樹蔭こかげ)” の例文
牧田は、闇のことで見つかる心配はなかったけれど、なるべく樹蔭こかげを伝う様にして、五六間の間隔でわしのあとからついて来ました。
黒手組 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
帽も上衣うはきジユツプも黒つぽい所へ、何処どこか緋や純白や草色くさいろ一寸ちよつと取合せて強い調色てうしよくを見せた冬服の巴里パリイ婦人が樹蔭こかげふのも面白い。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
田圃たんぼが広々と開かれて好い樹蔭こかげがなくなると、家が近ければつじにはかえってきて、昼間の食事だけは家でする風習も生じたのである。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
と心中に神々を祈りながら熊にいてまいります。やがて半道はんみちも来たかと思いますと、少し小高き処に一際ひときわ繁りました樹蔭こかげがありまする。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼方あつち此方こつちさがす中、やつとのことで大きな無花果いちじく樹蔭こかげこんでるのをつけし、親父おやぢ恭々うや/\しく近寄ちかよつて丁寧ていねいにお辭儀じぎをしてふのには
怠惰屋の弟子入り (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
そこでそろりそろりとその丘を登つて、こつそり樹蔭こかげから現場をのぞいて見た。……どうだい、わかるかね。僕がそこに何を見出したと思ふかい?
三つの挿話 (新字旧仮名) / 神西清(著)
続いて、はじめの黒きものと同じ姿したる三個、人の形のからす樹蔭こかげよりあらわれ、同じく小児等こどもらあいだまじつて、画工の周囲をめぐる。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
神田橋近くへ来ると、番屋からも手を借り、十四、五名になった捕手とりてを、石垣のすそだの、樹蔭こかげだの、橋のたもとだのへ配って
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
數多あまた賓客まらうど女王樣ぢよわうさまのお留守るすにつけこんで、樹蔭こかげやすんでりました、が、女王樣ぢよわうさまのお姿すがたはいするやいなや、いそいで競技ゲームりかゝりました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
先日こなひだ奈良へやつて来た戸川残花氏は、奈良公園の太い杉の樹蔭こかげに立つて、鹿の遊んでゐるのを見て非常な発明をした。
その時、影のようにふらふらと樹蔭こかげから現れ出た男にあやうく突き当ろうとして、互に身を避けながらふと顔を見合せ
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あの辺はいかにも田舎道いなかみちらしい気のするところだ。途中に樹蔭こかげもある。腰掛けて休む粗末な茶屋もある。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
歸營きえいしてから三日目かめあさだつた。中隊教練ちうたいけうれんんで一先ひとま解散かいさんすると、分隊長ぶんたいちやう高岡軍曹たかをかぐんそう我々われわれ銃器庫裏ぢうきこうらさくら樹蔭こかげれてつて、「やすめつ‥‥」と、命令めいれいした。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
顔は母親に似たようだが、からだつきや性格は父親のを受継いだらしく、その口ぶりも、動作も、おっとりと、老成してみえた。二人は樹蔭こかげの草の上に、腰をおろしていた。
妙に生き生きと彼の心のなかによみがえってくるのは、どういうわけかしらと考える度毎に、彼はこの樹蔭こかげに何かしら一種特別な空気のあることに気づかないではなかったけれど
恢復期 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ですから軒下の暗闇づたいに近付いて行けるあの真暗い背戸の山梔木くちなしのき樹蔭こかげに在る砥石を選んだものではないかと考えます。あそこならば物音が、奥座敷へ聞えかねますから……
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
すゞめが四五で、すゞしい樹蔭こかげにあそんでゐると、そこへからすがどこからかんでました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
が、母と青年とは、闇の中の樹蔭こかげ椅子ベンチに、美奈子がたった一人うずくまっていようとは、夢にも思わないと見え、美奈子のいる方へ、益々近づいて来た。美奈子は、絶体絶命だった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
幹が一抱え以上もある柳の樹蔭こかげに腰をおろして、釣糸を垂れた。釣れる場所か、釣れない場所か、それは問題じゃない。他の釣師が一人もいなくて、静かな場所ならそれでいいのだ。
令嬢アユ (新字新仮名) / 太宰治(著)
と腹の中でめながら、なお四辺を見て行くと、百姓家の小汚こぎたな孤屋こおくの背戸にしいまじりにくりだか何だか三四本えてる樹蔭こかげに、黄色い四べんの花の咲いている、毛の生えたくきから
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
緑の樹蔭こかげに掩はれた村、肥えて嬉々きゝとして戯れてゐる牧獣や家禽かきんの群、薫ばしい草花に包まれた家屋、清潔に斉然きちんと整理された納屋や倉、……よみがへつた農業! 愚昧ぐまいな怠慢な奴隷達から開放された
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
ギゼーの町は小さくはあるが、街の中央の道路には、軽快な電車もかよっているし、小綺麗な旅館も櫛比しっぴしているし、椰子の樹蔭こかげも諸所にあって、金字塔ピラミット見物の遊覧客に、気に入られそうな町である。
木乃伊の耳飾 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
まもなく向うで自動車に乗ったらしく、音がしてそれが遠去とおざかっていく。少年は洞穴ほらあなを出てこれを見届けたが、引き返そうとしてはっとして樹蔭こかげに隠れた。またも五人の男が荷物を持って出てきた。
赤松の樹蔭こかげに茶店がある。中根さんはそこへ這入る。水潰けになっているラムネを二本註文する。みぞれをかいてもらって、それへラムネをかけて飲む。舌の上がぴりぴりとしてその醍醐味だいごみ蒼涼そうりょう
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
三番目の木は一むら下生したばえの上に二百フィート近くも高く空中に聳え立っていた。巨人のような植物で、赤い幹は小屋ほどの大きさがあり、その周囲の広い樹蔭こかげでは歩兵一箇中隊でも演習が出来たろう。
……正三は樹蔭こかげ水槽すいそうの傍にある材木の上に腰を下ろした。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
眼路めぢ眇茫べうばうとしてきはみ無く、樹蔭こかげも見えぬ大野おほのらや
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
やがてまた青き樹蔭こかげ
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
虫ばんだが一段高く、かつ幅の広い、部厚ぶあつ敷居しきいの内に、縦に四畳よじょうばかり敷かれる。壁の透間すきま樹蔭こかげはさすが、へりなしのたたみ青々あおあおと新しかった。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
空は月の冴えに、黄昏たそがれのころよりは澄明な浅黄いろに澄んでいて、樹蔭こかげの暗い所と、月光で昼間のような所とが、くっきりと、しままだらになっていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一人一人に変化のある、そして気のいた点の共通である巴里パリイ婦人の服装を樹蔭こかげの椅子で眺めながら、セエヌ河に煙花はなびあがる時の近づくのを待つて居た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
すると、今までトルストイの手元ばかり見詰めてゐた乞丐こじきは、吃驚びつくりして跛足びつこをひきひき、宿無しいぬのやうに直ぐ前の歴山アレキサンダー公園の樹蔭こかげに逃げ込んでしまつた。
妙な暗号文を書いた紙切れを——それにはいつも恐ろしい殺人に関する事柄などをしたためてあるのです——公園のベンチの板の間へ挟んで置いて、樹蔭こかげに隠れて
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そこには生々とした樹蔭こかげが多いから。それに、小諸からその村へ通うはたけの間の平かな道も好きだ。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
……かれらは汀に近い樹蔭こかげ毛氈もうせんを敷いて、花枝かしさかずきにうつしながら小酒宴をたのしんだ。
日本婦道記:墨丸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と、をつとは四五けんむかうにつてゐる子供こどもはういろどりしたゴムまりげた。が、夏繪なつゑ息込いきごんでゐたのがまたもりそこねて、まり色彩しきさいをどらしながらうしろの樹蔭こかげへころがつてつた。
画家とセリセリス (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
とポカ/\ちながら引ずりき、樹蔭こかげへ来ましたから
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
眼路めぢ眇茫びようぼうとしてきはみ無く、樹蔭こかげも見えぬ大野らや
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
夏は樹蔭こかげを慕ふらむ
草わかば (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
且つ緑翠りょくすいを滴らせて、個々ひとりひとり電燈の光を受け、一目びょうとして、人少なに、三組の客も、三人のボオイも、正にこれ沙漠の中なる月の樹蔭こかげに憩える風情。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
掛矢かけやふるって、玄関の大戸が見事に打ち破られるのを正面に立って眺めていたが、その時、門番小屋から、小者らしい男の影が、いたちのように樹蔭こかげへ走った。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれどもおせんがその樹蔭こかげに立てばなにもかもかえってくる、縦横にすじのはいった灰色の幹も、暗くなるほどしだれた細いたくさんの枝も、川風にひらひら揺れている茂った葉も
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その男は樹蔭こかげから猟師のやうに飛び出した。そして慌てて帽子を脱いだ。
二匹の犬を連れた異様の人物は、樹蔭こかげを出て常夜燈の薄明かりの下を右から左へと横ぎっていた。黒い詰襟つめえりの服を着たせたおじいさんだ。まっ白な頭髪、それに房々とした白ひげが胸まで垂れている。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あだかも樹蔭こかげに身を休めて行こうとする長途の旅人のごとくに。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
……去年きよねんはるごろまでは、樹蔭こかげみちで、戸田街道とだかいだう表通おもてどほりへ土地とちひとたちも勝手かつて通行つうかうしたのだけれども、いまは橋際はしぎは木戸きど出來できて、くわん構内こうないつた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
かたわら樹蔭こかげの道から平然と——この総ての人間が皆、一人として血眼になっていない者のない中を——いかにも悠々ゆうゆうとした胸をひらいて歩いて来た者がある。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
神田川のおち口に近い柳の樹蔭こかげの、もううす暗くなったところに庄吉は立っていた。柳の樹に肩をもたせて、腕組みをして、どこやら力のぬけたような姿勢で、ぼんやり川波を見まもっていた。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ところどころの樹蔭こかげには泉があふれ流れているのです。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
見れば川幅も広くなり、鉄橋にかわって、上の寺の樹蔭こかげも浅い。坂をあがった右手に心覚えの古樫ふるがしも枝が透いた。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)