はなはだ)” の例文
かえりに、女中が妙な行燈あんどうに火を入れて、かどまで送って来たら、その行燈に白いが何匹もとんで来た。それがはなはだ、うつくしかった。
田端日記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
女の見た男は非常に疲れていたし又はなはだしい苛苛した表情で、何かしきりに考え詰めているような鬱陶しい歩みをつづけていたのである。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
現在社会で最も広く行われる流行は官僚を罵倒することで、この運動は学生が最もはなはだしい。だが官僚は天のなせる特別の種族ではない。
端午節 (新字新仮名) / 魯迅(著)
隅田川に関する既徃の文献は幸にしてはなはだ豊富である。しかし疎懶そらんなるわたくしは今日の所いまだその蒐集しゅうしゅうに着手したわけではない。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
これを聞いて私はF君の自信の大きいのに驚き、又私の買いかぶられていることのはなはだしいのに驚いて、暫く君の顔を見て黙っていた。
二人の友 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
景樹を学ぶなら善き処を学ばねばはなはだしき邪路におちい可申もうすべく、今の景樹派などと申すは景樹の俗な処を学びて景樹よりも下手につらね申候。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
それは兎も角、彼はこの発見によって、一方でははなはだしく失望しましたけれど、同時に他の一方では、不思議な気安さを感じるのでした。
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そのあやふきふんで熊を捕はわづか黄金かねため也。金慾きんよくの人をあやまつ色慾しきよくよりもはなはだし。されば黄金わうごんみちを以てべし、不道をもつてべからず。
思えばしかしこう盲信したのは私のはなはだしい軽率で、私自身の過去の事実にいて、最もかく信ずべからざる根拠が与えられていたのである。
役人は、土地の船頭共のようにはなはだしい土音は用いないで、まず通常の標準語で問いかけると、川破りもまたこれに準じた言葉で
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
太古の人は星を吉凶禍福の本と信じてはなはだしく気にした。けれどもしこの様な星が現われたなら、殆ど気が付かずにいる所だろう。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
夜行は必ず提灯ちょうちんたずさえ、はなはだしきは月夜にもこれをたずさうる者あり。なお古風なるは、婦女子ふじょしの夜行に重大なる箱提灯はこちょうちんぼくに持たする者もあり。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
もうこのように減水したので蘆屋あしやへこいさんを送って行って上げようと思いながら、一つはこいさんがはなはだしく疲労しているのと
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
かかる一族がそれぞれ高位にのぼり政治の各分野に参与したのであるから、この間に処せられた聖武天皇の御心労ははなはだしかったであろう。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
村夫子そんぷうしふ、美の女性に貴ぶべきは、其面そのめんの美なるにはあらずして、単に其意そのこゝろの美なるにありと。なんぞあやまれるのはなはだしき。
醜婦を呵す (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
絶対に信頼して——今回の恋のことにも全心を挙げて同情してくれた師の家に行って住むことは別にはなはだしい苦痛でも無かった。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
はなはだしく平等の思想に欠け、人は恋愛の奴隷、虚栄の従僕となつて納まり返り、大臣からしてがかけをしてひとの妻を取るほど博奕ばくち思想は行はれ
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
とかげにでも化けてするりと檻から脱け出られるはずだ。それができないところを見ると、狐は化ける動物では無いのだ。買いかぶりもはなはだしい。
女人訓戒 (新字新仮名) / 太宰治(著)
もしその鉱山がかなり豊富であるならば、彼れの資本をかくの如く使用するのが自分の利益となるに至るまでは、騰貴ははなはだしくはないであろう。
夜はことにはなはだしい。隣りの部屋も、下の風呂場も、向うの三階も、裏の山もことごとく静まり返った真中まなかに、余は絶えずこの音で眼を覚ました。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すなすべりのたにじつたにばるゝごとく、吾等われら最早もはや一寸いつすんうごことあたはず、くわふるに、猛獸まうじう襲撃しふげき益々ます/\はなはだしく、この鐵檻車てつおりのくるまをもあやうくせんとす。
そればかりでも身躰からだ疲勞ひらうはなはだしからうとおもはれるので種々いろ/\異見いけんふが、うもやまひせゐであらうか兎角とかくれのこともちひぬにこまりはてる
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
管弦楽を指揮したサージェントが、甚だ不満足であるとしても、はなはだしくシュナーベルの黄金盤をそこねるとは言われない。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
而してかる特質(理想)は今やはなはだしき化醇の途次にありていまだ劃然たる定質を鋳成するに至らざるにはあらざるか
国民性と文学 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
一歩々々臭気がはなはだしく鼻を打った。矢っ張りそれは死体だった。そしてきわめてかすかに吐息が聞えるように思われた。だが、そんな馬鹿なこたあない。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
我儕の任ずる所もまたはなはだ重からずや。斃れて後已むに至りては固より我儕の薺甘せいかんする所なりといへども、独り恐らくは真理の終にべからざることを。
そしてその不可抗力に襲われて無茶苦茶なことをしてしまった後のはなはだしい悔恨と不快さはこれを経験しない人に到底理解の出来そうにないことである。
姑と嫁について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
そしてさくの知識はこんすでに非なるが常である。人は地に関してすらいまだはなはだしく無知である。ヨブ記のこの言は、その精神において今なお有効である。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
これは、たとへば、さるに利刀を持たせ、馬鹿ばかに鉄砲を放たしむるやうなもので、まことに危いことのはなはだしいでござる。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ソクラテスはこういうふうの外観的のことばかりではなく、時代の文学者仲間などには、その主義なり思想なりが、往々にして非難の的となり、はなはだしきは
ソクラテス (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
世間見ずが、世間へ出て、しかも、大枚の金策をして来ようなどとは、おろかはなはだしい。金というものが、そんな単純な物なら、何も苦労をする人間はない。
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しばしものを求め得ずとも、なぞもあさましく魚の餌を飲むべきとてそこを去る。しばしありてうゑますますはなはだしければ、かさねて思ふに、今はへがたし。
良久しばらく御目に掛りませぬでした」と、篠田も丁重ていちように礼を返へして、「此の吹雪ふぶきの深夜御光来おいで下ださるとははなはだ心懸こゝろがかりに存じます、早速承るで御座いませう」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
しかもその苦しさ切無せつなさといったら、昨夜ゆうべにも増して一層いっそうはなはだしい、その間も前夜より長くおさえ付けられて苦しんだがそれもやがて何事もなくおわったのだ
女の膝 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
だがはなはだしく意外に思ったのは、川幅の至って狭いことだった。子供の時に見た大人の偉さと同じく、大人になって見ると大したものではなかったのである。
大人の眼と子供の眼 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
このことばは色々な意味で富之助にはなはだしい恐怖を與へた。どぎまぎしながら、善くも考へないで富之助が答へた。
少年の死 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
中村は今までにも外で酒をんでいたらしかったが、そのために私の月謝までも必要だったのかも知れないが、その後は一層それがはなはだしくなったようだった。
それから肝臓の側の胆嚢が肥大しているのも沢山ありますし、はなはだしいのは胆石病を起しているのもあります。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
国樔は「応神紀」に、其為人そのひととなりはなはだ淳朴也などともありまして、佐伯とは本来同じ種族でないように思われます。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
土肥君の宅から迎えの使者が来たと云うのである。土肥君はいそ/\起きて一人帰って往った。為めに余等ははなはだ興を失ったが、子供の事だ、其まゝ寝ついた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
現代が科学の時代である事だけを知って、我々の愛国精神の影に古来の日本的宗教が脈々と現代に生きていることを知らないのは、迂愚うぐもまた、はなはだしい論である。
現代と浄土宗 (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
しきりに勧業の事に心を用ひしかば上の好む所下之よりはなはだしき者ありて地方官の如きは往々民間の事業を奪ひて之を県庁の事業とし以て大官にへつらはんとする者あり。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
赤羽主任は、殆んど迷宮に途惑とまどった人間のように、はなはだしく焦立いらだちながらも、決して検証をおこたらなかった。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
又黄色人種危禍の説がはなはだ盛大になりしにつき、我国朝野の人士は其妄誕なるを弁ずるに勉めつゝある。
はなはだしいのは監督とぐるで鉱山へ入り込む商人から阿片あへんを売りつけられたりして、金など持っている少年はほとんど無いが、英国人の技師長は、途方もない金をとって
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
ただ、いかに彼等が蛮化したとは云え、わずかに五六百年の深山生活によって、猿か人か判らぬまでにはなはだしく退化するや否やと云うことは、少しく疑問に属するのであるが
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
火鉢ひばちあかいのも、鐵瓶てつびんやさしいひゞきに湯氣ゆげてゝゐるのも、ふともたげてみた夜着よぎうらはなはだしく色褪いろあせてゐるのも、すべてがみなわたしむかつてきてゐる——このとし
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
朝又もちあぶりて食し、荊棘いばらひらきて山背をのぼる、昨日来もちのみをきつし未だ一滴の水だもざるを以て、一行かつする事実にはなはだし、梅干をふくむと雖も唾液つばつゐに出できたらず
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
屡々しばしば、編曲という名で現われたり、或はその一部が使われたり、はなはだしいのになると、そのまま、又はテンポだけ違えて新しいもののように、使われたりしてしまうのです。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
また一はなはだしい動揺と共にふなばたと舷とが強く打ち合って、更に横さまに大揺れに揺れました。
少年と海 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)