“こし”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:コシ
語句割合
腰46.5%
輿23.0%
拵11.4%
越7.5%
枯死1.9%
高志1.5%
古志1.2%
作0.6%
造0.6%
故紙0.6%
製0.6%
腰間0.4%
調0.4%
古址0.3%
漉0.3%
移転0.3%
虎視0.3%
轎0.3%
賈氏0.1%
乗輿0.1%
古市0.1%
古祠0.1%
古肆0.1%
古詩0.1%
扮0.1%
故址0.1%
構0.1%
狐子0.1%
神輿0.1%
細腰0.1%
腰部0.1%
要0.1%
誘0.1%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
此(こ)の按摩(あんま)杖(つゑ)を力(ちから)に、川(かは)べりの水除(みづよ)け堤(づゝみ)へ来(く)ると、杖(つゑ)の先(さき)へ両手(りやうて)をかけて、ズイと腰(こし)を伸(の)ばし、耳(みゝ)欹(そばだ)てゝ考(かんが)えて居(ゐ)る様子(やうす)、——と言(い)ふ。
怪力 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
何も下品に育つたからとて良人の持てぬ事はあるまい、殊(こと)にお前のやうな別品(べつぴん)さむではあり、一足(そく)とびに玉(たま)の輿(こし)にも乗れさうなもの
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
茶屋小料理めかしたり、土産物を売る態(てい)に拵(こし)らえているが、食事をしに入ったり土産物を買いに寄ったりするとひどいめにあう。
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
堀川百首(ほりかはひやくしゆ)兼昌(かねまさ)の哥に、「初深雪(はつみゆき)降(ふり)にけらしなあらち山越(こし)の旅人(たびびと)輴(そり)にのるまで」この哥をもつても我国にそりをつかふの古(ふるき)をしるべし。
進化の行程はすべてこの通りだ、幾百万年、我制統に光を与えこの地上の生命を支えて来た太陽も老廃して枯死(こし)する場合とはなった。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
この八千矛(やちほこ)の神一、高志(こし)の國の沼河比賣(ぬなかはひめ)二を婚(よば)はむとして幸(い)でます時に、その沼河比賣の家に到りて三歌よみしたまひしく
古志(こし)郡宮内の一王(いちおう)神社の東には、街道をへだてて田の中に十坪ほどの沼があり、そこの魚類も皆片目であったそうです。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「もうその着物いらんやろ。代りのを作(こし)らえてあげるで解(ほど)こうな。」
御身 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「こら極道者め! 親の耳にも入れないで一人で情男(いろおとこ)を造(こし)らえるというのは何事じゃ! 」
空中征服 (新字新仮名) / 賀川豊彦(著)
雨晴れて月朦朧(おぼろ)の夜にちび筆の軸を伝つてのみ、そのじくじくした欲情のしたたりを紙にとどめ得た。『雨月』『春雨(はるさめ)』の二草紙はいはばその欲情の血膿(ちうみ)を拭(ぬぐ)つたあとの故紙(こし)だ。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
本當(ほんたう)に好(い)い奴(やつ)なれば、今度(こんど)僕(ぼく)の沓(くつ)したを編(あ)みてたまはる時(とき)彼(あ)れにも何(なに)か製(こし)らへて給(たま)はれ、宜(よろ)しきか姉樣(ねえさま)、屹度(きつと)ぞかし姉樣(ねえさま)、と熱心(ねつしん)にたのみて、覺束(おぼつか)なき承諾(しようだく)の詞(ことば)を其通(そのとほ)り敏(さとし)に傳(つた)ふれば
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
こうとっさに決心した彼は、武蔵太郎と乾雲を腰間(こし)に佩(はい)してパッと雪の深夜へとび出したのだった。けたたましく呼ぶおさよの声をあとにして。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「富井さんも愈々(いよいよ)口が定(き)まったのなら、孰(いず)れ洋服が入(い)るでしょうから、三越へそう云ってお調(こし)らえなさい。少しいいのを調(こさ)えた方が結局は得ですから。」
大島が出来る話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ニヤの古址(こし)では、沢山の木簡が採集された。それは印度古代のカロシチー文字であった。そしてその書体から、それはスキタイ王朝即ち第一乃至(ないし)第三世紀のものであることを知った。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
綾(あや)ひとへ居湯(おりゆ)に志賀の花漉(こし)て 杜国
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「広田さんの御移転(こし)になるのは、此方(こちら)で御座いませうか」
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
たくさんな若い人材のなかには、石田佐吉のような、経理の才もあり、智謀にとむ者もいるが、多くは、一番槍、一番首などを虎視(こし)たんたんと望むもので
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
七分間で最終の停車場(ステエシヨン)に下車し、香港(ホンコン)ホテルの門前に出て支那人の舁(か)く長い竹の柄(え)の撓(しな)ふ轎(こし)椅子に乗つた。轎夫(けうふ)は皆跣足(すあし)である。山上(じやう)の路(みち)は総(すべ)てコンクリイトで固められて居る。石を敷いた所もある。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)
そこへ、楚々(そそ)と、盧俊儀(ろしゅんぎ)の妻の賈氏(こし)が、屏風(びょうぶ)を巡ってあらわれた。李固(りこ)や燕青と共に「——そんな遠出の旅は、思いとまっていただきたい」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
妻の賈氏(こし)もいそいそすすめ、李固も何かともてなすので、盧(ろ)は自分の小心を辱(は)じ、その晩はわれから機嫌を直して寝(しん)に就いた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
天一坊の乗輿(こし)に就いてのお訊ね、御紋についてのお調べ、之皆外形の事柄でございます。
殺された天一坊 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
近き頃、彼(かの)ポムペイの古市(こし)と同じく、闇黒の裡(うち)より出でゝ人の遺忘を喚び醒(さま)したるものは、此祠と穀神祠(デメエテル)となり。この祠(ほこら)の荊棘(けいきよく)に鎖(とざ)され、土石に埋められたること幾百年ぞ。
わたくしが砂町(すなまち)の南端に残っている元八幡宮(もとはちまんぐう)の古祠(こし)を枯蘆(かれあし)のなかにたずね当てたのは全く偶然であった。始めからこれを尋ねようと思立って杖を曳いたのではない。
元八まん (新字新仮名) / 永井荷風(著)
船橋は有名な古肆(こし)で、御菓子司(おかしづかさ)の称号を暖簾(のれん)に染め出していた御用達(ごようたし)である。屋号を朱漆(しゅうるし)で書いた墨塗の菓子箱が奥深く積み重ねてあって、派手な飾りつけは見せていない。
夫(それ)羅山(らざん)の口号(こうがう)に曰(いはく)、萬葉集(まんえふしふ)は古詩(こし)に似(に)たり、古今集(こきんしふ)は唐詩(たうし)に似(に)たり、伊勢物語(いせものがたり)は変風(へんぷう)の情(じやう)を発(はつ)するに贋(にせ)たり、源氏物語(げんじものがたり)は荘子(さうし)と天台(てんだい)の書(しよ)に似(に)たりとあり。
落語の濫觴 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
谷のあなたに聳(そばだ)てるはアプルツチイの山にて、沼澤(せうたく)を限り、この邊の景に、物凄き色を添ふ。あはれ此山の容(かたち)よ。この故址(こし)斷礎の間より望むばかり、人を動すことは、またあらぬなるべし。
そして、その混合物の一部分となつてゐるものとは違つた全く新らしい性質の金属を構(こし)らへ上げるのだ。さういふ風にして、銅と或る白い種類の金属とを熔かして一緒にしたものが亜鉛だ。
駭然(がいぜん)として夢か覚(うつつ)か狐子(こし)に騙(へん)せらるるなからむやと思えども、なお勇気を奮(ふる)いてすすむに、答えし男急に呼(よ)びとめて、いずかたへ行くやと云う。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
南ふく風静やかに、神輿(こし)の列遠く青みき。
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
分(うつ)し願は輕羅(うすもの)と成て君が細腰(こし)にまつはりたしなどと凝塊(こりかたま)り養父五兵衞が病氣にて見世へ出(いで)ぬを幸ひに若い者等を欺(だま)しては日毎(ひごと)夜毎に通ひ詰(つめ)邂逅(たまさか)宅(うち)に寢(ねる)夜(よ)には外を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
で、彼は子供の頭を押え、股(もも)でその繊細(かぼそ)い腰部(こし)を締めつけた——子供は両手を男の膝の上においていたが——そのとき男は、或る憎悪(にくしみ)が、われにもあらず、むらむらっと心中に沸きかえった。
生さぬ児 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
ペオチアの田舎で菜摘みを事としたが、転じてアテーネの遊君となってより高名の士その歓を求むる者引きも切らず、一たび肢を張れば千金到り一たび要(こし)を揺(うご)かせば万宝納(い)る。
たとひ殿の罪深くして、地獄に入り給はば、日蓮を如何に仏に成さんと釈迦誘(こし)らへさせ給ふとも、用ひ参らせ候べからず。同じ地獄なるべし