ぬし)” の例文
「どんな事情が、おありか、ぞんじませんが、それは、およしなさいませ。あれは魔の島です。おそろしいぬしがすんでいるのです。」
怪奇四十面相 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と、ぬしのない血まみれなその小舟がしおに乗って流されてゆくそばに、ぽかりと、西瓜すいかのような物が浮いた。ふたつの人間の頭である。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さてその帯が出来上つて見ると、それは註文ぬしのお上さんには勿論、若い呉服屋の主人にも派手はで過ぎると思はずにはゐられぬものだつた。
貝殻 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「わたしは大菱屋の綾衣でおざんす。お前がたの頼もしいことは、ぬしからもかねて承わっていやんした。どうぞよろしく頼みんす」
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
生かすの殺すの、あなた、水の出端でばなぬしある間の出来事とは違いまして、生かすの殺すの、そんな野暮なものじゃございません……
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
つくられたものは、つくりぬしの計画のなかに自分の運命を見いださねばならぬのだ。その心をまかすというのだ。帰依きえというのだ。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
一四二烈婦さかしめのみぬしが秋をちかひ給ふを守りて、家を出で給はず。翁も又一四三あしなへぎて百かたしとすれば、深くてこもりて出でず。
これは審査員に対する遺恨と云ふ様な事で無く、その画がよくよく気にらなかつた為だと云ふ。悪戯いたづらぬしつかまらない。(四月十四日)
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
宗助は安井をここに二三度訪ねた縁故で、彼のいわゆる不味い菜を拵らえるぬしを知っていた。細君の方でも宗助の顔を覚えていた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それでも「池のぬしになっているから、姿をかくしたが安心してくれ。」という伝言ことづけをせねば、自分の重い役が一生とれぬ心地こころもちもするので
糸繰沼 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「齒が痛い。痛いよう! 痛いよう! 罪人つみびとと人に呼ばれ、十字架にかかり給へる、救ひぬしイエス・キリスト……齒が痛い。痛いよう!」
宿命 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
しかし、やがておくぬしかなしきかた見になつたその寫眞器しやしんきは、支那しなの旅からかへるともなく、或るぶん學青年の詐欺さぎにかゝつてうしなはれた。
むろんそのぬしがわかったとしても、今はもうどうするすべもない。晋太郎を育てあげることに一生を捧げるほか、自分の生きる道はない。
菊屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それに義蔵老が——出ますよ先生と、じろり私の顔を見ながら言った、池のぬしの大蛇は、ついにお姿を拝するに至らなかったが。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
権七ごんしちや、ぬしづ、婆様ばあさまみせはしれ、旦那様だんなさま早速さつそくひとしますで、おあんじなさりませんやうに。ぬしはたらいてくれ、さあ、
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「それ見い。やって見れば、おぬしにはこれだけの腕はあるんじゃ。だからわしが鋳物いものをやれとあんなにすすめたんじゃに。——」
見たら富右衞門殿へ平兵衞と云手紙が這入はひつてありすれば穀平こくへい殿より富右衞門殿へ送つた手紙が有からは落しぬしは富右衞門殿ならん其邊そこら
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そしてドルフが無事でおかに上がつた時、身のめぐりを囲んで、「どうも己達皆を一つにしても、おぬし一人程の値打はないなあ」
「こら。おぬしたちは逃げる談合をしておるな。逃亡の企てをしたものには烙印やきいんをする。それがこの邸の掟じゃ。赤うなった鉄は熱いぞよ。」
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
生れて四十年、一たんの土と十五坪の草葺のあばらぬしになり得た彼は、正に帝王ていおうの気もちで、楽々らくらくと足踏み伸ばして寝たのであった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ひとり全土を統一した最高の王者のみと言わず、島々のかはらすなわち頭、一地に割拠した大小の按司あじぬしもまたテダであった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
いままでってももどってこないところをみると、おそらくそのとしぬしはもどってこないだろう。そのおかねは、おまえさんにさずかったのだ。
武ちゃんと昔話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「東洋人というものは、おぬしのように、左様さよう貪慾どんよくではない。余の欲しいのは、白紙命令書はくしめいれいしょだ。それを百枚ばかり貰いたい」
その滝壺のぬしを或者は河童だといつた。或者は六尺もある鯉だといつた。そしていづれも現在見た者から聞いたのだといふ。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
そのお庭のぬしの王さまが、あくる朝、お庭におりてきました。ナシの数をかぞえてみますと、きょうはひとつたりません。そこで王さまは
「なんとか言ってるよ……ぬしに何とぞつげの櫛、どこを放っつきまわってるんだろうねえ、あの人は。ほんとにじれったいったらありゃしない」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
捨ててしまっても勿体もったいない、取ろうかとすれば水中のぬし生命いのちがけで執念深く握っているのでした。躊躇ちゅうちょのさまを見て吉はまた声をかけました。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それでそのほねぬしである動物どうぶつと、『ピテカントロプス・エレクツス』すなはち猿人えんじん直立ちよくりつして歩行ほこうする猿人えんじんといふをつけたのであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
かりそめにもぬしある人のものから艶書を持って来て返事をやるような文治と心得てるか、なんの為に文治の所へ来て居る、わりゃア畳の上じゃアしねねえから
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
社長は何方どつちかと云へば因循な人であるけれど、資本ぬしから迫られて、社の創業費を六百円近く着服ちよろまかしたと云ふ主筆初め二三の者を追出して了つた。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
つくぬしに從ひかへらうとする願ひなのだ。時々私は祈りを——それはもう實に短い祈りだけれど、しかし本當に心からのものをはじめたのですよ。
彼はこの写真のぬしの職業をどう考えたであろうか。この写真の主が私であることは、たぶん知らなかったろうと思う。
「隠れなき御匂ひぞ風に従ひて、ぬし知らぬかと驚く寝覚ねざめの家々ぞありける」と記されたかおる大将の、「扇ならで、これにても月は招きつべかりけり」
『新訳源氏物語』初版の序 (新字新仮名) / 上田敏(著)
日限の日になって観音が出来上がると万事用意が整っているのだから、五寸の立像の観音は、すべるように厨子に納まり、そのまま注文ぬしの手に渡る。
「異端の加特力教徒でも、火酒に眼がないのだ。飲まないのは土耳古人だけさ。どうだ、ステツィコ、穴倉でしこたますすつて来をつたな、おぬし?」
乳母車のぬしの赤ん坊は、白いかぶり物の下から赤い頬をふくらせて、太短い直線的な手の運動で、非常に熱心に、自分の靴下の爪さきを引っ張っている。
または悪魔悪鬼にまれ、若しこの事をかなえてくれたら、永劫未来後の世はおぬししもべとなって暮そう、火の山、針の林へもよろこんではいるであろう——
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
この間不意と銭湯の帰道で出会であわし、いやとも云われず家へ上げたのが間違まちがいのもとで、その後はぬしある身だからと断ってもずうずうしくやって来るので
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ちぇイぬしを……主たちを……ああ忍藻が心苦しめたも、虫…虫が知らせたか。大聖威怒王だいしょういぬおうも、ちぇイ日ごろの信心を
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
ですからニールスは、お城の中の部屋へやという部屋を、ぬしの生徒についてまわらなければなりませんでした。じつにじれったいたびではありませんか。
校友會のぬしと呼ばれる迄に母校と校友會のために献身的に盡してゐると聞く田中兎喜代さん(私より一年あとの卒業で母校の教師)にも逢つた事がない。
明け放したる障子にりて、こなたを向きて立てる一人の乙女おとめあり。かの唄のぬしなるべしと辰弥は直ちに思いぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
富貴ふうきには親類顏しんるゐがほ幾代先いくだいさきの誰樣たれさまなに縁故えんこありとかなしとかねこもらぬしまでが實家さとあしらひのえせ追從つゐしよう
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
大物ぬしの前まで来て、はじめて悠然と足を止めたが、わしのような眼をじっと据えて、大物主をにらんだものである。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
うち土藏どざうにはとしをとつたしろへびんでりました。そのへび土藏どざうの『ぬし』だから、かまはずにけとつて、いし一つげつけるものもありませんでした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
と、不意に、(意見せられて、さし俯向うつむいて——)という、おけさの一節が、頭にうかびました。(泣いていながらぬしのこと)なにかうったえるものが欲しかった。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
いいや、わしの言うのはぬしの知れないグラスです。それはあのミルクのグラスのそばに置いてあつて、ウイスキーがまだ一インチか二インチはいつていました。
侯爵は打ち驚き「オ、廃業しをつた——新聞に在つたと、浜子、其方そちう新聞を見ちよるな、感心ぢや——松島、其の根引きぬしは貴公ぢや無いか、白状せい」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
側には妻の寝床が其のぬしを待っています。此の寝床は明日は死体をのせていることだろうと考えながら。
悪魔の弟子 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
持皈もちかへりてぬしたづねばやとかまにさげて二町ばかりあゆみしにしきりにおもくなり、かまの内にこゑありて我をいづくへゆくぞといふにきもかまをすてゝにげさりしに