やわらか)” の例文
この混ぜ方が少しむずかしいので、パラパラと振りかけておいて、今のササラかはしで極く軽くやわらかにホンのだますような心持こころもちで混ぜます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
御骨は、沼の縁にやわらかな泥の中にありましたって、どこも不足しないで、手足も頭もつながって、膝をかがめるようにしていたんだそうです。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
幾年となく散りつもった木の葉はそのまま土になってやわらかに爪先をうずめ、かかとは餌をねらう獣のそれのようにすこしの音もたてない。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
「待て、王は爾の兄である。盃を王に返せ。」と卑弥呼はいって、彼女は差し出している反絵の手から、やわらかにその盃を取り戻した。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
色のまっ黒な、眼の大きい、やわらか口髭くちひげのあるミスラ君は、テエブルの上にある石油ランプのしんねじりながら、元気よく私に挨拶あいさつしました。
魔術 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
起居たちいのおとなしい、何をしても物にやわらかに当るお玉と比べて見られるのだから、田舎から出たばかりの女中こそい迷惑である。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
のぶる口上に樸厚すなおなる山家やまが育ちのたのもしき所見えて室香むろか嬉敷うれしく、重きかしらをあげてよき程に挨拶あいさつすれば、女心のやわらかなるなさけふかく。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
やわらかな女の足端あしさきがその右の足首にふわりとさわっていた。謙作はその足をのけるのが惜しいように思われた。謙作はそうして鉢の花に眼をやった。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「ここら、岩もやわらかいようだな。」と云いながらすなおに私たちに貸し、自分はまた上流じょうりゅうなみあらいところにあつまっている子供こどもらの方へ行きました。
イギリス海岸 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
こんな出鱈目でたらめな色刷でも無聊ぶりょうな壁をなぐさめるものだ。灯がやわらかいせいか、濡れているように海の色などは青々と眼にしみた。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
やわらかぬくよかな心持、浴槽のふちへ頭をせ足を投げ出していると、今朝出立して来た田原の宿、頂上の白雲、急峻な裏山などは夢のようになってしまう。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
第九 食物しよくもつ衣服いふくごと分限ぶんげんによるは勿論もちろんなれど、肉食にくしよくあざらけくあたらしきしな野菜やさいわかやわらかなるしなえらぶべし。よく烹熟にたきして、五穀ごこくまじくらふをよしとすること
養生心得草 (旧字旧仮名) / 関寛(著)
岸本は人知れず自分の顔をあかめずにはいられなかった。もしあの河岸かしの柳並木のかげを往来した未知の青年のようなやわらかい心をもった人が、自分の行いを知ったなら。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
やわらかい毛の大きな刷毛はけで、なんどもこすり、次に、白い粉をふりかけ、それを白ネルのきれき、それから、また白い粉をふりかけたり、刷毛でこすったりして、さいごに
市郎の店 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
お母さんなどは、「ほんとにお父さんにも困るね。いつも土いじりばかりなすって、堅い手をしていらっしゃる。きれいなやわらかい手を、人はお医者のようだという位なのに」
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
ところが、この春猿若勘三郎さるわかかんざぶろうの芝居見物に店中の者が揃って出かけた時、お竹はお内儀のお供で、初めて白粉おしろいというものを塗り、借物ながらやわらかい物を身に着けてきました。
腕の裏側からわきの下へかけては、さかなの背と腹との関係のように、急に白くやわらかくなって
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
鳥井青年が、少しためらったあとで、照子のやわらかい肩に手をかけるのを合図の様に、縁側の蝋燭が消えた。たった一つの光線がせると、あとは墨を流した様な真の闇であった。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
競走レース場へ現れた馬の中に脱糞だっぷんをした馬がいるのを見つけると、あの糞のやわらかさはただごとでない、昂奮剤こうふんざいのせいだ、あの馬は今日きょうはやるらしいと、慌てて馬券の売場へけ出して行く。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
池がこの旱魃かんばつ乾上ひあがって沼みたいになりかかっているところがあるんです。その沼へ踏みこもうという土のやわらかいところに、格闘かくとうあとらしいものがあるんです。靴跡がみだれています。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
暫時しばらく立っている間に、浅田はそのままやわらかい地の底へでも引きこまれてゆきたいような静かな心持になって、足が軽く、そっと墓石の前に立った。——貴女あなたの長男がお墓詣りに来ましたよ。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
やわらかい線で出せば出せるものかなとおもう。
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
快感の身顫みぶるいやわらかき接触の弥増いやまさる緩き波動。
あたたかふすまやわらかした
……たかだかは人間同士、夥間なかまうちで、白いやわらか膩身あぶらみを、炎の燃立つ絹に包んで蒸しながら売り渡すのが、峠の関所かと心得ます。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お登和さん、御迷惑でもおついでにモー二ツ三ツ教えて下さいませんか、章魚たこを煮たいと思いますがどうしたらやわらかになりましょう
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そうして全体の景色がパノラマのようにどんよりおどんでかすんでいる。せいせいとやわらかに潤いのある眺めである。
母の死 (新字新仮名) / 中勘助(著)
文箱ふばこの中から出ましたのは、艶書ふみの束です。奥様は可懐なつかしそうにそれをやわらかな頬にりあてて、一々ひろげて読返しました。中には草花の色もめずに押されたのが入れてある。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
僕のそばから離れて行ったのか、彼女がやわらかい草をんで向うへ遠ざかるのが頭へひびいて来た。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
そのとき、長羅は反絵の胸を踏みつけて、突然地から湧き出たように起き上った。彼は血のしたたる頭髪を振り乱して、やわらかに微笑しながらそのあおざめた顔を彼女の方へ振り向けた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
武士はあがるのがおっくうになって来た。そのとき武士は踏みだした右の下駄げたで、枯木のようなそれでやわらかなぐびりとしたものを踏みつけた。武士は不思議に思って一足ひとあしすさった。
山寺の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
何の罪なく眠れるものを、ただ一打ひとうちととびかかり、するどつめでそのやわらか身体からだをちぎる、鳥は声さえよう発てぬ、こちらはそれを嘲笑あざわらいつつ、引き裂くじゃ。何たるあわれのことじゃ。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
さては迷惑、一生可愛かわゆがって居様いようと思う男に。アレうそ、後先そろわぬ御言葉、どうでも殿御は口上手と、締りなくにらんでつ真似にちょいとあぐる、繊麗きゃしゃな手首しっかりととらえやわらかに握りながら。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
第八 衣服いふく精粗美惡よしあしひと分限ぶんげんるといへども、肌着はだぎ木綿もめんフラン子ルをよしとす。蒲團ふとん中心なかわたあたらしくかはきたるものをたつとゆゑに、綿花わたかぎらずかま穗苗藁ほわら其外そのほかやわらかかはきたるものをえらぶべし。
養生心得草 (旧字旧仮名) / 関寛(著)
けっけとつばしぼって吐き出したが、最後の一ひらだけは上顎うわあごおくりついて顎裏のぴよぴよするやわらかいところと一重になってしまって、舌尖でしごいても指先きをき込んでも除かれなかった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
やわらかい其の袖にしがみつきながら泣いた。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
綿かと思うやわらかな背を見物へ背後うしろむきに、そのこしらえし姿見に向って、筵に坐ると、しなった、細い線を、左の白脛しらはぎに引いて片膝を立てた。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
別に人参と蒟蒻こんにゃくあるいは蕪などを湯煮ゆでこぼして醤油と味淋にて味をつけ、やわらかになるまで煮て、冷めたる時南京豆と和えるなり。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
半晴半曇のやわらかい晩春の昼の陽が河の上に光りを反射させている。水ぎわに降りて行った。もう、追いつめられてしまって、どうにもならない気持ちだった。「死ぬッ」千穂子は独りごとを云った。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
私はよく母親おふくろの肩を揉せられましたから、その時奥様のうしろへ廻りまして、やわらかな御肩に触ると、急に母親を想出しました。母親の労働はたらく身体から思えば、奥様を揉む位は、もう造作もないのでした。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一室はことごとく目を注いだ、が、淑女は崩折くずおれもせず、やわらかつまはずれの、いろある横縦の微線さえ、ただ美しく玉に刻まれたもののようである。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
火の加減は強くも弱くもないちょうどカステラの通りでようございますがよく出来ますと軽くってやわらかで何とも言えない上品な味になります。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
文金ぶんきん高髷たかまげふっくりした前髪まえがみで、白茶地しらちゃじに秋の野を織出した繻珍しゅちんの丸帯、薄手にしめた帯腰やわらかに、ひざを入口にいて会釈えしゃくした。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ロースの霜降を持って来れば煮ても焼いてもやわらかですがショーランドの霜降を持って来られると硬くって仕方がありません。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
お珊は帯留おびどめ黄金きん金具、緑の照々きらきらと輝く玉を、烏羽玉うばたまの夜の帯から星を手に取るよ、と自魚の指に外ずして、見得もなく、友染ゆうぜんやわらかな膝なりに
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼方かなたの席には小山の妻君がお登和嬢と並びし事とて一々料理の説明を聞き「お登和さん、このマルボントースはやわらかで結構ですがどうしてこしらえます」
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
気軽なら一番ひとつおどかしても見よう処、姉夫人は少し腰をかがめて、縁から差覗いた、眉のやわらかな笑顔を、綺麗に、小さく畳んだ手巾ハンケチで半ば隠しながら
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それを二分位の厚みにって湯と一緒に極く少しの塩を入れて弱火とろびへかけてザット二時間位煮ると肉がやわらかになります。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
黄に薄藍うすあいの影がさす、藍田らんでんの珠玉とか、やわらかく刻んで、ほんのりとあたたかいように見えます、障子ごしに日が薄くすんです。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お粥ならば米をってやわらかかねばなりません。生のパンもいけません。何でもサラリとしたものが良いのです。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)