであるに」
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とき斜違はすつかひにづかりととほつて、二人ふたりをんなまへ會釋ゑしやくもなくぬつくとつ。トむらさきが、ト外套ぐわいたうわきしたで、俯目ふしめつたはどくらしい。——くれなゐしぼむ、萌黄もえぎくち
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
兄が、黙って、俯目ふしめになって控えているので、吉千代は父の前へ一人で両手をつかえた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「気にいたしますの、なんのって、そういうわけではございません。あの……うかがいました上で、それにつきまして少々おたずねしたいと存じまして。」と俯目ふしめになった、睫毛まつげが濃い。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
血なまぐさい夜来の袖をくゆらすかのように、こうの煙が、縷々るると紫いろの線を描く。そっと俯目ふしめをあげて墓前を見ると、白木の三方のうえに、洗われた白髪しらが首が乗って供えられてある。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小戻こもどりをしようとして、幹がくれにと覗いて、此方こなたをばじっる時、俯目ふしめになった。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
行きがかりに目についた、お妙は直ぐに俯目ふしめになって、コトコト跫音あしおとが早くなった。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
単衣ひとえの襟をちょいと合わせて、すっとその格子戸へ寄って、横に立って、洋傘ひがさいたが、声を懸けようとしたらしく、斜めにのぞき込んだ顔を赤らめて、黙って俯向うつむいて俯目ふしめになった。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
乳母うばが、(まあ、何でござります、嬢ちゃまも、坊っちゃまも、お客様の前で、)と主税の方を向いたばかりで、いつも嬢さまかぶれの、眠ったような俯目ふしめの、顔を見ようとしないので
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
俯目ふしめつて、うち活計くらしのためにつて、人買ひとかひれられてくにたまゝ、行方ゆくへれなかつたむすめが、ふとゆめのやうにかへつてて、したるもののよみがへつたごとく、をんな取卷とりまいた人々ひと/″\
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そっと横顔で振向いて、俯目ふしめになって、(貴下あんたはん、見憎うおますやろ、)と云って、きまりの悪そうに目をぱちぱちと瞬いたんです。何事も思いません。大阪中の詫言わびごとを一人でされた気がしたぜ。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
けばけばしく真赤まっか禅入ぜんにゅうを、木兎引ずくひきの木兎、で三寸ばかりの天目台てんもくだい、すくすくとある上へ、大は小児こども握拳にぎりこぶし、小さいのは団栗どんぐりぐらいな処まで、ずらりと乗せたのを、その俯目ふしめに、トねらいながら
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
俯目ふしめに、睫毛まつげ濃く、黒棚くろだなひとツの仕劃しきりを見た。袖口そでぐち白く手をべて
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
俯目ふしめに、睫毛まつげく、黒棚くろだなひとツの仕劃しきりた。袖口そでくちしろべて
印度更紗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
さっ睫毛まつげを濃く俯目ふしめになって、えりのおくれ毛を肱白く掻上げた。——漆にちらめく雪の蒔絵まきえの指さきの沈むまで、黒くふっさりした髪を、耳許みみもと清く引詰ひッつめて櫛巻くしまきに結っていた。年紀としは二十五六である。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
遣瀬やるせなげに、眉をせめて俯目ふしめになったと思うと、まだその上に——気障きざじゃありませんか、駈出かけだしの女形がハイカラ娘のるように——と洋傘かさを持った風采なりを自らあざわらった、その手巾ハンケチを顔に当てて
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
旅客りよきやくまゆあつするやままたやままゆおほはれたさまに、俯目ふしめたなさぐつたが、ふえとき角形かくがた革鞄かばん洋傘かうもり持添もちそへると、決然けつぜんとした態度たいどで、つか/\とりた。しなに、かへりみてかれ會釋ゑしやくした。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
女は幾度も口籠りながら、手拭てぬぐいの端を俯目ふしめくわえて
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、じっと見た目を、俯目ふしめにぽッと染めた。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)