袖口そでぐち)” の例文
お絹はそういうときの癖で、踊りの型のように、両手を袖口そでぐちへ入れて組んでいたが、足取りにもどこかそういったしなやかさがあった。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そんな物の間から見えるのも女房たちの淡鈍うすにび色の服、黄色な下襲したがさね袖口そでぐちなどであったが、かえってえんに上品に見えないこともなかった。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
大きいたもと袖口そでぐち荒掴あらづかみにして尋常科じんじょうかの女生徒の運針の稽古けいこのようなことをしながら考えめぐらしていたらしいが、次にこれだけ言った。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
あるものは袖口そでぐちくくった朱色の着物の上に、唐錦からにしきのちゃんちゃんをひざのあたりまで垂らして、まるで錦に包まれた猟人かりゅうどのように見えた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
陳氏はすっかり黒の支度したくをして、袖口そでぐちくつだけ、まばゆいくらいまっ白に、髪は昨日きのうの通りでしたが、支那の勲章を一つつけていました。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
にいるお富は半蔵の顔を見るにつけても亡き夫のことを思い出すというふうで、襦袢じゅばん袖口そでぐちなぞでしきりに涙をふいていたが
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
階段の上り降りにすそがよごれるとか、ドアの把手とって袖口そでぐちが引掛かるとかの、新しい建築との折合いが悪いというだけではない。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
なぜというに、きょうだいたちの着物に火のしをかけたり、袖口そでぐちにかざりぬいしたりするのは、みんなサンドリヨンのしごとだったからです。
何品でしたか、鼠色ねずみいろで一面に草花の模様でした。袖口そでぐちだけ残して、桃色の太白たいはく二本で、広く狭く縫目ぬいめを外にしてありました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
やせて血のけのない、白くのふいたような顔をした富士子は、いつも袖口そでぐちに手をひっこめて、ふるえているように見えた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
結わえてるリボン、手袋、袖口そでぐち半靴はんぐつ、すべて彼女の身につけてるものを、彼は自分の持ってる神聖な物のように、うちながめ大事にしていた。
倉地はやはり物たるげに、袖口そでぐちからにょきんと現われ出た太い腕を延べて、短い散切ざんぎり頭をごしごしとかき回しながら
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
がまたその布地の、柔らかではありながらなお弾力と重味とを欠かない性質も、袖口そでぐちのなびき方や肩のひだなどに、十分明らかに現わされている。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
背は高いが、ひどく細く、肩幅はせまく、腕も脚も長く、両手は袖口そでぐちから一マイルもはみだし、足はシャベルにでもしたほうがいいような形だった。
古着屋をしているリザヴェータが、襟と袖口そでぐちを安く持って来てくれたんですけどね、それはきれいな、まだまだ新しい品で、模様がついていますの。
老い疲れたる帝国大学生、袖口そでぐちぼろぼろ、蚊のすねほどに細長きズボン、鼠いろのスプリングを羽織って、不思議や、若き日のボオドレエルの肖像とうり二つ。
狂言の神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
白い袖口そでぐちから出ている冷めたい赤大根みたような二の腕が、私の左右の手の下で見る見る紫色になって行った。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
裾廻すそまわしも要れば裏地も要るのであるが、裾廻しには、叔母の持ち合わせの古い鼠色ねずみいろの切れをつけてくれ、袖口そでぐち黒襦子くろじゅすも有り合わせのものを恵んでくれた。
しばらくするうちボックスにはお千代を入れて三人の女給が居残った。一人の客は洋装した一人の女給をひざの上に抱きあげ、和装した他の女給の袖口そでぐちへ手をいれる。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
が、それ衣絵きぬゑさんがきてて、かざすのに、袖口そでぐちがほんのりえて、しろつやはねば不可いけない……
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
女たちは、ごく浅黒いはだをし、ごく色のいいほおをして、房々ふさふさとした髪を貝殻かいがら形にゆわえ、派手な長衣や花の帽子をつけていた。白い手袋をはめ赤い袖口そでぐちを見せていた。
大体和服の下へシャツを着用する事が既に間違っているのだ、袖口そでぐちから毛だらけのシャツがはみ出している事は考えただけでもたまらない、しからず不体裁ではないか。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
おつたは幾年いくねん以前まへ仕立したてえる滅多めつたにない大形おほがた鳴海絞なるみしぼりの浴衣ゆかた片肌脱かたはだぬぎにしてひだり袖口そでぐちがだらりとひざしたまでれてる。すそ片隅かたすみ端折はしよつてそとからおびはさんだ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
……衣裳いしょう袖口そでぐちは上着下着ともに松葉色の様なる御納戸の繻子しゅすを付け仕立も念をいれて申分なく
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
綿ネルの下着が袖口そでぐちから二寸もはみ出しているのが、いつも先生から笑われる種であった。
夏目漱石先生の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
三日四日に帰りしもあれば一夜居て逃出にげいでしもあらん、開闢かいびやく以来を尋ねたらば折る指にあの内儀かみさまが袖口そでぐちおもはるる、思へばおみねは辛棒もの、あれにむごあたつたらば天罸てんばつたちどころに
大つごもり (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
いましめ合ってすわり直す、襟をきあわす、袖口そでぐちを引っ張る、そこらを片付ける、急に忙しそうに書類などをめくり出す——一時的だが、咳払い一つで立派に綱紀粛正こうきしゅくせいの目的を達していた。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼は人々の更互かたみがはりにおのれのかたながむるを見て、その手に形好く葉巻シガアを持たせて、右手めて袖口そでぐちに差入れ、少したゆげに床柱にもたれて、目鏡の下より下界を見遍みわたすらんやうに目配めくばりしてゐたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
女はそう云ってから右の手を左の袖口そでぐちに入れて、何か握ったものを引出した。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
駒形こまがたの、静かな町を、小刻みな足どりで、御蔵前おくらまえの方へといそぐ、女形おやま風俗の美しい青年わかもの——鬘下地かつらしたじに、紫の野郎帽子やろうぼうしえり袖口そでぐちに、赤いものをのぞかせて、きつい黒地のすそに、雪持ゆきもち寒牡丹かんぼたん
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
長襦袢ながじゅばん袖口そでぐちにかいま見える色彩は、すべて淡い色あいを好み、水色と桃色のぼかしたたづななぞを身につけていた。香水は甘ったるいにおいを、肩とぼってりした二の腕にこすりつけておく。
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
とたんに袖口そでぐちから一条のなわ、スルスルと宙へ流れ出た。それがギリギリと巻きつこうとした時、虚無僧こむそうは尺八をさっと振った。パチッと物音を立てたのは、捕り縄がはねられたに相違ない。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
といいながらその絵をサラリと敷居の上へなげ、飲み残しの冷たい茶をゴクリと一息にのむと今度は眼鏡のたま袖口そでぐちでこすりながらのぞき込むようにじろりじろりと裕佐の顔を視入みいるのだった。
羽織も着物も全体が無地の蝦色えびいろで、草履の鼻緒や、羽織のひもにまで蝦色を使い、その他はすべて、半襟はんえりでも、帯でも、帯留でも、襦袢じゅばんうらでも、袖口そでぐちでも、ふきでも、一様に淡い水色を配しました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ところどころ紅味あかみの入った羽二重しぼりの襦袢じゅばん袖口そでぐちからまる白い繊細かぼそい腕を差し伸べて左の手に巻紙を持ち、右の手に筆を持っているのが、いやしい稼業かぎょうの女でありながら、何となく古風の女めいて
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
それから、女の腕が袖口そでぐちから現われるように、彼は首を引き出す。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
吉は「へへへ。」と笑って袖口そでぐちで鼻と口とをでた。
笑われた子 (新字新仮名) / 横光利一(著)
ト云ッて襦袢じゅばん袖口そでぐちなみだいた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
御簾みすぎわには女房が並んでいた。その人たちの外へ出している袖口そでぐちの重なりようの大ぎょうさは踏歌とうかの夜の見物席が思われた。
源氏物語:08 花宴 (新字新仮名) / 紫式部(著)
と言いながら、一人の御客様はたもとから銀縁の大きな眼鏡を取出しました。玉のほこり襦袢じゅばん袖口そでぐちで拭いて、釣針つりばりのようにとがった鼻の上に載せて見て
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
髪もかきつければ、何やら小ぎれいな襟を掛け、袖口そでぐちもちゃんとつけたところは、すっかり別人みたいに若返って、女ぶりさえ上がったようでがしたよ。
夫人はやっとソファの端にひざを下ろした。しかし、両手で袖口そでぐちを引っぱってからかしこまるように膝をそろえ、あごを引いて、やっぱり顔を伏せ気味にしている。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
黒い袖口そでぐちのついた鼠色ねずみいろの制服を着ている二人の葬儀人夫が、棺車の左右に従っていた。その後ろに、労働者のような服装をした跛者の老人がついていた。
肌理きめの細かい女のような皮膚の下から綺麗きれいな血の色が、薔薇色ばらいろに透いて見える。黒褐色の服に雪白のえり袖口そでぐち。濃いあい色の絹のマントをシックに羽織っている。
右から懐中に収めた帽子をわざと左の袖口そでぐちから引っ張り出して「どこにも傷はありません」と元のごとくに直して、人さし指の先へ釜の底をせてくるくると廻す。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして鉢巻はちまきの下ににじんだ汗を袖口そでぐちぬぐって、炊事にかかった妻に先刻の五十銭銀貨を求めた。妻がそれをわたすまでには二、三度横面よこつらをなぐられねばならなかった。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「あ、」と離すと、爪を袖口そでぐちすがりながら、胸毛むなげさかさ仰向あおむきかゝつた、鸚鵡の翼に、垂々たらたら鮮血からくれない
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
○市中電車の雑沓と動揺に乗じ女客に対して種々なるたわむれをなすものあるは人の知る処なり。釣皮にぶらさがる女の袖口そでぐちより脇の下をそつと覗いて独りえつるものあり。
猥褻独問答 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
わかこゝろにはなさけなく𫁹たがのゆるびし岡持をかもち豆腐おかべつゆのしたゝるよりも不覺そゞろそでをやしぼりけん、兎角とかくこゝろのゆら/\とゑり袖口そでぐちのみらるゝをかてゝくわへて此前このまへとし春雨はるさめはれてののち一日
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
袖口そでぐちはボロボロに破れておりひじのあたりがベラベラにりきれて穴があいていた。