なわ)” の例文
旧字:
黒いおじさんだって、女ひとりがうして駆け込んで来た以上、いざなわって代官所へなんて、野暮なことを云やあしないでしょう。
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その時呼び笛の声が高く響き、もう一人の男が闇から現われて、そのしきいに足をかけた。裕佐はなわを持っているその手くびをつかんだ。
だからいろは屋文次はめったにおなわをしごかなかった。が、一度しごけば、それは必ず大きな捕親とりおやとして動きのないところであった。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「おかしいな、きのうかえってから、この松の木の根ッこへあんな太いなわでしばっておいたのに、どこへとんでッちゃったのだろう」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その晩月が出るのを待って、三人は八幡様はちまんさまへ出かけました。次郎七と五郎八とはなわを持ち、老人は南天なんてんの木の枝をつえについていました。
狸のお祭り (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
小初は電球をひねって外出の支度をした。箪笥たんすから着物を出して、荒削あらけずりの槙柱まきばしらなわくくりつけたロココ式の半姿見へ小初は向った。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
一同がなわをひくと! 見よ! たくたくたる丈余じょうよの灰色の巨鳥きょちょう! 足はかたくしばられ、恐怖きょうふ疲労ひろうのために気息きそくえんえんとしている。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
「どうしてどうして、おまえなんぞに手伝てつだってもらえるものか。なわをといてやったら、手伝てつだうどころか、すぐげてってしまうだろう。」
かちかち山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
さっきの蕈を置いた処へ来ると理助はどっかり足を投げ出してすわって炭俵をしょいました。それから胸で両方からなわを結んで言いました。
(新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
するとあるとき、ライオンが猟人かりうどつかまつてしばられたとこへれいねづみて「おぢさん、つといで」とつてしばつたなわ噛切かみきつてやりました。
「あ、あの振子を、あのままにしておくのは、心配だ。振子が動きださないように、なわなんかでしばっておきたいが、縄はないかしらん」
時計屋敷の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
次の間ではエピホードフが、箱になわをかけている。舞台裏手で、がやがやいう声。百姓たちが、お別れに来ているのだ。ガーエフの声で
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
それはとらわれのなわを解かれたような、妄執もうしゅうがおちたような、その他もろもろの羈絆きはんを脱したような、すがすがしく濁りのない顔に返った。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ただ学校の帰りらしい、洋服を着た子供が二三人、くびのまわりへなわをつけた茶色の子犬を引きずりながら、何かわいわいさわいでいるのです。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
橋の欄干がそこだけ折れていて、その代りに一本のなわが張られていた。私も自転車から降りて、人々の見下ろしている川の中をのぞいて見た。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
牛や馬のように、首玉へなわいわえつけておいて、むざむざとほふられるのだ。それはあまりに怖ろしい、あまりに人間性をないがしろにしたものだ。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
運命のなわはこの青年を遠き、暗き、物凄ものすごき北の国まで引くがゆえに、ある日、ある月、ある年の因果いんがに、この青年とからみつけられたるわれらは
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
和太郎さんはなわきれを持ったまま、とんでいって、おかあさんの手をつかむと、だまってぐんぐん家へひっぱってきました。
和太郎さんと牛 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
夏の夜はその入口にむしろって戸代りにしたが、冬はさすがに余りに寒いので他家よそから戸板を二枚もらって来て入口に押しつけてなわしばりつけた。
青黒い滑々ぬめぬめしたあの長細いからだが、なわの様に眼の前に伸びたり縮んだりするのは、見て居て気もちの好いものではない。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ある時は兄上や妹さんが、暗まって行く夕方の光に、なお気ぜわしく目をなわによせて、せっせとほつれを解いたり、切れ目をつないだりしている。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それを馬の背の真中へキチンとえつけて、それをなわでほどよく結びつけておきますから、遠くから見ればお地蔵様が馬に乗ってござるようです。
いつのまにか男の生徒が五、六人やってきて、なわのれんの向こうに顔をならべているのを見ると、大石先生は立ちあがらずにいられなかったのだ。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
そこで更闌こうたけて抜き足をして、後ろ口から薄暗い庭へ出て、阿部家との境の竹垣たけがきの結びなわをことごとく切っておいた。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
なわを受けて始めて直くなるのではないか。馬にむちが、弓にけいが必要なように、人にも、その放恣ほうしな性情をめる教学が、どうして必要でなかろうぞ。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
つえには長く天秤棒てんびんぼうには短いのへ、五合樽ごんごうだる空虚からと見えるのを、の皮をなわがわりにしてくくしつけて、それをかついで
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
葱嶺そうれいゆるに毒風肌を切り、飛砂みちふさぐ、渓間けいかん懸絶けんぜつするにへば、なわを以てはしとなし、空にはしごして進む」
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
要するに、僕には、あまり興味が無い。ダンテは、地獄の罪人たちの苦しみを、ただ、見て、とおったそうだ。一本のなわも、投げてやらなかったそうだ。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そういうことに役に立てばはなはだ満足ですといって、早速書生さんにつとを拵えさせ、一匹ずつ入れて、両方になわを附けて、げて持てるようにしてくれました。
アトリエが火事になったとき、あんたは、よいつぶれたままなわでしばられていた。ぼくは、よろいびつの中にいたので、だれがしばったかわからないのです。
魔法人形 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
わつちアおめえにりんびやうおこつてもぢきなほ禁厭まじなひをしへてらう、なはを持つてな、ぢきなほらア。主人「はてな…へえゝ。弥「痳病りんびやう尋常じんじやう)になわにかゝれとふのだ。 ...
にゆう (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
魚屋であじを買う内儀かみさん、自転車に乗って急ぐ小僧、巷全体が物の臭いを立てながら傾斜している露地うらや空地のわびしい明るさの中で、少女達がなわ飛びしたり
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
夜はなわい草鞋を編み、その他の夜綯いを楽しみつ、夜綯いなき夜はこの家を訪い、温かなる家内の快楽をおのがもののごとくうれしがり、夜けぬ間にかえりて寝ぬ
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
今一つは寒菊かんぎくの画でこれは寒菊の一かたまりが、なわによつて束ねられた処で、画としては簡単な淋しい画であるが、その寒菊が少し傾いて縄にもたれて居る工合は
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
はてな、殿は生きておられるのじゃないか、それ呼べ、というので呼んでみると、谷底からたしかに返事がきこえてきて、旅籠はたごなわを長くつけて下してよこせと言う。
土の中からの話 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
そして、大女の女優が、真先になって、追掛けた後、かえって自分が湖水の中へ、転落する。それをみなが寄ってたかって救助にかかる。投げ込んだなわに女優がつかまる。
死者を嗤う (新字新仮名) / 菊池寛(著)
やがておおいなる古菰ふるごもを拾ひきつ、これに肴を包みて上よりなわをかけ。くだんの弓をさし入れて、人間ひと駕籠かごなど扛くやうに、二匹前後まえうしろにこれをになひ、金眸が洞へと急ぎけり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
そのひとみには、むしろ敵意さえ感じられました。ちょッとなわゆるめてからパッと引くと訳ないのですが、それをやると、ひどく皆からおこられ、何遍なんべんでもりなおしです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
そないにいうと今度はさすがにしおれ返って、うつむいたままなわのようにじくったハンカチをぐるぐる指に巻きつけながら、思わせぶりに涙ぐむような風して見せて
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
また時として登りかけた坂から、腰になわをつけられて後ざまに引きおろされるようにも思われた。
弓町より (新字新仮名) / 石川啄木(著)
切られた枝をなわでゆわえるもの、ゆわえられたたばを薪小屋に運んで整理するもの、とだいたい五つの班にわかれていたが、管理部の人員の割り当てに、多少の誤算があり
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「なにがきたのだろうね。きっとおもちだろうよ。」と、母親ははおやは、小包こづつみなわいて、はこのふたをけました。すると、はたして、それは、田舎いなかでついたもちでありました。
飴チョコの天使 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そのあとはまったく驚くほど正確にあらわれていた。その動物の首のまわりにはなわがあった。
黒猫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
あのあでやかな雪之丞が、真白な肉体をき出しにされて、むちで打たれ、なわで絞め上げられているありさまを想像すると、その光景がまざまざと目に浮かんで来て、一種異様な
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
写真でも撮らせたり、ひどく元気よくはしゃいでいるのが怪しいということである。いったい死ぬほどに意気銷沈いきしょうちんしたものなら首くくりのなわを懸けるさえ大儀な気がしそうである。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
あんずるにいにしえは麦・稲の穂をくに、二つの小管こくだなわを通してつなぎ、これを握り持ちはさみて穂を扱きしなり、秋収の時に至れば、近隣の賤婦せんぷ孀婆そうば是が為にやとはれ、もっくことを得たり。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
連帯の責任者として、なわ付きのまま引き立てられるところであったとも笑わせる。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
なお硝子戸の引いてある手摺てすりもたれて、順々に荷物の積まれるのを見ていたが、小池の采配さいはいですっかり積みこまれなわがかけられるのを見澄ましてから、煙草たばこを一本取り出してふかしはじめ
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
南屋の普請ふしんかかって居るので、ちょうど与吉の小屋と往来を隔てた真向まむこうに、小さな普請小屋が、真新まあたらしい、節穴ふしあなだらけな、薄板で建って居る、三方さんぽうが囲ったばかり、編んで繋いだなわも見え
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
青葡萄あおぶどう』という作に、自分はむちなわとで弟子を薫陶するというような事をいってるが、門下の中には往来で摺違すれちがった時、ツイ迂闊うかつして挨拶あいさつしなかったというので群集の中で呼留められて