さま)” の例文
さらに歩め、止まれ、お辞儀をして見よ、舞踏せよ、酔漢えいどれさまをせよ、日本語で話せ、オランダ語で話せ、それから歌えなどの命令だ。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
七子の羽織に仙臺平のりうとした袴、太い丸打の眞白な紐を胸高に結んださまは、何處かの壯士芝居で見た惡黨辯護士を思出させた。
菊池君 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
保吉は呆気あっけにとられたなり、しばらくは「御用ですか?」とも何とも言わずに、この処子しょしさまを帯びた老教官の顔を見守っていた。
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一人ひとりわかそうちながら、むらさき袱紗ふくさいて、なかからした書物しよもつを、うや/\しく卓上たくじやうところた。またその禮拜らいはいして退しりぞくさまた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「この老年としになって——このあるまじき世のさまを見ようとは……」月輪公つきのわこうは老いた。一夜のうちに白髪になったかと思うばかりに。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
流程二千三百マイル、広々と流れる大河のさまは大陸的とでも云うのであろう。一行は汽船へ乗り込んだ。セミパラチンスクまで行くのである。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼女は、すこし取乱しているさまで、昨夜彼女を連れて来た刑事に助けられつつその席についた。取調べによって彼女はこんな風に弁明した。
麻雀殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
梅の花びらが散りこぼれてくると、子供はいかにも不思議さうにぢつと立ち止まつて眼を視張つてゐた。周子はそのさまをしげしげと打ち眺めて
父を売る子 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
そこで足をゆるめると、老人も足をゆるめて、うしろの方を顧眄ふりかえってきょときょととしたが、そのさまが如何にも人間らしくないので、又追っかけた。
虎杖採り (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
初めはその折の見すぼらしいさまが気の毒で手紙をやらなかったが、先方むこうからも寄越さないから、お互っこで七八年過ぎた。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
我曰ふ、あゝ師よ、これいかなる事のさまぞや、汝だに路を知らば我何ぞ道案内みちしるべもとむべき、願はくはこれによらで我等のみ行かむ 一二七—一二九
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
聴いたか、およつ、——あれで、何も彼も解ったろう。改めて言うまでもないが、——俺はただの絵描きだ。世のさま、人の姿は描くが、訴人や企らみを
芳年写生帖 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
嬉しやと己も走り上りて其処そこに至れば、眼の前のありさま忽ち変りて、山の姿、樹立のさまただならず面白く見ゆるが中に、小き家の棟二つ三つ現わる。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかして三節より五節までにおいて彼はまずヨブを責めていうのである、汝かつては人をおしえ人を慰めたるもの今わざわいに会すればもだえ苦しむは何のさまぞと。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
彼らは知を誇らず、風におごらない。奇異とか威嚇いかくとか、少しだにそれらのたくらみが含まれない。いどむこともあらわなさまもなく、いつも穏かであり静かである。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
冬子も一時は失神のさまであったが、これも市郎の手当によって回復して、南向みなみむきの座敷に俯向うつむいて坐っていた。そばには安行と市郎の二人がおなじく黙って坐っていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
六十年前 Louisルイ-Philippeフィリップ 王政時代の巴里の市民が狭苦しい都会の城壁を越えて郊外の森陰を散歩し青草あおぐさの上で食事をするさまをば滑稽なる誇張の筆致を
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
事務員たちは手品師の困惑してゐるらしいさまを見て、幾分か嬉しい気分になつて私語さゝやき合つた。
手品師 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
掻蹲かつゝくばひ、両腕りやううでひざあづけたまゝ啣煙管くはへぎせる摺出すりだていは、くちばしながさぎ船頭せんどうけたやうなさまである。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
わが云ひ付けし事は中々にけ引かず。わが折入つて頼み入る事も、平然と冷笑あざわらふのみにして、捗々はか/″\しき返答すら得せず。奈美女の言葉添なければ動かむともせざるさまなり。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しばしば、飲む真似をいたして、上戸のさまを示し申しても、相手にはとんと通じ申さぬ。
蘭学事始 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
すべからく利用せられたさまを装って、逆にこれを利用するほどの横着げがあってほしい。
融和促進 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
その滑り行くさま河の曲れるに似、その尾をむの状大河が世界をめぐれるごとく、辛抱強く物を見詰め守り、餌たるべき動物を魅入みいれて動かざらしめ、ある種は飼いらしやすく
... 江戸あたりのほこりの中には、お前の気にかなつたものは有るまいが、ト云つて山の中にも無しの、ほんに困つて仕舞しまうたよ」と首傾けて屈托くつたくさまなりしが「ほう」と一つおのれひざたゝきつ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
あくる日から圓朝の家は三たびさまを変えて、今度は花やかな三味線の音締ねじめが絶えず聞かれるようになった。大太鼓、小太鼓、ドラ、つけや拍子木の音も面白可笑しく聞こえてきた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
古邸のさましか浮ばなかったので、たしかに、昨夜は、そう申しましたが、今日、見て歩いているうちに、気持が変ったんです……いずれ、千々子をかたづけなくてはならないのですが
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
生涯を学問に貢献しやうといふ先生が嬢様のお気に入らうと頭髪あたま仏蘭西フランス風とかに刈つて香水をなすりつけコスメチツクで髯を堅め金縁目鏡に金指環でおつウ容子振つたさまは堪らない子。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
其の上に易書えきしょを五六冊積上げ、かたえ筆立ふでたてには短かき筮竹ぜいちくを立て、其の前に丸い小さなすゞりを置き、勇齋はぼんやりと机の前に座しましたさまは、名人かは知らないが、少しも山も飾りもない。
それをお勢は、生意気な、まだ世のさまも見知らぬ癖に、明治生れの婦人は芸娼妓げいしょうぎで無いから、男子に接するにそんな手管てくだはいらないとて、鼻のさき待遇あしらッていて、更に用いようともしない。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
猥雑わいざつなレヴュウを観て居る裡に、忽ちそんな場所に居る事が莫迦莫迦ばかばかしくなり一刻も早く直接女との交渉を持った方が切実だと謂う気になりまして直ぐさま其処を飛び出して了いましたものの
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
立派な白いひげの生えた老人が、庭さきで、筆に水を含ませて萬年青おもとの葉を洗つてゐる。老人が腰をかがめて、落ち付きはらつてそんなことをしてゐるさまが、遠く庭の緑を拔けてくつきりと見える。
少年の死 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
……と彼は、ハッとしたさまで、あぶなく鑵を取落しそうにした。そしてたちまち今までの嬉しげだった顔が、急にしょげ垂れた、にがいような悲しげな顔になって、絶望的な太息を漏らしたのであった。
子をつれて (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
琵琶滝を過ぎ、かねて聞く狂人のさまを一見し、かつは己れも平生の風狂を療治せばやの願ありければ、折れて其処そのところくだるに、聞きしに違はず男女の狂人のさま、見るもなか/\にすごくあはれなり。
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
焼岳の頭は、霧で見えなかったが、巨人がこの川をまたいでいるさまがある。
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
その本讀の曲にてのやく、その平生の擧動は、例へば天上の仙の暫くこの世に降りて、人間の態をなせるが如くぞおもはるる。そのさまも好し。されどヂドの役にては、姫が全幅の精神を見るべし。
松の袖垣すきまあらはなるに、葉は枯れてつるのみ殘れるつたえかゝりて、古き梢の夕嵐ゆふあらし、軒もる月の影ならでは訪ふ人もなく荒れ果てたり。のきは朽ち柱は傾き、誰れ棲みぬらんと見るも物憂ものうげなる宿やどさま
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
そのさま口よりすこし上にもゆる事、まへにいへる寒火かんくわのごとし。
彼はそんなことは夢にも知らず、答案に余念ないさまであった。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
馬に乗って来るさまはいかにも気の毒の次第でした。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
たゆまずねぬ隱者いんじやのそのさまもて
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
七子ななこの羽織に仙台平のリウとした袴、太い丸打の真白ましろな紐を胸高に結んださまは、何処かの壮士芝居で見た悪党弁護士を思出させた。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
互いに言葉のやりとりをせよ。父と子の親しいさまをせよ。二人の親友または夫婦が相礼し、または別るる態をせよ。小児と遊び戯れよ。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
寂寞せきばくとした、拝殿の階段きざはしに腰かけたが、覆面の侍は、いつまでたっても、黙然として、唯じっとお延を睨みつけているようなさま
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ごと間ごとを打ち通り、奥まった部屋の前へ出たが、飾り立てた部屋部屋の様子、部屋をつないだ廻廊のさま、まことに善美を尽くしたもので
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
(三十分宛の交代だから、別段疲れることもなく、寧ろ他の受持よりも愉快であるさうだ。)運転してゐるさまを見て最も健全なる魅力を感じたので
日本橋 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
眼に余る青草は、風を受けて一度に向うへなびいて、見るうちに色が変ると思うと、また靡き返してもとのさまに戻る。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
女等は衣類まで剥取はぎとられて、みじめなさまになつたが、この事を聞いた将門は良兼とは異つた性格をあらはした。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
しかし夜のこととて、壊れた橋のさまやら、にごった水の面などが見えなくて、かえってよかった。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
引斷ひきちぎりては舌鼓したうちして咀嚼そしやくし、たゝみともはず、敷居しきゐともいはず、吐出はきいだしてはねぶさまは、ちらとるだに嘔吐おうどもよほし、心弱こゝろよわ婦女子ふぢよし後三日のちみつかしよくはいして、やまひざるはすくなし。
蛇くひ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
奇異とか威嚇とか、少しだにそれ等のたくらみが含まれない。挑むこともあらはなさまもなく、いつも穏かであり静かである。時としては初心な朴訥な、控目がちなおももちさへ見える。
雑器の美 (新字旧仮名) / 柳宗悦(著)