あか)” の例文
正吉の手頸を掴んだお美津の手がわなわなとおののいていた。然しその眸子は、急に大胆に輝き、あかくしめった唇は物言いたげに痙攣ひきつった。
お美津簪 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
喬生は、その座下に拝して、かの牡丹燈の一条を訴えると、法師は二枚のあかをくれて、その一枚はかどに貼れ、他の一枚は寝台ねだいに貼れ。
世界怪談名作集:18 牡丹灯記 (新字新仮名) / 瞿佑(著)
喬生はその坐下に拝して、かの牡丹燈の一条を訴えると、法師は二枚のあかいおふだをくれて、その一枚はかどに貼れ、他の一枚は寝台に貼れ。
神尾主膳は、同じ家の唐歌からうたという遊女の部屋に納まって、太夫たゆう禿かむろとをはんべらせて、あか羅宇らうの長い煙管きせるで煙草をふかしていると、あわただしく
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
年は二十六、七を出ず、唇あかく、びんはややちぢれ気味、じてはいてもまなこは不敵なものを蔵し、はやくも雷のごとき高いびき。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
和尚は夫人を横抱きにして洞房どうぼうの方へ往こうとした。夫人は抱かれながら両手を和尚の首にからましてあかい唇を見せた。
悪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
両側にはあかあおも剥げ落ちた木地まる出しの、大きな仁王様が眼を怒らせて突っ立っていたことを、覚えているのです。
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
彼の顔は、見るからにあかく染めだされた。彼は朝の挨拶にこたえてそのま近に来たものに、誰ということなしに命じた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
ほおずきの根元が急にけわしく暗くなってゆくと、あかい実が一きわ赤く燃え立つのが、何か悪い予感がして、それを見ていると、無性にたまらなくなる。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
舟には女が一人の婢をれて坐っていた。女は笑いながら柳を迎えた。みどりくつたびあかくつ、洞庭の舟の中で見た侍女の妝飾そうしょくとすこしも違わない女であった。
織成 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
見る見るあかくちなわは、その燃ゆる色に黄金のうろこの絞を立てて、菫の花を掻潜かいくぐった尾に、主税の手首を巻きながら、かしらに婦人のの下をくれない見せてんでいた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
薄濁うすにごりのする水に、泥は沈んで、上皮だけは軽くぬるむ底から、朦朧もうろうあかい影が静かな土を動かして、浮いて来る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あかい髪をし、おおどかな御顔だけすっかりこうにおけになって、右手を胸のあたりにもちあげて軽く印を結ばれながら、すこし伏せ目にこちらを見下ろされ
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
私は即座に蛙のような奇体な、長ぼそいいもりを考えましたが、まだ腹のあかいのを見たことがなかったので、そういう朱いのが実際にいるものか知らと思いました。
不思議な国の話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
目蓋をとじていた父は、あかい日の丸の旗を見ると、せわしく立ちあがって汽車の窓から首を出した。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
雉子の啼く頃では、蜜柑は枝頭にあかい玉をとどめていないかも知れぬが、土蔵の先に一面の蜜柑畑が展開しさえすれば、果の有無の如きは深く問うに及ばぬであろう。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
それはホンの三じゃくほうくらいちいさいやしろなのですが、見渡みわたかぎりただみどり一色ひといろしかないなかに、そのお宮丈みやだけがくッきりとあかえているのでたいへんに目立めだつのでございます。
あからひくはだれずてたれどもこころしくはなくに 〔巻十一・二三九九〕 柿本人麿歌集
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
昔大竜大湖のほとりかわぬぎ、その鱗甲より虫出で頃刻しばらくして蜻蜓のあかきにる、人これを取ればおこりを病む、それより朱蜻蜓を竜甲とも竜孫ともいいえてそこなわずと載せたを見て
そうして私と顔を合わせると、たちまあかい大きな口を開いて、カラカラと笑った……が……
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その花はさして美しくはないが、桜桃の実の熟するときは、すべての木々に小さな提灯ちょうちんをつるしたようで、一面に周囲があかい点々となり、眼と食慾しょくよくとを同時に誘惑したものである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
夫人は、ロボットの胸に描いたのと同じ、草花のデザインを、青と、あかと、紫とで、化粧した胸に描いていたし、露出した脚には皮膚の上へ、鮮かな塗料で、幾筋もの、線が引かれていた。
ロボットとベッドの重量 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
余は恐ろしくなって、片寄ってばあさんを通した。今にも婆さんが口をきゝはせぬかと恐れた。然し婆さんは、下瞼のあかく反りかえった眼でじろり余を見たまゝ、余のわきを通り過ぎて了うた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
近江屋「なに、それはもつと小さい丸いので、ぶら提灯ぢやうちんといふのだが、あれは神前しんぜん奉納ほうなふするので、周囲まはりあかつぶして、なかくろで「うをがし」と書いてあるのだ、周囲まはりなかくろ
心眼 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
部屋の中には何の飾りもなかった。隅っこに夜具が積まれ、その側に、あかい塗のはげた鏡台があった。黄と赤と緑の、けばけばしい色の、それだけは新しい、鏡掛けが、それにかかっていた。
プウルの傍で (新字新仮名) / 中島敦(著)
低くおこりて物にさへぎられたれば、何の火ともわきまへ難くて、その迸発ほとばしりあかけむれる中に、母家もやと土蔵との影はおぼろあらはるるともなく奪はれて、またたくばかりに消失せしは、風の強きに吹敷れたるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
彼女の門下はみな、朱絃——あかいとの十三絃をもちいることにした。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ドーナツのようなあかや緑の浮輪うきわ。黄と紺を張り交ぜにした大きなまりで鞠送りをしている青年と淑女。歌をうたっているパンツの赤銅しゃくどう色。ライフ・ガードの大きなメガフォン。きりっとした煙草売り娘。
キャラコさん:07 海の刷画 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ゆふ早き庫裏くりのはひりは日たむろと築地ついぢめぐらしてあか中門ちゆうもん
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
陽光はほのあかく 身うちにし入るなり。
無題 (新字旧仮名) / 富永太郎(著)
愛執のいと苦きあかみぞわきいづる。
あかくちびるせぬ
ゴンドラの唄 (旧字旧仮名) / 吉井勇(著)
天井に あかきいろいで
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
その指先も、そのあかい数珠も、かすかにわなないているので、武蔵はこの尼さんがなにをそんなに恐怖しているのかを怪しんだ。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
僧は水をもとめて噴きかけると、神授はたちまち小さいあかい蛇に変った。僧はかめをとって神授の名を呼ぶと、蛇は躍ってその瓶のうちにはいった。
老人は大きな眼をみはりながら叫んだ、「……にしき御旗みはたが、……砲煙の向うに、やりや刀がきらきらと光っている向うの方に、あかい朱い、美しい錦の御旗が見える」
春いくたび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
身体からだうるしのように黒く、眼ばかり光って、唇がこしらえたように厚く、唇の色が塗ったようにあかい、頭の毛は散切ざんぎりちぢれている、腰の周囲まわりには更紗さらさのようなきれを巻いている
ユトリオ張りの油絵が一枚、なげしにあかやり一本、六角型の窓の向うには、水の止まっている大きな噴水ふんすいがあった。その噴水のまわりには、あざみの花がくさむらのように咲いていた。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
小さな防空壕ぼうくうごうのまわりにしげるままに繁った雑草や、あかく色づいた酸漿ほおずきや、はぎの枝についた小粒の花が、——それはその年も季節があって夏の終ろうとすることを示していたが
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
宣揚は手巾はんけち襟元えりもとににじみ出た汗をぬぐいながら、今日帰って往くじぶんを夫人がどんな顔をして迎えるだろうと思ってその喜んだ顔を想像していた。黒い瞳とあかい唇が眼の前にあった。
悪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
雑所も急心せきごころに、ものをも言わず有合わせた朱筆しゅふでを取って、乳を分けてあかい人。
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
恨むと見ゆる死顔の月は、肉のきれの棄てられたるやうにあかける満地の瓦を照して、目にるものは皆伏し、四望の空く寥々りようりようたるに、黒く点せる人の影を、彼はおのづか物凄ものすごく顧らるるなりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ある日、景がみちを歩いていると、一人の女郎むすめあかい衣服を着て、たくさんの下男をれ、黒いろばに乗って来るのを見た。それを見ると阿霞であった。そこで景は伴をしている下男の一人に訊いた。
阿霞 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
金竜山浅草寺せんさうじあかき山門の雪まつしろに霽れにけるかも
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
裸にしても堂上人どうじょうびとらしく白皙はくせきの美男であるから、実際の年はもっとよけいかも分らない。眉は濃く、唇はあかく、才気煥発なところがひとみに出ている。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
骨ぼその手弱たおやかなからだつきで、濃すぎるほどの眉にも臙脂べにをさしたようなあかくちもとにも、どこかしらんもろい美しさが感じられる、直輝は妻の眼もとを見てうなずいた。
日本婦道記:梅咲きぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「そう言っても、もし相手の方で三百人の人間を散らし髪にして、あかい着物をきせて、あかい糸でこの樹を巻かせて、斧を入れた切り口へ灰をかけさせたら、お前はどうする」
そこから黒くたくましい馬に乗って馬丁に馬の口を取らせ、自分は陣笠をかぶって、筒袖の羅紗らしゃの羽織に緞子どんすの馬乗袴をつけ、あかふさのついた勝軍藤しまやなぎの鞭をたずさえ、ぎ澄ましたあぶみを踏んで
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あかい袴を穿いていたのだから、その不気味さをお察し下さい。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とまり木にからみてあかき鳥瓜毛は荒しもよ剥製の栗鼠
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)