白無垢しろむく)” の例文
腰元は振袖ふりそで白無垢しろむくすそをひいて、水浅黄みずあさぎちりめんの扱帯しごきを前にたらして、縄にかかって、島田のかつらを重そうに首を垂れていた。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
それは帯地一巻持参したいところであるが、間に合いかねるからと言って、白無垢しろむく一反、それに酒の差樽さしだるを祝って来てある。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
白無垢しろむくのような雪の色と蒼澄んだ月光とが映じ合い冬の深山の夜でなければ容易に見ることの出来ないような神秘の光景を展開している。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しらべ」のために残された後、モニカは白無垢しろむくの装束を着け、したたるごとき黒髪を一ところ元結もとゆいで結び、下げ髪にしてしずしずと現われた。
その上に、彼は白無垢しろむくの布を肩からって、胸にうやうやしく白木のほこらをかかえていた。唐突なほど真面目まじめくさっていた。鎮守の小祠しょうしである。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
白無垢しろむくに綿帽子をかぶった花嫁と並び、祝言の盃を交わしながらなお広一郎は紀伊を待った。紀伊はまだあらわれない、盃が終り祝宴に移った。
女は同じ物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その中央の浪打際に近く十本の磔柱はりつけばしらて、異人五人、和人五人を架けつらねたり。異人は皆黒服、和人は皆白無垢しろむくなり。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「もう一つ、これは黙っているつもりでしたが、裏口のたらいの中に、濡れた腰衣こしごろもと、白無垢しろむくと、襦袢じゅばんとがありましたよ」
あの、白無垢しろむく常夏とこなつ長襦袢ながじゆばん浅黄あさぎゑりして島田しまだつた、りやう秘密ひみつかくした、絶世ぜつせ美人びじんざうきざんだかたは、貴下あなた祖父様おぢいさんではいでせうか。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
白無垢しろむくの麻裃をつけた峰丹波、白木の三宝にお捻りを山と積み上げて、門前に組みあげた櫓のうえに突っ立ち
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ここで、私が思い浮べたのは、北米ポートランド市の、シチイ・パークから遠望した、フッド火山の、においこぼるる白無垢しろむく小袖こそでの、ろうたけた姿であった。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
『して、相手方の、数右衛門は何うなりましょうな。その次第に依っては、一閑の皺腹しわばらしても、娘の汚名を洗わねば、他家へ白無垢しろむくは着せてやれませぬが』
濞かみ浪人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それに、続いてどの馬車からも、一門の夫人達であろう、白無垢しろむくを着た貴婦人が、一人二人ずつ降り立った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
背後うしろに立っている乃美のみ市郎兵衛の方を振り向いて、「頼む」と声を掛けた。白無垢しろむくの上から腹を三文字に切った。乃美はうなじを一刀切ったが、少し切り足りなかった。
興津弥五右衛門の遺書 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
先手の竜燈は久世山くぜやまの下にかゝつて居た。白木しらきづくりに鋲打びやううちの寝棺を十幾人の人夫がかついだ。萌黄もえぎに緑色の変袘かはりぶきかさねた白無垢しろむくを見せて、鋲がキラキラと揺れ動く。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
宗右衛門もふと奥庭の奥深くへ眼をやつた。白無垢しろむくのお小夜とお里が、今、花のまばらなくちなしの陰から出てつはぶきに取り囲まれた筑波井つくばいの側に立ち現はれたところである。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
ねんごろに父のとむらいをすませて、私宅へ帰り、門を閉じて殿の御裁きを待ち受け、女ながらも白無垢しろむくの衣服に着かえて切腹の覚悟、城中に於いては重役打寄り評議の結果
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それがすむと形のごとき焼香があって、やがて棺は裏の墓地へと運ばれる。墓地への路には新しいむしろが敷きつめられて、そこを白無垢しろむくや羽織袴が雨にぬれてったり来たりする。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
彼女は何を思ったのか、古い白無垢しろむくの着物を着て、昼も夜も仏間にすわりつづけていた。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
倉に所蔵の白無垢しろむくの小袖と、黒の法衣を着せられた時から、人に向って喋りました。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
顳顬こめかみ即功紙そっこうし張りて茶碗酒引かける流儀は小唄こうたの一ツも知らねば出来ぬことなるべく、藁人形わらにんぎょうに釘打つうしときまいり白無垢しろむくの衣裳に三枚歯の足駄あしだなんぞ物費ものいりを惜しまぬ心掛すでに大時代おおじだいなり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
とき髮結かみゆひ清三郎は上總かづさ迯行にげゆきし所天網てんまうのががたつひ召捕めしとら拷問がうもんの上殘らず惡事を白状に及びければこれまた引廻ひきまはしの上獄門ごくもん申付られけりさて亦お熊は引廻しのせつうへにはぢやうしたには白無垢しろむく二ツを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
この彦太楼尾張屋の主人というは藐庵みゃくあん文楼ぶんろうの系統を引いた当時の廓中第一の愚慢大人で、白無垢しろむくを着て御前と呼ばせたほどの豪奢を極め、万年青おもとの名品を五百鉢から持っていた物数寄ものずきであった。
葬式が出る間際まぎわになって、僕は着物を着換えさせられたまま、手持無沙汰てもちぶさただから、一人縁側えんがわへ出て、あおい空をのぞき込むようにながめていると、白無垢しろむくを着た母が何を思ったか不意にそこへ出て来た。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
白無垢しろむくを着た女達が、縁から下りて草履をはいた。其草履は墓地でぬぎ棄てるので、帰途かえり履物はきものがいる。大きな目籠めかごに駒下駄も空気草履も泥だらけの木履も一つにぶち込んで、久さんが背負せおって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
甲論こうろん乙駁おつばく、なかなかにまとまらない。長い長い巻紙へ書き出してきたのを見ると、あたしが馬車へ乗って白無垢しろむくを着る——
正香が伊那いなの谷へ来て隠れていた時代は、正胤は上田藩の方に六年お預けの身で、最初の一年間は紋付を着ることも許されず、ただ白無垢しろむくのみを許され
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
トそこら白いものばっかりで、雪上﨟ゆきじょうろう白無垢しろむくじゃ……なんぞと言う処から、袖裾そですそが出来たものと見えまして、近頃峠の古屋には、世にも美しいおんなすまう。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
引っかかったのが荻野八重梅、年が上のその上に、いうところのバンパイア、古風に云うと白無垢しろむく鉄火、穏しく見せてはいるけれど、素破すわとなれば肌をぬぐ。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
白無垢しろむくを着た人々の泣いてる姿が、暗い門の陰に、ちらと見えた。葬式の輿こしをささえた人足たちが、ちょうど、それを今、にない出そうとしているところだった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
魔猫まびょうの神通力でももっているものとみえて、いかにしてあの捕網の目をくぐって来たのだろう? 白無垢しろむく鉄火の大姐御櫛まきお藤、いつのまにやら粋な隠れ家に納まって
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ちょうど此家ここの裏口、垂を上げると、中から出たのは、先刻の松坂木綿まつざかもめんらしい粗末な綿入れを着た娘とは似も付かぬ、縮緬ちりめん白無垢しろむくを着て、帯まで白いのを締めた、鷺娘さぎむすめのような
妻は髪をといて束ね、白無垢しろむくを着ていた。顔には濃い化粧をし、京紅を付けていた。
竹柏記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あすは討入りという四月二十日の夜、数馬は行水を使って、月題さかやきって、髪には忠利に拝領した名香初音はつねき込めた。白無垢しろむく白襷しろだすき白鉢巻しろはちまきをして、肩に合印あいじるし角取紙すみとりがみをつけた。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
愈々いよいよ坊さんの読経も済んで、その家から棺が繰り出す、前後にはそれ相当の紋付、羽織、はかま、女は幾代も幾代も相伝の白無垢しろむくを借着をしたりなんぞして、それぞれ位牌を持ち線香立を持ち
此時天一坊の裝束しやうぞくには鼠琥珀ねずみこはく紅裏付こううらつきたる袷小袖あはせこそでの下には白無垢しろむくかさねて山吹色やまぶきいろ素絹そけんちやく紫斜子むらさきなゝこ指貫さしぬき蜀紅錦しよくこうにしき袈裟けさを掛け金作こがねづく鳥頭とりがしらの太刀をたいし手には金地の中啓ちうけいにぎ爪折傘つまをりがさ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
最後の日、更に四人の者がそれを踏まない事の為めに捕へられ「検べ」の為めに残された後、モニカは白無垢しろむくの装束を着け、したゝる如き黒髪を一と処元結もとゆひで結び、下げ髪にして静々と現はれた。
が、不思議ふしぎなのは、白無垢しろむくうしていてもちつとでも塵埃ほこりたまらず、むしはいも、ついたかつたことがい。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
白無垢しろむくを着た険しい山や巨大おおきな獣の口のようにワングリと開いた谿たになども橇が進むに従って次第次第に近寄って来、橇が行き過ぎるに従って後へ後へと飛び去って行く。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そのよそおいはとみれば、髪には垂鬘さげかつらをつけて紅白のくずの根がけを用い、打掛は、白無垢しろむく丸生絹まるすずし幸菱さいわいびしの浮織——それを諸肩もろかたからぬいで帯のあたりに腰袴のように巻いていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
天蓋てんがいしょう篳篥ひちりき、女たちは白無垢しろむく、男は編笠をかぶって——清楚せいそな寝棺は一代の麗人か聖人の遺骸いがいをおさめたように、みずみずしい白絹におおわれ、白蓮の花が四方の角を飾って
佐吉夫婦を怨んで、よく似合うと言われた八朔はっさく白無垢しろむくを着て、雪の夜を選んで仕返しに来るのも無理はない。——これだけ話せばあの外から雨戸を叩くのは、誰だかよく解るだろう。
暗くしてある行燈あんどんの柔らかい光りで、金屏にかこまれた夜具の色が、きよらかななまめかしさをみせている。きぬは白無垢しろむくの上に打掛を重ね、両手を膝に置き、ふかく俯向うつむいたまま坐っていた。
山椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
自分の白衣びゃくえも、鶴の羽のような白いかがやきに見えますが、お雪ちゃんのその衣裳は、百練の絹と言おうか、天人の羽衣はごろもといおうか、何とも言いようのない白無垢しろむくの振袖で、白無垢と見ていると
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
風俗も異なり習慣も異なる朝鮮の両班ヤンパンと、木曾のふるい本陣とは一緒にはならないが、しかし青山の家でもやはりその「見るな」で、娘お粂に白無垢しろむくをまとわせ、白の綿帽子をかぶらせることにして
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
衣服きもの白無垢しろむくに、水浅黄みづあさぎゑりかさねて、袖口そでくちつまはづれは、矢張やつぱりしろ常夏とこなつはならした長襦袢ながじゆばんらしく出来できて……それうへからせたのではない。木彫きぼり彩色さいしきたんです。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
四辺あたり朦朧もうろうと霧立ちこめ、一間先さえ見え分かぬ。しかし人々よ気を付けなければならない! その朦朧たる霧の中を雪の白無垢しろむくまとったところの殺人鬼が通って行くのだから。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
白無垢しろむくの寝衣に、扱帯しごきを前で結んで、杉乃は孝之助と向き合って坐った。
竹柏記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
駕籠の中から轉げるやうに出たのは、白無垢しろむく、綿帽子の花嫁姿。
おりから、十六夜いざよいの冬の月寒々と空に冴え返り見渡す限り丘も山も雪の白無垢しろむくに包まれて白一色の物凄さ。忽然その時四方の山から飢えと寒さに焦心いきりだった狼の声々が聞こえて来た。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)