それがし)” の例文
それがし年来桑門そうもん同様の渡世致しおり候えども、根性こんじょうは元の武士なれば、死後の名聞みょうもんの儀もっとも大切に存じ、この遺書相認あいしたため置き候事に候。
「貴所とそれがしとが、期せずしてターヘルアナトミアを所持いたしおるなど、これはオランダ医術が開くべき吉瑞とも申すべきでござる」
蘭学事始 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「こいついよいよ関所だわえ。安宅あたかの関なら富樫とがしだが鼓ヶ洞だから多四郎か。いやにらみのかねえ事は。……あいあいそれがし一人にて候」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
有志の士君子「それがしが政府に出ずれば、この事務もかくのごとく処し、かの改革もかくのごとく処し、半年の間に政府の面目を改むべし」
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「宗法でござれば天蓋はご免こうむります。これなるは京都寄竹派の普化僧竹枝ふけそうちくしと申す者、またそれがしは同宗の月巣げっそうと呼ぶ者でござります」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
無一物のそれがしを入れて、おとなしく嫁姑よめしゅうとめを大事にさせるのが、藤尾の都合にもなる、自分のためでもある。一つ困る事はその財産である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そ此の一三五末句すゑくをまうせとのたまふに、山田三十郎座をすすみて、それがしつかうまつらんとて、しばしうちかたぶきてかくなん。
「義定の将来は必ずそれがしがおひきうけ申した、わが父広忠のうけた御恩は夢にも忘れたことはござらぬ——成人したら岡崎へ来られるがよい」
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
麻雀競技會マアジヤンきやうぎくわい常勝者じやうしようしやとしてその技法ぎはふをたゞ驚歎きやうたんされてゐたそれがしが、支那人式しなじんしき仕方しかたからすれば至極しごく幼稚えうち不正ふせいおこなつてゐたことがわかるし
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
もののかずならぬそれがし大役たいやくおほせつけくだされさふらふこと、一世いつせい面目めんぼくさふらへども、暗愚斗筲あんぐとせうそれがし何事なにごとをか仕出しいだしさふらふべき
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それがしヴィシュヌを念ずるに一心にして妻がいかにかの一儀を勤むるも顧みず「川霧に宇治の橋姫朝な/\浮きてや空に物思ふ頃」
「げはふとかやまつるにかゝる生頭なまこうべのいることにて、それがしのひじりとかや、東山のほとりなりける人取りてけるとて、のちに沙汰がましく聞えき」
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
故に人をはかるについて、目方めかたをもってそれがし何貫なんがんときめることは出来る。たけをもってして某は何じゃくずんと定むることも出来る。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
それがしに一萬の御勢おんせいをお附け下さりませ、はゞかりながら先を懸け奉り、一合戦して忠勤をぬきんでましょうと、頼もしげに云った。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
家名相續かめいさうぞくなにともすべしとひと一人ひとり二人ふたりならず、あるとき學士がくし親友しんいうなりしそれがし當時たうじ醫學部いがくぶ有名いうめい教授けうじゆどのひとをもつてかたごとみしを
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
或日鷲郎はあわただしく他より帰りて、黄金丸にいへるやう、「やよ黄金丸喜びね。それがし今日医師くすしを聞得たり」トいふに。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
憚りなく、申せば——それがし修法を行う前に、申し上げたる如く、仮令、御幼少の方とは申せ、某にとっては、天地に代え難き、御主君にござりまする。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
呉青秀の子孫としての心理遺伝的夢遊をフラフラと初めるか初めないか……又は自分はどこそこの何のそれがしという者で
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
うかれ男 何でそれがしがいふことが戯言たはむれごとであらうぞや。戯れごととはお許等もとらのいふことぢや。いとし、恋しも口の先、腹の内には舌出いて、いやさ(唄。)
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
まず初めに剣道の達人政右衛門が、大小を雪に埋めて、「丸腰のそれがしを、関所を破りし浪人とは、身に取って覚えぬ難題」というふうに捕人とりてに抗弁する。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
伏しておもう、それがししつうしなって鰥居かんきょし、門にって独り立ち、色に在るのかいを犯し、多欲のきゅうを動かし、孫生そんせいが両頭の蛇を見て決断せるにならうことあたわず
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
将軍ウヰルソンがある時コネクチカツトの議員をてゐる自分の義弟それがしと、リンコルン大統領を訪ねた事があつた。
鞘を触れられた侍 一つ、その兼定に鞘当てされたそれがしの刀も、御列座の高覧に預かりたいもので、ははははは。
稲生播磨守 (新字新仮名) / 林不忘(著)
あとへ深川の牛乳屋ぎゅうにゅうやそれがしがくる、子宮脱しきゅうだつができたからというので車でむかえにきたのである。家のありさまには気がつかず、さあさあといそぎたてるのである。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
もし貴下が職を退しりぞかれて堅気となる事でもあらば、それがしをお訪ね下されたし、某は貴下とお会ひしたき心なり
塙団右衛門ばんだんえもんほどのさむらいの首も大御所おおごしょの実検にはそなえおらぬか? それがし一手ひとての大将だったものを。こういうはずかしめを受けた上は必ずたたりをせずにはおかぬぞ。……
古千屋 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
岡本いずれもその跡立派なり、それがしは元来三百俵の御番士よりカクまでに立身したるは才力にあらず、みな賄賂を以て致したることにて、大方の嘲りもあらんと思うなり
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
左樣の人なるかそれがしも此度よんどころなき事にて九州へ下るなれ共此用向のすみ次第しだいに是非とも關東くわんとうへ下向の心得なれば其節そのせつは立寄申べしと契約けいやくし其場はわかれたりさて寶澤は九州
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
長く願っていたが比叡ひえいで法事をした次の晩、ほのかではあったが、やはりその人のいた場所はそれがしの院で、源氏がまくらもとにすわった姿を見た女もそこに添った夢を見た。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
それがしは、隣家から迷いこんで来た羊を、そ知らぬ顔をして自分のものにしてしまった。しかし、その羊が隣家のものであるということを説明する材料は、何一つなかった。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
『如何にもそれがしが世に在りし時の名は齋藤瀧口にて候ひしが、そを尋ねらるゝ御身はそも何人なんぴと』。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
それがしは只主命と申物が大切なるにて、主君あの城を落せと被仰候わば、鉄壁なりとも乗りとり可申、あの首とれと被仰候わば、鬼神なりとも討ち果し可申と同じく、珍らしき品を
それがし高坂弾正かうさかだんじやうと申して、信玄公被管ひくわんの内にて一の臆病者也、仔細は下々しもじもにて童子わらべこどものざれごとに、保科ほしな弾正やり弾正、高坂弾正にげ弾正と申しならはすげに候、我等が元来を申すに
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
諸行しょぎょう無常は浮世のならいそれがしの身の老朽おいくち行くは、さらさら口惜くちおしいとも存じませぬが、わが国は勿論もちろん唐天竺からてんじく和蘭陀オランダにおきましても、滅多めったに二つとは見られぬ珊瑚玳瑁たいまいぎやまんのたぐい
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「これが英国だと君一人位どうでもなるんだが、日本だからいかん。我輩こう見えても英国にいた頃は随分知己が有ったものだ。まず『タイムス』新聞の社員でそれがしサ、それから……」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
日頃の御恩顧ごおんこに甘えて、真直ぐに、御当家に拝趨はいすういたした次第でござりますが——一松斎、年来の情誼じょうぎを忘れ、それがしを破門同様に扱いました限りは、拙者も意気地として、どうあっても
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
其の時それがし非番にて貴様の身の上を尋ねしに、父は小出の藩中にて名をば黒川孝藏と呼び、今を去る事十八年前、本郷三丁目藤村屋新兵衞という刀屋の前にて、何者とも知れず人手にかゝ
また三宅もそれがし殿とののふぐり玉にかかわりあい、それぞれの見識にしたがって勉強しているわけであったが、皆がてんでにおなじような実検をしていてもかいないことだから、各々の分担をきめ
玉取物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
寒竹かんちくが植わって、今は全く井戸の形も影もないが、人の噂によると、昔、ここは神谷なにがしというお旗本の下屋敷で、そのそれがしの弟君というのが狂気乱心のためにここへ幽閉されていたところ
正成の『遺訓』には、「それがし、今度討死せば、天下は、尊氏の掌握せむ。」
「いや。一昨日この先のS村のそれがしと言う家に出て、留守だそうです。」
香油 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
都辺の陶工これを模造して利を得る者また少なからず——と『大日本人名辞書』は叙している——しかして陶器は模しうれども筆跡は模すべからず、相ともに尼に謁してそれがし如何いかにせば可ならんを問ふ。
蓮月焼 (新字新仮名) / 服部之総(著)
その後亜米利加アメリカ産の浅間号という名高い種馬も入込みました。それから次第に馬匹の改良が始まる、野辺山のべやまが原の馬市は一年増に盛んに成る、そのうわさがそれがしの宮殿下の御耳まで届くように成りました。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
れていふやうは、それがし
鬼桃太郎 (旧字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
毛利右馬頭うまのかみ元就、正頼と一味し、当城へも加勢を入れ候。加勢の大将はそれがしなり、元就自身は、芸州神領おもてへ討出で、桜尾、銀山の古城を
厳島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「心得申した」と東条数馬は、さもいさぎよく引き受けた。「たとえ義経よしつね為朝ためともであれ、必ずそれがし引っ組んで取り抑えてお目にかけまする」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「有難う存じまする。お恥かしい次第でござるが、まったく剣道の心得なきそれがし、貴殿のお助太刀なくば、すでにも危ういところでござった」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
古い小栗の戯曲じょうるり(『新群書類従』五)に、判官「畜生にはかなわぬまでもせみょう(宣命か)含めると聞く、それがしがせみょうを含めんに心安かれ」
其二は蘭軒が医の職を重んずるがために、病弱の弟子ていししりぞけた事である。それがしは蘭軒に請ふに、其子に医を教へむことを以てした。そして云つた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「さて/\つよ御力おちからかな、そなたは聞及きゝおよびし諏訪越中すはゑつちうな。さらばそれがし慮外りよぐわいながらひとしつぺいつかまつらむ、うけて御覧候ごらんさふらへ。」
怪力 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)