“長(ちやう)” の例文
これお長(ちやう)、母様(おつかさん)のいふ事も兄様(にいさん)のおつしやる事もお前は合点(がてん)が行(ゆ)かないかい、狂気(きちがひ)の様(やう)な娘を持つた私(わたし)や何(なん)といふ因果であらうね。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「面白(おもしろ)かつたり、辛(つら)かつたり………然(しか)し女にやア不自由しねえよ。」吉(きち)さんは鳥渡(ちよつと)長吉の顔を見て、「長(ちやう)さん、君は遊ぶのかい。」
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
三女は今生れたものが即是である。名を長(ちやう)と云ふ。以上皆嫡出である。そして長が独り長育することを得た。勤向覚書に云く。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
然らずして、徒(いたづら)に聞見を貪(むさぼ)るのみならば、則ち或は傲(がう)を長(ちやう)じ非を飾(かざ)らんことを恐る。謂はゆる寇(こう)に兵を假(か)し、盜(たう)に糧(りやう)を資(し)するなり、虞(おもんぱか)る可し。
加之(しか)も此無名の豪傑は薩(さつ)の元老であらうの長(ちやう)の先輩であらうの或は在野の領袖(りやうしう)某(なにがし)であらうの甚しきは前将軍であらうのと
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
長(ちやう)ちやん——兄の方の子供も学校から帰つて来た時で、鞄(かばん)をそこへ投出すが早いか、弟と同じやうにお節の手を引いたり、肩へつかまつたりした。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
大名小路の大きな邸(やしき)が長い年月に段々つぶれて畑(はたけ)になつて行くのをも見た。御殿のあつた城址(しろあと)には徒(いたづら)に草が長(ちやう)じた。
朝 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
もつて功徳(くどく)の長(ちやう)と成べきと智化(ちけ)の上人へ桂昌院樣(けいしやうゐんさま)一位樣御尋(おんたづ)ね遊ばされしに僧侶(そうりよ)答(こたへ)て申上げるは凡(およそ)君たる人の御功徳(くどく)には橋(はし)なき所へ橋をかけ旅人(りよじん)のわづらひを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そろひの浴衣(ゆかた)は言(い)はでものこと、銘々(めい/\)に申合(まをしあわ)せて生意氣(なまいき)のありたけ、聞(き)かば膽(きも)もつぶれぬべし、横町組(よこてうぐみ)と自(みづか)らゆるしたる亂暴(らんぼう)の子供大將(こどもたいしやう)に頭(かしら)の長(ちやう)とて歳(とし)も十六
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
夫(それ)から此(この)長(ちやう)二郎(らう)のお茶碗(ちやわん)——是(これ)は先達(せんだつて)もちよいと拝見(はいけん)をいたしましたが此四品(このよしな)でお幾(いく)らでげす。
士族の商法 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
テン太郎さん この人がミルチス・マヂョル市長(ちやう)です
千代治等(ちよぢら)も長(ちやう)じて恋し
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
長(ちやう)ずと言(い)ふか
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
棠軒の家には正月に長女長(ちやう)が生れた。公私略に「甲寅正月廿四日朝卯中刻女子出産、名長」と云つてある。後に津山碧山に嫁した長子刀自である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
劉填(りうてん)が妹(いもうと)は陽王(やうわう)の妃(ひ)なり。陽王(やうわう)誅(ちう)せられて後(のち)追慕(つゐぼ)哀傷(あいしやう)して疾(やまひ)となる。婦人(ふじん)の此(この)疾(やまひ)古(いにしへ)より癒(い)ゆること難(かた)し。時(とき)に殷※(いんせん)善(よ)く畫(ゑが)く、就中(なかんづく)人(ひと)の面(おもて)を寫(うつ)すに長(ちやう)ず。
聞きたるまゝ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「あら、長(ちやう)ちやんも居(ゐ)たの。学校がお休み………あら、さう。」其(そ)れから付(つ)けたやうに、ほゝゝほと笑つて、さて丁寧(ていねい)に手をついて御辞儀(おじぎ)をしながら
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
曰ふ、會津藩士(あひづはんし)は、性直にして用ふ可し、長人(ちやうじん)の及ぶ所に非ざるなりと。夫れ會(くわい)は長(ちやう)の敵(てき)なり、而(し)かも其の言此(かく)の如し。以て公の事を處(しよ)すること皆公平(こうへい)なるを知るべし。
寄(よ)る邊(べ)なき御身(おんみ)憐(あは)れやとの情(じやう)やう/\長(ちやう)じては、我(わ)れ一人(ひとり)をば天(あま)が下(した)の頼(たの)もし人(びと)にして、一にも松野(まつの)二にも松野(まつの)と、隔(へ)だてなく遠慮(ゑんりよ)なく甘(あま)へもしつ㑃強(すね)もしつ、睦(むつ)れよる心(こゝろ)愛(あい)らしさよと思(おも)ひしが
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
とり居(ゐ)たり斯(かく)日々(ひゞ)奢(おご)りに長(ちやう)じければさしもの身代(しんたい)漸々(やう/\)に衰(おとろ)へ享保(きやうほ)八年(ねん)十月夷子講(えびすかう)前(まへ)には金(きん)二百兩(りやう)不足(ふそく)に付(つき)妻(つま)のお常(つね)は番頭(ばんとう)忠(ちう)八と申合(あは)せ亭主庄(しやう)三郎に斯(かく)と申ける故庄(しやう)三郎甚(はなは)だ困(こま)り入(いる)と雖も親類(しんるゐ)一家は素(もと)より妻(つま)が奢(おご)りを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
蘭軒の女は天津(てつ)、智貌(ちばう)、長(ちやう)、順(じゆん)、万知(まち)の五人で、長は第三女であつた。長の夫は棠軒の親類書に「御先手井手内蔵組与力井戸応助」と云つてある。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「長(ちやう)さん、君は芸者が好きなのか、贅沢(ぜいたく)だ。」と新俳優の吉(きち)さんは意外らしく長吉(ちやうきち)の顔を見返(みかへ)したが
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
我(われ)聞(き)く。——魏(ぎ)の正始(せいし)の時(とき)、中山(ちうざん)の周南(しうなん)は、襄邑(じやういふ)の長(ちやう)たりき。一日(あるひ)戸(こ)を出(い)づるに、門(もん)の石垣(いしがき)の隙間(すきま)から、大鼠(おほねずみ)がちよろりと出(で)て、周南(しうなん)に向(むか)つて立(た)つた。此奴(こいつ)が角巾(つのづきん)、帛衣(くろごろも)して居(ゐ)たと言(い)ふ。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
仍(よつ)て速(すみやか)に館(やかた)に召返(めしかへ)し、座(ざ)に引(ひ)いて、昌黎(しやうれい)面(おもて)を正(たゞし)うして云(い)ふ。汝(なんぢ)見(み)ずや、市肆(しし)の賤類(せんるゐ)、朝暮(てうぼ)の營(いとな)みに齷齪(あくさく)たるもの、尚(な)ほ一事(いちじ)の長(ちやう)ずるあり、汝(なんぢ)學(まな)ばずして何(なに)をかなすと、叔公(をぢさん)大目玉(おほめだま)を食(くら)はす。
花間文字 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
東町奉行跡部山城守良弼(あとべやましろのかみよしすけ)も去年四月に現職に任ぜられて、七月に到着したのだから、まだ大阪には半年しかをらぬが、兎(と)に角(かく)一日(じつ)の長(ちやう)があるので、堀は引(ひ)き廻(まは)して貰(もら)ふと云ふ風になつてゐる。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
と言(い)ふと齊(ひと)しく、ひつくり返(かへ)つて、其(そ)の鼠(ねずみ)がころつと死(し)んだ。同時(どうじ)に、巾(づきん)と帛(きもの)が消(き)えて散(ち)つた。魏(ぎ)の襄邑(じやういふ)の長(ちやう)、その時(とき)思入(おもいれ)があつて、じつと見(み)ると、常(つね)の貧弱(ひんじやく)な鼠(ねずみ)のみ。周南壽(しうなんいのちながし)。と言(い)ふのである。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)