“つくっ”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
作66.7%
造33.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
授業料と云う名を作(つくっ)て、生徒一人から毎月金(きん)二分(にぶ)ずつ取立て、その生徒には塾中の先進生が教えることにしました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
口に仁義忠孝など饒舌(しゃべ)りながら、サアと云(い)うときには夫(そ)れ程に意気地(いくじ)はない。殊(こと)に不品行で酒を飲(のん)で詩を作(つくっ)て書が旨いと云(い)えば評判が宜(よ)い。都(すべ)て気に喰(く)わぬ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
或は白木(しらき)の指物細工(さしものざいく)に漆(うるし)を塗(ぬり)てその品位を増す者あり、或は戸(と)障子(しょうじ)等を作(つくっ)て本職の大工(だいく)と巧拙(こうせつ)を争う者あり、しかのみならず、近年に至(いたり)ては手業(てわざ)の外に商売を兼ね
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
大きに安堵(あんど)して、今では颯々(さっさつ)とそんな事を人に話したりこの通りに速記することも出来るようになったけれども、幕府の末年には決して爾(そ)うでない、自分から作(つくっ)た災(わざわい)で
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
今この三田(みた)の屋敷の門を這入(はいっ)て右の方にある塾の家は、明治初年私の住居で、その普請(ふしん)をするとき、私は大工に命じて家の床(ゆか)を少し高くして、押入の処に揚板(あげいた)を造(つくっ)て置(おい)たと云うのは
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
コンな古臭い攘夷政府を造(つくっ)て馬鹿な事を働いて居る諸藩の分らず屋は、国を亡ぼし兼(か)ねぬ奴等(やつら)じゃと思(おもっ)て、身は政府に近づかずに、唯(ただ)日本に居て何か勉(つと)めて見ようと安心決定(けつじょう)したことである。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ドウやら斯(こ)うやら種々様々に、私が有らん限りの才覚をして金を造(つくっ)た。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)