たけ)” の例文
たけり立った智栄尼を俊良は奥二階へ連れて行き、左内と共に哀訴嘆願。男子が二人揃って何度お辞儀をしたか拝んだか分らなかった。
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
そも/\くま和獣わじうの王、たけくしてる。菓木このみ皮虫かはむしのるゐをしよくとして同類どうるゐけものくらはず、田圃たはたあらさず、まれあらすはしよくつきたる時也。
まなこはなたず睥睨へいげいしてる、猛狒ゴリラ益々ます/\たけ此方こなたうかゞつてる、この九死一生きうしいつしやうわか不意ふいに、じつ不意ふいに、何處どこともなく一發いつぱつ銃聲じうせい
「城太郎、そうたけらずに、まあわしの言葉を落ちついて聞けよ。この武蔵にはまた、近いうちに、生死の知れぬ日が迫っておるのだ」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かくの如く、二匹のたけき狼の慾と慾との間にては一匹のこひつじひとしくこれを恐れて動かず、二匹の鹿の間にては一匹の犬止まらむ 四—六
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
証拠には、吊床——の上に戻ろうとした時、たけり狂う海鳴うみなりの音や、例の無気味なきしみ音を、はっきり身近に感ずることが出来た。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
祈るような微笑がその唇に漂っていた。彼はたけり狂う人々を押しとどめようとするもののように、ときどき手を振りかざすのであった。
ちょうど、このとき、小鳥ことりは、くらな、そしてたけくるうすさまじいうみのあちらから、一筋ひとすじあかるいひかりすのをみとめたのです。
小さな金色の翼 (新字新仮名) / 小川未明(著)
酔漢よっぱらいは耳にも懸けずたけり狂って、なおも中間をなぐりるを、侍はト見れば家来の藤助だから驚きまして、酔漢にむか会釈えしゃくをなし
揚げ幕からずいと出て、のそり、のそりと花道をやって来ると、たけり狂っている黒鍬組小侍たちのうしろに、黙って立ちはだかりました。
ただ今夜と違っておられます事は尼様達のお祈祷いのりの代りにたけりに猛る武士もののふのひしめきあらぶ声々こえごえが聞こえていたことでござります
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
船頭はこう言って、乗合の者の頭の上をずらりと見渡したけれど、誰あってこれに返答する間もなく、お角はたけり立ちました。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あるいは一首の和歌のために命を助かり、領土を帰されしなどを始めとし、しばしばたけきもののふを動かしたること歴史伝説の上につまびらかなり。
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
クリストフはたけりたって、彼女にその権利はないと言い、その箱は自分一人のものでだれのでもないと言い、取上げさせるものかと言った。
アウシュコルンはたけり狂って、手をあげて、つばをした、ちょうど自分の真実を証明するつもりらしくそして繰り返しいった。
糸くず (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
たけり立つお近さんをなだめて引取らせた後、御主人は獨りで一杯過ごし、その儘お休みになつた事とばかり思つてをりました。
すると大変な騒ぎになって、ナオミはユスタスの加勢をして「気違い!」と云って私をののしる。私はいよいよたけり狂って、ユスタスを追い廻す。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
小さな汽船ぐらいはたちまちひとみにするほどの荒浪あらなみたけり狂っているから、その入江には出入りする船舶の数もすくない。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
大きな猪は、なにか傷をうけ、たけりくるつて、すさまじい勢ひでかけて来ます。頭をさげ、きばをむき出し、目を光らして、突進して来るのです。
木曽の一平 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
草いきれのたつ庭先には荒々しい青葉がぼうぼうと乱れを見せてたけっているだけで、どこをみても菜の花などはなかった。
肌色の月 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
私はかすかな好奇心と一種馴染なじみの気持から彼らを殺したりはしなかった。また夏の頃のようにたけだけしい蠅捕り蜘蛛がやって来るのでもなかった。
冬の蠅 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
老人はしきりとなだめていたが、由爺はたけてて誰の言うことも聞かない。あとの方の馭者も、雪の中だから次の宿まで行けと言ったけれど
遠野へ (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
それが何も無い夢であるといふ事さへも気づかない程にたけつて生きてゐるだけではなからうか——それは賢人でも馬鹿でも、哲人でも商人でも。
そして夜になると彼奴きゃつ等のたけしい唸り声を聞いて、遠近あちこちのさかりのついた野良犬や、狂犬どもが盛んに吠え立てるのだ。
犬舎 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「おのれ人間ひとの子をきずつけながら、まだ飽きたらでたけり狂ふか。憎き狂犬やまいぬよ、今に目に物見せんず」ト、ひき立て曳立て裏手なる、えんじゅの幹につなぎけり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
そしてかのレギヨンとあだ名された狂暴な狂人が正気に返って坐っており、その前には威あってたけからざる見知らぬ人が立っているのを見ました。
いわゆる苛政かせい虎よりもたけしとは実にこの時代のありさまならん。しかしてかの無邪気にして質朴なる農夫らはそもそもいかなる感触を有したるか。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
第一に男性のである故に、また第二に黒くたけいかめしい故に。ヘイに來てからも手紙を郵便局へ入れた時も、まだその顏は私の前に浮かんでゐた。
かえって私はたけりたち、人が右と言えば、意味なく左に踏み迷い、そこにおのれの高さを誇示しようと努めたものだ。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
されば、今日の如き、近代文化のあらゆる女性化主義フェミニズムにかかわらず、人心の本源する一部に於ては、なおかつ権力感情の獅子ししが猛然とたけりたっている。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
あるいは恐る、日ごろ心たけかりし父の、地下よりおどでて我をむちうつこと三百、声を励まして我が意気地いくじなきを責め、わが腑甲斐ふがいなきをこらし給わんか。
父の墓 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
また自分ごく闇夜乗馬のおかげで道を求めて、やくを免れた事あり。アラブ馬たけしといえども、軍士と等しく児女や柔弱な市人をも安心して乗らしむ。
文明は個人に自由を与えてとらのごとくたけからしめたる後、これを檻穽かんせいの内に投げ込んで、天下の平和を維持しつつある。この平和は真の平和ではない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
吾子わこよ。吾子のおおせなんだあらび心で、吾子よりももっと、わるいたけび心を持った者の、大和に来向うのを、待ち押え、え防いで居ろ、と仰せられた。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
「裸になれ!」と大喝だいかつした。そう云われて、相手はおずおずとボタンはずしだした。が、教官はいよいよたけって来た。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
はたして、さしものにたけくるった大時化おおしけが、もなくおさまり、三浦みうら土地とちはさしたる損害そんがいもなくしてんだのでしたが、三浦以外みうらいがい土地とちたとえば伊豆いずとか
たけびに猛ぶ男たちの心もその人の前にはやはらぎて、つひに崇拝せざるはあらず。女たちは皆そねみつつもおそれいだけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
なんじわが若き日のたけき友よ、かくてわれらなお再び結ばれたり……しかし詩はそれきりで終わってしまった。それは完成しなかった。渾然とはならなかった。
ば懸たりけるかくるより大膳はことあらはれしと思ければ刀引拔勢ひたけ縱横たてよこ十文字に切て廻り切死せんとはたらくを大勢にて取籠とりこめつゝ階子はしごを以て取押とりおさへ漸く繩を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
と宮がお言いになるのを聞いて、夫人はいよいよたけり立つばかりで、源氏夫婦へののろいの言葉を吐き散らした。この夫人だけは善良なところのない人であった。
源氏物語:31 真木柱 (新字新仮名) / 紫式部(著)
と、私は、傍でさっきから口の絶え間もなく狂犬のようにたけっている母親には脇眼もくれず、向うに静かにして坐っている女を指しながら堅い決意を表わした。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
十節、十一節は獅子ししたけきも亡ぶることあれば、不義者の亡ぶる如き当然のみとの意を表わしたのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
上がお繁であり、下はまだ生れたばかりであった。帰って来た源太はむやみに喚きちらし、少しでもさからうとたけりたって、妻と娘を死ぬようなめにあわせた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
鬼神のようにたけき帆村だったけれど、蠅男の自殺を目のあたりに見た途端とたん、激しい衝動のために、遂に意識をうしなって、警官たちの腕の中に仆れてしまった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
じぶんの立場がこの上なくみじめなものに見えてきて、たけりたった心が急に折れるのを感じたかと思うと
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
たけき、すさまじき、種々いろいろで、ちょいとした棚の置物、床飾り、小児こどももてあそぶのは勿論の事。父祖代々この職人の家から、直槙は志を立てて、年紀とし十五六の時上京した。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夜のうちに太陽は亜細亜を過ぎ太平洋を過ぎ歩一歩ほいっぽに力を減ずること無くしてかえってたけく激しくなった。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
いますと、たけりきっていたねこぐんもねずみのぐんも、おとなしくなって、和尚おしょうさんのかおました。
猫の草紙 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
お家の法度はっとを破って男をこしらえて、逐電ちくでんした不届き至極な奴め、眼に入り次第成敗いたしてくれん! とたけりたつようなことばかり並べたてて、表面をつくろっていました。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
われ近ごろ、たけ獅子しし巨蠎おろちと、沙漠の真中まなかにて苦闘するさまを描ける洋画を見たり。題して沙漠の悲劇というといえどもこれぞ、すなわちこの世の真相なるべきか。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)