ささ)” の例文
官吏は元来心に染まぬが今の場合いささかなりとも俸銭を得て一家をささえる事が出来るなら幸いであると古川に頼んで、さてそのあとで
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
一人は細いつえ言訳いいわけほどに身をもたせて、護謨ゴムびき靴の右の爪先つまさきを、たてに地に突いて、左足一本で細長いからだの中心をささえている。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
主人筑前守には、この鳥取城のお守りを、よくこれまでおささえなされたと、口を極めて、われら部下の者にも、嘆賞しておられます。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
円天井はわたしの肩の上へひら押しに落ちかかって来て、わたしの頭だけでこの円天井のすべての重みをささえているようでありました。
垂木たるきは、年寄としよりのおもみさえささえかねたとみえて、メリメリというおととともに、伯父おじさんのからだ地上ちじょうっさかさまに墜落ついらくしたのでした。
僕はこれからだ (新字新仮名) / 小川未明(著)
中世後半の唐南蛮からなんばんの通商は、言わば沖縄島内における宝貝の頸飾りの禁止によって、その花やかさをささえていたもののように思われる。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
私が通っていた学校は貧乏で、町や郡からの補助費にも限りがあったから、したがって受ける俸給も少く、家をささえるに骨が折れた。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ただ一つ、丁度静子の居間の上の、梁から天井をつるしたささえ木の根元の、一寸目につかぬ場所に、小さな鼠色ねずみいろの丸いものが落ちていた。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かかる艱苦かんく旅路たびじうちにありて、ひめこころささうるなによりのほこりは、御自分ごじぶん一人ひとりがいつもみことのおともきまってることのようでした。
終日孜々汲々ししきゅうきゅうとしていてようやく一家をささえて行く位の有様であるから、誰も進んで木彫りをやろうというものがありません。
折から一天いってんにわか掻曇かきくもりて、と吹下す風は海原を揉立もみたつれば、船は一支ひとささえささえず矢を射るばかりに突進して、無二無三むにむさんに沖合へ流されたり。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わしは自分をささえることができない。支えるものが一つもない。わしのたましいほろんでゆくのをはっきりした意識で見ているのはえられない。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
ルオーの描いた基督キリストのように、真面目過ぎるが故に、かすかに剽軽ひょうきんにさえ見える葛岡の顔がしかめられかけて、それを張りささえるものがあって
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
シャトー・アルヌーへ至るデューランスがわの橋さえもほとんど牛車をささうることあたわじ。彼ら牧師輩は皆かくのごとく、貪慾どんよく飽くなきの徒なり。
弦三は、地響きのために、いまにも振り落されそうになる吾が身を、電柱の上に、しっかりささえているうちに、やっと正気しょうきに還ったようであった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
三十尺の支柱にささえられる円形の塔にこもっていることなどをこと新らしく書きだして、大いに世人の好奇心をあおった。
蜘蛛 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
鑑哲は木乃伊ミイラのような身体を起して、薄黒い顔でふり仰ぎました。杖にした青竹を力に上半身をささえるのが精一杯です。
細いすねに黒いゲートルをき、ひょろひょろの胴と細長い面は、何か危かしい印象をあたえるのだが、それをささえようとする気魄きはくも備わっていた。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
片手で躯をささえ、片手で口のまわりを拭きながら云った、「おまえさんあたしを殺すつもりだね、それで吾平のことが気になるんだろ、そうだろう」
醜聞 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
或は代価も置かずして俵を奪ひ去るもあれど多人数なる故米商客こめあきうども之をささゆる事を得ず、かくの如くに横行して大阪中の搗米屋へ至らぬくまもなかりしが
徳兵衛は皆から宙にささえられながら、今までのことをぼんやり思い出してみました。そして、まったく本当に狐に化かされたのじゃないかと思いました。
ひでり狐 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ぱッと土を蹴って、片手ささえに、五尺の築地塀ついじべいうえにおどり上がりながら、ふと、足元の門奥に目をおとしたとき!
彼は寝ころんでいる兄の腕を掴んで、力任せに引摺り起そうとするので、膝をかしているお花は見兼ねてささえた。
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それに、何よりもおどろくべきことには、その巨人は彼の大きな手をさし上げて、空をささえているらしいのです。
この現象は、いろいろな意味にとられるが、根本的には、純小説をしつかりささへてゐた個人主義、ないしは個人性が、それだけくづれてきたのだとみられる。
この日、下島しもじま先生の夫人、単身たんしん大震中の薬局に入り、薬剤の棚の倒れんとするをささふ。為めに出火のうれひなきを得たり。胆勇たんゆう、僕などの及ぶところにあらず。
それの安定を保つためには、微妙な数理によって組み建てられた、支柱の一つ一つが必要であり、それの対比と均斉とで、かろうじてささえているのであった。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
餓鬼のように衰弱している上に、長い時間、せまい穴の中で腹ばいになって岩をこづいていた疲れのため、からだをささえていられないくらいになっている。
胎内 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
医者が今日日の暮までがどうもと小首をひねった危篤の新造は、注射の薬力に辛くも一縷いちるの死命をささえている。
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
壁ぎわであったのでささえることが出来た。それに何よりもよかったのは夕暗ゆうやみへやのなかにはびこっていたので、誰にも私の顔の色の動いたのは知れなかった。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
十五メートルもあろうかと思われる、途方もなく大きな鉄のはりが、起重機から、わずかに一本の鎖で危く斜にささえられて、ふらりふらりとさがっているのだ。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
山の斜面しやめんに露宿をりしことなればすこしも平坦へいたんの地を得す、為めに横臥わうぐわする能はず、或は蹲踞するあり或はるあり、或は樹株にあしささへてするあり
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
かれは長ながといすの上に横になって、下あごを左の手にささえて、そのひじを曲げたひざの上にのせていた。
英雄は人類の中心点である、そうだ、中心点だ、車のじくだ、国家を支える大黒柱だ、ギリシャの神話にアトラス山は天がちるのをささえている山としてある。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
この試験によると、蛙の筋肉はおのれの重量に何十倍(何百倍?)の重さをみごとにささえたので、学生が大いに拍手喝采はくしゅかっさいして、なおいっそう僕の印象を深めた。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
けないと言うに!」と自分は少女むすめを突飛ばすと、少女むすめは仰向けに倒れかかったので、自分は思わずアッと叫けんでこれをささえようとした時、さむれば夢であって
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そして底へ沈み込みながらも、左右に腕を動かして取りすがるべきささえを捜し求めた。彼はそれを見出したと思った。オリヴィエの子供のことを思い出したのだった。
が、速度のついた列車が、機関車のブレーキ一つでさされないとすると、脱線だっせん転覆てんぷく……か。わずか二、三りょうではあるが、混合列車こんごうれっしゃのことなので客車も連結れんけつされている。
くまと車掌 (新字新仮名) / 木内高音(著)
これはちょうど陶酔や麻痺から、我に返った時のような心境である。われわれの神経からは、今までそれがもたれていたささえ、つまり、リズムが、突然取り去られてしまう。
衣裳戸棚 (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
それにわか姉さんは、下に立って竹棒たけぼうささえるげいをしているのだから、もしかれがおっこちるようなことがあったら、下からうまくすくってやろうと、心の中で考えたのでした。
曲馬団の「トッテンカン」 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
それをささえるたくが正しいと云って、小太郎をわざわざ私の処へ訂正によこさなくってもいいじゃありませんか。それじゃ、私だっていい加減不愉快になるじゃありませんか。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
アラムハラドは長い白い着物きものを着て学者のしるしのぬののついた帽子ぼうしをかぶりひく椅子いす腰掛こしかけ右手には長いむちをもち左手には本をささえながらゆっくりと教えて行くのでした。
おも背嚢はいなうけられるかたじうささへた右手みぎてゆびあしかかと——その處處ところどころにヅキヅキするやうないたみをかんじながら、それを自分じぶんからだいたみとはつきり意識いしきするちからさへもなかつた。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
それに引替へ兄はまた数次しばしば弟に財を与へしより貧しくなりて自らささへがたきに及び、かつて与へしこともあれば今は弟に少時しばしのところを助けてもらはむと、弟のところにいたりて
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
今まで彼の幸福をささえて来た彼自身の恵まれた英気は、俄然がぜんとして虚栄心に変って来た。
ナポレオンと田虫 (新字新仮名) / 横光利一(著)
黒眼鏡をかけた毛だらけの裸男はだかおとこが、硝子鉢がらすばちを冠って、直立不動の姿勢をとったところは、新式の河童かっぱだ。不図思いついて、彼は頭上の硝子盂を上向けにし、両手でささえて立った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
さもこの十四、五貫の重量は私がささえているのだといった表情をしているのが情ない。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
これを例するに日本の女の物思ふ時片手の上にうなじささへ物かんとする時ひざまづきたるももの上に両手を置きややななめに首を傾けて物いふさまその消行きえゆくが如き面影おもかげのいかに風情ふぜい深きや。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
白耳義ベルギーのマルビキユーリ、銷麗せうれいの文才を抱いてしかも一家の生計をささふるあたはず、ひとり片田舎に隠れて其驚異すべき処女作小説を脱稿するや、之を都に残せるその妻に送らむがために
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
既にその徳川氏のささうべからざるを識りたるに拘らず、なお拮据きっきょ経営、あるいは陸軍を整頓し、あるいは製鉄所、造船所を設け、あるいはまた国債を募り、これを以て一挙諸強藩を平げ
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)