くれなゐ)” の例文
小賊せいぞくかずして、すなはかたなつてゆびつてたまぬすむや、ゆびよりくれなゐいとごとほとばしりぬ。頭領とうりやうおもてそむけていはく、於戲痛哉あゝいたましいかな
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
彼答へて曰ひけるは、汝問ふところの事みなよくわが心に適ふ、されど、煮ゆるくれなゐの水はよく汝の問の一に答へん 一三三—一三五
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
兎に角己はいつに無い上機嫌になつて来た。己は酒にのぼせて、顔がすこやかな濃いくれなゐに染まつた。それを主人は妬ましげに見てゐるらしい。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
亂れた髮の上から、猿轡をまされ舞臺の上に引据ゑられて、くれなゐもすそを亂したお村は、顏色を變へてゾツと身顫ひしたやうです。
けれどもそれはつい二三週間前までのやうなただれた真赤な空ではなかつた。底には快く快活な黄色をかくしてうはべだけがくれなゐであつた。
婦人は此言をなしをはりて、わづかにおのれの擧動ののりえたるをさとれりとおぼしく、かほに火の如きくれなゐのぼして席をすべり出でぬ。
おだやかに午前と午後を照らしをへて疲れはてた太陽は地平の彼方に沈んで、まさに暮れなんとする日は蠱惑的に、鮮やかなくれなゐの色をおびた。
くれなゐや緑や紫や又は絞り縫取り染模樣のさま/″\に、閃く焔の如く飾り立てられたのを見ると、私は娘のやうに心も浮かれて引寄せられたが
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
此あたりは山近く林みつにして、立田たつたの姫が織り成せる木々の錦、二月の花よりもくれなゐにして、匂あらましかばとしまるゝ美しさ、得も言はれず。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
其、誰とも知れぬ戀人は、毎日々々、朝から晩まで、燃ゆる樣なくれなゐの衣を着て、船首に立つて船の行手を眺めてゐた。
散文詩 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
それは夕日がくれなゐを帯びた黄金こがね色に海岸を照してゐる時、優しい、明るい目をした、賢い人達が、互に親しい話を交へてゐる様子を思ひ出したのである。
クサンチス (新字旧仮名) / アルベール・サマン(著)
窪んだ頬の上に薔薇色のくれなゐしてゐる。多くの町や広場を通り過ぎて、主従は大ぶ家を遠ざかつた。併し老人には主人がどこへ往くのだか分からない。
帰宅後、大震の再び至らざるべきを説き、家人を皆屋内に眠らしむ。電燈、瓦斯ガス共に用をなさず、時に二階の戸を開けば、天色てんしよく常に燃ゆるが如くくれなゐなり。
答無かりければ、満枝は手酌てじやくしてそのなかばを傾けしが、見る見る頬の麗くくれなゐになれるを、彼は手もておほひつつ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
見眞似みまね温順おとなしづくり何某學校なにがしがくかう通學生中つうがくせいちゆう萬緑叢中ばんりよくさうちゆう一點いつてんくれなゐたゝへられてあがりの高髷たかまげ被布ひふ扮粧でたち廿歳はたち
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「梅子さん、貴嬢あなた此辺このあたりらつしやらうとは思ひ寄らぬことでした、」と篠田は池畔ちはんの石に腰打ちおろし「どうです、天はみどりの幕を張り廻はし、地はくれなゐむしろを ...
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
僅かに天の一方にあたつて、遠く深くくれなゐを流したやうなは、沈んで行く夕日の反射したのであらう。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
洋装婦人の顔は着たる衣の其れよりもくれなゐになりぬ。倒れし男はそこ/\に舞踏室を逃げ出したり。
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
「萩が花咲けるを見れば君に逢はずまことも久になりにけるかも」(巻十・二二八〇)、「竹敷のうへかた山はくれなゐ八入やしほの色になりにけるかも」(巻十五・三七〇三)等で
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
市場又は祭礼すべて人のあつまる所へいでゝ看物みせものにせしが、ある所にても見つるに大さいぬのごとくかたちは全く熊にして、白毛雪をあざむきしかも光沢つやありて天鵞織びらうどのごとくつめくれなゐ也。
紅頭嶼こうとうしよとかつていふのよ。くれなゐあたまつて書くんでせう。土人も、まあ生蕃なんかより、原始的だし、動物や植物の種類が、日本の領土のなかでは、全く例がないくらゐ違ふんですつてね
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
毛色が白にくれなゐを帯びてゐた。所謂桃花鳥とき色である。それゆゑ名を桃花猫ときと命じた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
此の頭三三八何ばかりの物ぞ。此の戸口に充満みちみちて、雪を積みたるよりも白くきら々しく、まなこかがみの如く、つの枯木かれきごと、三たけ余りの口を開き、くれなゐの舌をいて、只一のみに飲むらんいきほひをなす。
御腰蓑おんこしみのには白熊、鞭をおびられ、白革しろかはのお弓懸ゆがけには、桐のとうの御紋あり、猩々皮しやうじやうがは御沓おんくつに、お行縢むかばきは金に虎のまだらを縫ひ、御鞍重おんくらかさね、泥障あふり、御手綱、腹巻、馬の尾袋をぶくろまでくれなゐつな、紅の房
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
灼熱の夏日かじつくれなゐに移る一歩前、陽光さんさんと降りくだつて、そこに菜の花は咲きつづき、やはらぎと喜びの色に照りはえ、べひろげられ、麗かに、のどかに國を包んで、朝にけ、夕べに暮れてゐる。
寐ながら胸のみやくいて見るのは彼の近来の癖になつてゐる。動悸は相変らず落ち付いてたしかに打つてゐた。彼は胸に手をてた儘、此鼓動の下に、あたたかいくれなゐの血潮の緩く流れるさまを想像して見た。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
見んとして見えず何となく氣さかんになりて身に膓胃ある事を忘れたり此山路このやまぢ秋は左こそと青葉をくれなゐに默想し雪はいかにと又萬山を枯し盡して忽ち突兀とつこつ天際に聳ゆるしろがねの山を瞑思すつひに身ある事を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
彼は、降りて來た階段の高さを、振り仰ぐ瞳のなかに、彼女を見た。彼女の蒼白い頬には、瞳のあたりまでくれなゐの色が上つてゐた。紫に輝く髮の上に、重たい光りのおもさを感じてゐるやうであつた。
幸福への道 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
寺の門に近づくに人群集せり。何ゆゑならんといぶかりつつ門を入れば、くれなゐ芥子けしの花咲き満ち、見渡す限りも知らず。いよいよ心持よし。この花の間に亡くなりし父立てり。お前も来たのかといふ。
遠野物語 (新字旧仮名) / 柳田国男(著)
ぐろきしにあつかみつぶせばしみじみとからくれなゐのいのち忍ばゆ
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
乳ぶさおさへ神秘しんぴのとばりそとけりぬここなる花のくれなゐぞ濃き
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
氏はたあぶるの一角から罪色つみいろくれなゐ Curaçaoきゆらさお を取つて
北原白秋氏の肖像 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
ひらひらとくれなゐすそえる、女だ、若いぞ。
二十三夜 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
そのかん、小さなくれなゐの花が見えはするが
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
くれなゐの實とぞさはやどれる。
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
からくれなゐの花のたもとを
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
くれなゐさむるかげろふの
天地有情 (旧字旧仮名) / 土井晩翠(著)
くれなゐせしさふらんの
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
くれなゐのダーリアの花
一点鐘 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
くれなゐゆる天津日あまつひ
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
くれなゐの花花は
わがひとに与ふる哀歌 (新字旧仮名) / 伊東静雄(著)
二間ふたま三間みま段々だん/\次第しだいおくふかると……燈火ともしびしろかげほのかにさして、まへへ、さつくれなゐすだれなびく、はなかすみ心地こゝち
麦搗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
派手な縫模樣ぬひもやうの單衣を着たお駒が、可愛らしい後ろ帶を引摺つて、半面くれなゐに染んで死んで居た痛々しさは、馴れた眼にもツイ涙が浮かびます。
われは星斗のきらめける空を仰ぎ、又熔巖の影處々にくれなゐを印したる青海原を見遣りたり。好し々々、我は我戀人を獲たり。我戀人は自然なり。自然よ。
「ですけれど、わたしはドウやら悩みに悩むで到底たうてい、救の門の開かれる望がない様に感じますの」梅子はだ風なくて散るくれなゐの一葉に、層々みだれ行く波紋をながめて
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
唯後に残つたは、向うの岸の砂にさいた、したたかな柳の太杖で、これには枯れ枯れな幹のまはりに、不思議やうるはしいくれなゐの薔薇の花が、かぐはしく咲き誇つて居つたと申す。
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
戀人は平生の如く船首に立つてくれなゐの衣を着てゐたが、私は船尾にゐて戀人の後姿を瞶めてゐた。
散文詩 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
竹敷たかしきのうへかたやまくれなゐ八入やしほいろになりにけるかも 〔巻十五・三七〇三〕 新羅使(大蔵麿)
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
涙の地風をおこし、風はくれなゐの光をひらめかしてすべてわが官能をうばひ 一三三—一三五
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
無論其邊の商店や料理屋には瓦斯ガスの火がついて居たが、烈しい夕陽ゆふひは西の空一面をくれなゐに燒き立てゝ、見渡す往來のはづれなる本願寺の高い屋根をば恐しいほど眞黒に焦してゐる。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)