かつ)” の例文
屋根のくぼみなどに、雨水がたまるからだ。僕等は、それによって、かつやすことができ、雨水を呑んで、わずかに飢えをしのぐのだった。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
と、久しくかつえていた軽輩武士が、世上の動揺で、にわかに何事かでた金で、あらっぽい消費をする様を、さげすまずにいられなかった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はやく母に別れて愛にかつえている加世子にとって、時にとっての話相手になるのではないかと、均平は自分勝手にそんなことを考えていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
をどつてうたうてかつしたのど其處そこうりつくつてあるのをればひそかうり西瓜すゐくわぬすんで路傍みちばたくさなかつたかはてゝくのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
しきりにかつを覚えたが危険を恐れて一切飲料を取らず、寺僧が施本せほんとしてれた羅状元らじやうげんの「醒世歌せいせいか」を手にして山を下つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
坂を登るのでいよいよ汗になった我々は、干枯ひからびたオレンジでかついやしていると、汽車の時間が追っているから早く自動車に乗れと催促される。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
材料にかつゑて居た田舎の新聞は、一号や二号の活字を惜し気もなく使つて、敬吉とおくみとの関係を露骨に書き立てゝ、教育界の腐敗を攻撃した。
海の中にて (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
「だつて、ケチな長屋のお通夜だつて、酒ぐらゐは出るでせう、八五郎親分を一と晩かつゑさしちや、俵屋の暖簾のれんは兎も角、私の顏にかゝはるでせう」
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
幾分かかつやすことが出来るのにと思うと、則重の鼻のない顔も夫人の顔と同じように恋い慕われて来るのであった。
玄奘法師げんじょうほうしは、その十七年の長い旅の首途かどでにおいて既に、この北の沙漠に路を失い水にかつえ、命からがら哈密ハミのオアシスに辿たどり着いたのだそうである。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
徳川三代将軍家光の牟礼野田猟むれのかりの時、御殿山に休息して池の泉にかついやしてから、弁財天べんざいてん堂宇どううも立派にされました。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
それはうえかつとであった。いや、飢より渇の方がはるかに恐ろしい。雲はだんだん薄くなって、熱い陽ざしがじりじりとボートのうえへさしてきた。
幽霊船の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
夏の日にされたりし草木の、雨に湿うるおひたるかをり車の中に吹入るを、かつしたる人の水飲むやうに、二人は吸ひたり。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そういうことを聞きたいという欲求にほとんどかつえていたので、すべてを丸呑みにして、なおそれ以上のことを聞きたいという熱意に燃えていました。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
そんなほんのちよつとした餓ゑやかつえや疲れであれば、激しい苦痛と云ふよりも寧ろいゝ気持で其の満足を求める。
けれどサタンの誘惑はやって来た。私の当途あてどもない彷徨が餓えかつえる私を田舎いなかの小さい料理屋の前に導いたとき、私は一本のサイダーを求めようとした。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
天を泣かせ、光を隠して、それで諸君はきらるるか。稲は活きても人はえる、水は湧いても人はかつえる。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
同情にえ、人間にかつしてやるせなき一人坊っちである。中野君は病気と云う、われも病気と思う。しかし自分を一人坊っちの病気にしたものは世間である。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おれは他人を侮辱して愉快になる程、まだ快楽にかつゑてはゐないよ。云ふことがあるなら云つて見ろ。
屋上庭園 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
のこる所の二十七名は之よりすすむのみにしてかへるを得ざるもの、じつすすりて决死けつしちかひをなししと云ふてなり、すでにして日やうやたかく露亦やうやへ、かつ益渇をくわ
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
彼はかついやさんがために、すでに手に入れた泉で、自分の旧作で、のどをうるおそうとした。……厭な飲料! 彼はそれを一口含むや、ののしりながらすぐに吐き出した。
然れども、その発作の最高潮時、もしくは発作の主要部分を経過したるのちは、精神の弛緩しかんと共に異常なる疲労を感じ、且つ、甚しきかつを覚ゆるは生理上当然の帰結なり。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
平和にかつした頭は、とうてい安んずべからざるところにも、強いて安居あんごせんとするものである。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
私は休息と安眠とにかつゑて居たが、それは許されなかつた。伯父を始め、側に居た女達も、私の姉も、私に見物に行くことを勧めた。之は彼等の善意から出た親切であつた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
蓊欝こんもりと木がかぶさつてるのと、桶の口を溢れる水銀の雫の様な水が、其処らの青苔やまろい石を濡らしてるのとで、如何いか日盛ひざかりでもすずしい風が立つてゐる。智恵子は不図かつを覚えた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
金にかつえている時分にこそ、金があったらひとつ昔の壮遊を試みて、紅燈緑酒のかんに思うさま耽溺たんできしてみよう、なんぞと謀叛気むほんぎも起らないではなかったが、金が出来てみると
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
如何に零落れいらくなせばとて取戻せしと云れんことも無念むねんなり又是迄年來磨上みがきあげたる武士の魂魄たましひ何ぞ再びへんずる事あらんやかつしても盜泉たうせんの水をのまず熱しても惡木あくぼくかげやどらず君子は清貧せいひん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
斯様こうからだをつかったせいか、其晩から万作が腕は非常に痛み出して、少し熱さえ出てかつを覚ゆると見え、頻りに焼酎が飲みたい飲みたいとくりかえしていう。譫言うわごとのようにいう。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
それ故にこそは母のねむりをもおどろかしたてまつれ。只々ゆるし給へと潸然さめざめなき入るを、老母いふ。一一〇牢裏らうりつながるる人は夢にもゆるさるるを見え、かつするものは夢に漿水しやうすゐを飲むといへり。
ところで水の中をのぞき込む私は、ああいう山国でサカナにかつえていたせいもあろうが、あれをすくって、塩焼にするか、それとも甘露煮にしてもうまいだろうに、といつでも考えた。
乳と蜜の流れる地 (新字新仮名) / 笠信太郎(著)
そうかと思うと「灰汁あくのような色の雪雲、日に夜叉神やしゃじん(峠の名)のあたりより、鳳凰、地蔵より縞目をして立ち昇り、白峰を見ざること久し」(十二月十七日)とかつえた情をうったえて来る
雪の白峰 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
蟹の生肉に餓をしのぎ、洞窟の天井から滴り落ちる僅かの清水にかつを癒して、何十時間、私達は果しもしらぬ迷路の旅を続けた。その間の苦痛恐怖色々あれど、余り管々くだくだしければ凡て省く。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その夕方、病人は発熱して、しきりにかつを訴えたので、看護婦が牛乳を取りに台所へ行くと、都合よく皿場の上に牛乳の入った鑵があったので、そのまま病室へ持って行って、病人にのませた。
誤った鑑定 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
丁度お前が浮世うきよ榮華えいぐわあこがれてゐるやうに、俺は智識慾にかつしてゐる………だから社交もいやなら、芝居見物も嫌さ。家をにぎやかにしろといふのは、なにも人を寄せてキヤツ/\とツてゐろといふのぢやない。
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
世界は『愛』にかつゑてゐます。御身よそれをお鎮め下さい
とこしへのかつにがめる
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
水にかつえた白緑はくろく
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
さうするとむきつたあとまめ陸穗をかぼかつしたくちつめたいみづやういきほひづいて、四五にちうちあをもつはたけつち寸隙すんげきもなくおほはれる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
笹村がかつえていた本を枕元で拡げるようになると、開放された女も長四畳の方で、のびのびと手足を延ばして寝るのを淋しがらなくなった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
馬上に握り飯を取って喰い、湯柄杓ゆびしゃくで寸時のかついやしたぐらいで、秀吉は、くに長浜を出、曾根、速水はやみと駈けつづけていた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平八郎は足の裏がえるやうに逃げて来た道を、かつしたものが泉を求めて走るやうに引き返して行く。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
朝又もちあぶりて食し、荊棘いばらひらきて山背をのぼる、昨日来もちのみをきつし未だ一滴の水だもざるを以て、一行かつする事実にはなはだし、梅干をふくむと雖も唾液つばつゐに出できたらず
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
草深くて、ささやかながら私たち町っ子のかついやすに足るだけの「自然」がそこにはあった。池の面も南京藻がいっぱい浮かんでいて、ちょっと雨が降ればすぐ水が溢れた。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
彼は、息を引き取るとき、親兄弟の優しい慰藉いしゃの言葉に、どんなにかつえたことだろう。ことに、母か姉妹か、あるいは恋人かの女性としての優しい愛の言葉を、どんなに欲しただろう。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
発作の最高潮を経過したるのちに起るべき欲求にして、単に甚しきかつの刺戟に依ってかろうじて夢中遊行を続行しおるが如き状態なるべきを以て、意識の明瞭度は著しく減退しおり
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
かつはしだいにんだ。そうして渇よりも恐ろしいひもじさが腹の中を荒して歩くようになった。余は寝ながら美くしい食膳しょくぜん何通なんとおりとなく想像でこしらえて、それを眼の前に並べて楽んでいた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あけみが、哀れな声でかつを訴えたので、克彦は台所へ駈けおりて、コップに水を持って来た。彼女はほんとうにのどがかわいていたのだから、真に迫って、ガツガツと一と息にそれを飲みほした。
月と手袋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
詳しいことを説明するのをはばかりますが、その夜、夫人が満悦したエクスタシーののち、恐らく笛吹川にかつを訴えたのでしょう。笛吹川はそのとき自ら口移しに夫人にレモナーデ水を与えました。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
元船もとぶね乗棄のりすてて、魔国まこくとこゝを覚悟して、死装束しにしょうぞくに、髪を撫着なでつけ、衣類を着換きかへ、羽織を着て、ひもを結んで、てん/″\が一腰ひとこしづゝたしなみの脇差わきざしをさして上陸あがつたけれど、うえかつゑた上、毒に当つて
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
子供のかつえ死ぬのをほうって置く法がありましょうか、此の二三日は家じゅうの重宝も盡きてしまい、あの幼い者どもがひもじいと云って泣くのを見ては、どんなに辛い悲しい思いをすることかと
三人法師 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)