“ちやう”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:チヤウ
語句割合
町26.0%
丁24.4%
長14.2%
挺9.4%
恰3.9%
帳3.9%
梃2.4%
茶宇1.6%
庁1.6%
廳1.6%
徴1.6%
腸0.8%
宛0.8%
寵0.8%
張0.8%
悵0.8%
昶0.8%
暢0.8%
疔0.8%
聽0.8%
膓0.8%
茶受0.8%
頂0.8%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
それで其(そ)の一町(ちやう)四方(はう)は晝間(ひるま)も戸(と)を締(し)めたといふほど、ひどい臭氣(しうき)が、其(そ)の頃(ころ)の腐(くさ)つた人間(にんげん)の心(こゝろ)のやうに、風(かぜ)に吹(ふ)かれて飛(と)び散(ち)つた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
丁(ちやう)ど道臣が朝の日供(につく)に拜殿へ出てゐたので、千代松は竹丸を相手にして、社務所を兼ねた家の勝手口でこんなことを喋舌(しやべ)つてゐた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「面白(おもしろ)かつたり、辛(つら)かつたり………然(しか)し女にやア不自由しねえよ。」吉(きち)さんは鳥渡(ちよつと)長吉の顔を見て、「長(ちやう)さん、君は遊ぶのかい。」
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
權三の家の土間には一挺(ちやう)の辻駕籠が置いてある。二軒の下のかたに柳が一本立つてゐて、その奧に路地の入口があると知るべし。
権三と助十 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
押拭(おしぬぐ)ひ成程お身の云ふ通り早く兩親に別(わか)れ師匠樣(ししやうさま)の養育(やういく)にて人と成(なれ)ば不仕合の樣なれ共併しさう達者(たつしや)で成長せしは何よりの仕合なり譯(わけ)と云(いへ)ば此婆が娘の産(うみ)し御子樣當年まで御存命(ごぞんめい)ならば恰(ちやう)どお身と同じ齡(とし)にて寶永三戌年(いぬとし)然(しか)も三月十五日子の刻の御出生なりしと語(かた)り又も泪(なみだ)に暮る體(てい)は合點(がてん)のゆかぬ惇言(くりこと)と思へば扨は
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
夜の帳(ちやう)にささめき尽きし星の今を下界(げかい)の人の鬢のほつれよ
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
新三郎は、飛立つ思ひ、旅裝束のまゝ、駕籠を二梃(ちやう)呼んで、驀地(まつしぐら)にお茶の水へ——。
卷上れば天一坊は威(ゐ)有(あつ)て猛(たけ)からざる容體(ようだい)に着座す其出立には鼠色(ねずみいろ)琥珀(こはく)の小袖(こそで)の上に顯紋紗(けんもんしや)の十徳(じつとく)を着法眼袴(はふげんはかま)を穿(はき)たり後の方には黒七子(くろなゝこ)の小袖に同じ羽織茶宇(ちやう)の袴(はかま)を穿(はき)紫縮緬(むらさきちりめん)の服紗(ふくさ)にて小脇差(こわきざし)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
政(まつり)の庁(ちやう)を失(うしな)ひし
哀音 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
蛇(くちなは)纒(まと)ふ「肉」の廳(ちやう)。
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
現に写真に徴(ちやう)すると、目の大きい、鼻の尖(とが)つた、如何(いか)にも一癖ありげな美人である。(二十一日)
続澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
(早化(はやける)・身(み)ヨ化(け)るならんか)鮞水にある事十四五日にして魚となる。形(かた)ち糸(いと)の如く、たけ一二寸、腹(はら)裂(さけ)て腸(ちやう)をなさず、ゆゑに佐介(さけ)の名ありといひ伝(つた)ふ。
春にいたれば長じて三寸あまりになる、これをばかならず捕(と)らぬ事とす。此子鮏(こさけ)雪消(ゆきげ)の水に随(したが)ひて海に入る。海に入りてのち裂(さけ)たる腹(はら)合(がつ)して腸(ちやう)をなすと漁父(ぎよふ)がいへり。
と、宛(ちやう)ど他人(ひと)に立聴きでもされるのを気遣ふやうに、干からびた口を爺さんの耳へ持つて往つた。
くちなはの口や狐のまなざしや地のうへ二尺君は寵(ちやう)の子
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子、増田雅子、与謝野晶子(著)
で、そこはまた拔目(ぬけめ)のない所謂(いはゆる)政商(せいしやう)などは莫大(ばくだい)もない金(かね)を賭(か)けて張(ちやう)と卓子(たくし)を圍(かこ)む。そして、わざと負(ま)ける。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
長城万里に亘(わた)り荒蕪(くわうぶ)落日に乱るゝの所、悵(ちやう)たる征驂(せいさん)をとゞめて遊子天地に俯仰(ふぎやう)すれば、ために万巻の史書泣動し、満天の白雲凝(こ)つて大地を圧するの思あり。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「父諱昶。字奎輔。以医仕膳所侯。娶才戸氏。生君于江戸鱸坊之僑居。」按ずるに慊堂日暦の蘅園は此昶(ちやう)である。昶は或は「とほる」と訓ませたものではなからうか。膳所(ぜぜ)侯は本多隠岐守康融(やすとほ)である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「どんな事をしたんだい。」今まで背を向けて何か考へてゐたらしい同じ党員の大内暢(ちやう)三氏は、真面目になつて振り向いた。
十九年孫左脛に疔(ちやう)を生じ、十月四日四十九歳にして歿した。孫、字は念祖(ねんそ)、菖軒又は六菖と号した。小字(をさなな)は昌蔵、長じて安策、後玄道と称した。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
〔譯〕賢者は※(ぼつ)するに臨(のぞ)み、理(り)の當(まさ)に然るべきを見て、以て分(ぶん)と爲し、死を畏(おそ)るゝを恥(は)ぢて、死を安(やす)んずるを希(こひねが)ふ、故に神氣(しんき)亂(みだ)れず。又遺訓(いくん)あり、以て聽(ちやう)を聳(そびや)かすに足る。
と、忽(たちま)ち覺(おぼ)ゆる胸(むね)の苦痛(くつう)、膓(ちやう)の疼痛(とうつう)、誰(たれ)か鋭(するど)き鎌(かま)を以(もつ)て、刳(ゑぐ)るにはあらぬかと思(おも)はるゝ程(ほど)、彼(かれ)は枕(まくら)に強攫(しが)み着(つ)き、きりゝと齒(は)をば切(くひしば)る。今(いま)ぞ初(はじ)めて彼(かれ)は知(し)る。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
お茶受(ちやう)けには結構(けつこう)なお菓子でございますなア……どうも思ひ掛(が)けないことで……とオロ/\泣きながら、口の中でムク/\噛(か)んで居(を)りましたが、お茶がプツと出て来(き)たから
どうだこの天頂(ちやう)の遠いこと
『春と修羅』 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)