“挽(ひ)” の例文
「すると、門前の豆腐屋がきっと起きて、雨戸を明ける。ぎっぎっと豆を臼(うす)で挽(ひ)く音がする。ざあざあと豆腐の水を易(か)える音がする」
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ある日、中庭へ数台の荷馬車を挽(ひ)き込んで、それに家財道具や衣裳類を山のように積んであるのを見て、ガブリエルはびっくりした。
帰り着いてみるとお神(かみ)さんは、又も西日がテラテラし出した裏口で、石の手臼(てうす)をまわしながら、居ねむり片手に黄(き)な粉(こ)を挽(ひ)いていた。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
周三は、燥(いら)つき氣味で、「じや、何うです。狆(ちん)ころになツて馬車に乗るのと、人間になツて車力(しやりき)を挽(ひ)くのと何方が可いと思います。」
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
今仰(おっ)しゃった事がほんとうなら飛立(とびた)つ程嬉しいが、只今も申す通り、私(わし)は今じゃア零落(おちぶ)れて裏家住(うらやずま)いして、人力を挽(ひ)く賤(いや)しい身の上
幾頭の獅子(しし)の挽(ひ)ける車の上に、勢(いきおい)よく突立ちたる、女神(にょしん)バワリアの像は、先王ルウドヰヒ第一世がこの凱旋門(がいせんもん)に据(す)ゑさせしなりといふ。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
なるほどそれは好都合であると喜んでいると、三、四日の後、町の挽(ひ)き地物(じもの)屋(や)へ買物に立寄った時、偶然にあることを聞き出した。
温泉雑記 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
農家が各自の穀粉を挽(ひ)くようになって、一旦起こりかけた粉屋(こなや)という専門業が早く衰えてしまい、名残(なごり)を粉屋の娘の民謡に留(とど)めている。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
彼少女は粗暴なる少年に車を挽(ひ)かれて、且(かつ)は懼(おそ)れ且は喜びたりき。彼少女は面紗(めんさ)を緊(きび)しく引締めて、身をば車の片隅に寄せ居たり。
昨日荷車を挽(ひ)いた諸君が、今日も来て井戸を浚(さら)えてくれた。家主の彼は、半紙二帖、貰物(もらいもの)の干物少々持って、近所四五軒に挨拶に廻(まわ)った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
「そう目前(めさき)が利かないから、お茶を挽(ひ)くのよ。当節は女学生でも、今頃は内には居ない。ちっと日比谷へでも出かけるが可(い)い。」
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
薬研(やげん)を挽(ひ)く音がしていたが、それがやむと、たちまち召使の影と影がかさなって出迎えに溢れ出てくる。——そして老公のすがたをかこみ
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
六頭の馬に挽(ひ)かれた砲車の列が丁度その町を通った。一砲車毎(ごと)に弾薬の函(はこ)を載せた車が八頭の馬に挽かれてその後から続いた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
素鼠縮緬(すねずみちりめん)の頭巾被(づきんかぶ)れる婦人は樺色無地(かばいろむじ)の絹臘虎(きぬらつこ)の膝掛(ひざかけ)を推除(おしの)けて、駐(と)めよ、返せと悶(もだ)ゆるを、猶(なほ)聴かで曳々(えいえい)と挽(ひ)き行く後(うしろ)より
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
これは狸肉を細かく挽(ひ)いてだんごに丸め、胡椒(こしょう)と調味料を入れて軽く焼いたのであるそうだ。なかなかいける。臭みがない。
たぬき汁 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
食い物もろくに食わずに、土間に立詰めだ。指頭(ゆびさき)の千断(ちぎ)れるような寒中、炭を挽(ひ)かされる時なんざ、真実(ほんと)に泣いっちまうぜ。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そして、労働者は、生きたまま、何万馬力の電動機によって運転されている「挽(ひ)き肉器」の中へと、スクルーコンベーヤで運び込まれるのだ。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
木挽の治平が角材を枠にかけ、挽(ひ)き目に時々栓(せん)を打ち込んでは、膝を立て腰をあげさげして、鋸をズイズイと入れている。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
いかに言ふとも一向に聞き入れず、死なねば済まずとのみ言ひ募りて、捕へし袖を挽(ひ)きて、吾を彼の山中に連れ行んとす。
鬼心非鬼心:(実聞) (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
伝兵衛、梯子でのぼって行って象の左の脇腹からすこし上った辺を逆目鋸で挽(ひ)きはじめたが、骨組さえ挽切れば、後は胡粉と膠(にかわ)で固めた日本紙。
三十六の瓢箪をいちいち横真二つに挽(ひ)き割らせ、それを自分で合せて、紐(ひも)で縛って埋めましたよ——と言いながら、何か変な顔をしていましたよ
土を練る者、轆轤(ろくろ)を挽(ひ)く者、削る者、絵附(えつけ)をする者、または象嵌(ぞうがん)をする者、白絵(しろえ)を引く者、釉掛(くすりが)けをする者、または焼く者、悉(ことごと)くが分業である。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
お仙は外に背中を向けて豆を挽(ひ)いている。野袴をつけた若者が二人、畠の道具を門口へ転がしたまま、黒燻(くろくすぶ)りの竈(かまど)の前に踞(しゃが)んで煙草を喫(の)んでいる。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
これを省(はぶ)くとも鉄道運河の大体の設計にはなんらの支障を生ずる事なかるべし。これに反して荷車を挽(ひ)く労働者には道路の小凹凸は無意味にあらず。
自然現象の予報 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「王様がお通りになったら、これはみんなカラバ侯爵(こうしゃく)の畠でございますというのだ。そういわないと、おまえたちみんな、挽(ひ)き肉にしてしまうぞ。」
荷車は二頭の牛に挽(ひ)かせる物と定(きま)つて居るらしいが、牝(め)牛はヒンヅ教でシヷ神(しん)の権化(ごんげ)である所から絶対に使役しない。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)
その計画はズット前から企(たくら)まれていて、両室共に牢の格子が鋭利なる鋸(のこぎり)の類で挽(ひ)き切られていたのを、飯粒で塗りつぶして隠しておいたということ。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
えゝ、おつうこと連(つ)れてつて、南(みなみ)で挽(ひ)くなあ挽(ひ)いたやうだが、桶(をけ)さ入(せ)えた儘(まゝ)で蓋(ふた)したつ切(きり)藏(しま)つて置(お)くから、わしやどのつ位(くれえ)あるもんだか見(み)もしねえが
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
されど一歩進んで考えると、車夫が生理学を学び、ちょっと人の脈でも取れるようになれば、やはり車を挽(ひ)いているだろうか、恐らく挽いてはいまい。
教育の目的 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
萬世橋(よろづよばし)へ參(まゐ)りましたがお宅(たく)は何方(どちら)と軾(かぢ)を控(ひか)へて佇(たゝず)む車夫(しやふ)、車上(しやじやう)の人(ひと)は聲(こゑ)ひくゝ鍋町(なべちやう)までと只(たゞ)一言(ひとこと)、車夫(しやふ)は聞(き)きも敢(あ)へず力(ちから)を籠(こ)めて今(いま)一勢(いつせい)と挽(ひ)き出(いだ)しぬ
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
いまだかつて木を挽(ひ)き水を汲むなどその開進に必要な何らの役目を務めず、ただ時々飼われて娯楽の具に備わるのみ、それすら本性不実で悪戯を好み
その海の音は、離れた台所で石臼(いしうす)を挽(ひ)くように、微(かす)かではあるが重苦しく、力強く、殷々(いんいん)と轟(とどろ)いて居るのである。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
忽ち車の軋(きし)る音して、一匹の大牛(おおうし)大(おおい)なる荷車を挽(ひ)き、これに一人の牛飼つきて、罵立(ののしりた)てつつ此方(こなた)をさして来れり。聴水は身を潜めて件(くだん)の車の上を見れば。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
成程(なるほど)是(こ)れは馬の挽(ひ)く車だと始めて発明するような訳け。何(いず)れも日本人は大小を挟(さ)して穿物(はきもの)は麻裏草履(あさうらぞうり)を穿(はい)て居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
鉋屑(かんなくづ)が溜(たま)ればそれを目籠(めかご)に押し込んで外へ捨てに行つたり、職工達が墨を曳(ひ)いた大小の木材を鋸切(のこぎ)り場(ば)へ持つて行つて、挽(ひ)いて貰つたり、昼飯時が来ると
ある職工の手記 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
道をふさぐ大幹小柯にいたっては、乗り越え、くぐりぬけ、山刀で払い、ついには鋸を用いて挽(ひ)くまでになる。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
鋏で切り、鉄の爪で裂き、車でバラ/\に切れ屑にし、そしてそれを臼に入れて挽(ひ)く。それから水の中で粉のやうにされて石鹸のやうなものにされて了ふ。
文教を楯(たて)として天下を治めんとしたる徳川政府は、早くも文教を箭(や)として、己(おのれ)に向い弓を挽(ひ)くものを見出しぬ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
そのとき、たちまちにペリティの店の向う側を黒と白の法被(はっぴ)を着た四人の苦力(クーリー)が、黄いろい鏡板の安っぽい出来合い物の人力車を挽(ひ)いて来るのに気がついた。
根から切り倒されて、雪が降り、雪が積つてゐる道に横たはつてゐる。そして、枝は枝で切り落され、幹は幹で三つばかりに挽(ひ)き離されたままになつてゐる。
泡鳴五部作:05 憑き物 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
肉挽器械(にくひききかい)で挽(ひ)くかあるいは庖丁(ほうちょう)で細かく叩いて加えまして肉の色が変るまで掻き混ぜながらよくいためます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
昼過ぎかかって夜まで薪を挽(ひ)き、これを割り、たいていこのくらいで旅籠賃に足ると思うくらいまで働きまして、そうして後に泊まったということであります。
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
其蔭に小さな小屋がけして、杣(そま)が三人停車場改築工事の木材を挽(ひ)いて居る。橋の下手には、青石峨々たる岬角(かふかく)が、橋の袂から斜に川の方へ十五六間突出て居る。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
フィンランドの産物——挽(ひ)かない材木と挽いた材木。ランニング選手、ヌルミとリトラと無数のその幼虫。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
独身漢(ひとりもの)/\と言つて貰ふめエよ、是でもチヤンと片時離れず着いてやがつて、お前さん苦労でも、どうぞ東京(こつち)で車を挽(ひ)いててお呉(く)れ、其れ程人夫になりたくば
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
經驗と勞苦との臼に挽(ひ)かれて有用になつた上等の麥粉のやうなものだといふやうなお説教を聽(き)いて來る。
水車のある教会 (旧字旧仮名) / オー・ヘンリー(著)
そこから出るとすぐ居合わす俥(くるま)に乗って、川を東に渡り建仁寺の笹藪(ささやぶ)の蔭(かげ)の土塀(どべい)について裏門のところを曲って、だんだん上りの道を東山の方に挽(ひ)かれていった。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
新助は仲仕(なかし)を働き、丹造もまた物心つくといきなり父の挽(ひ)く荷車の後押しをさせられたが、新助はある時何思ったか、丹造に、祖先の満右衛門のことを語ってきかせた。
勧善懲悪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
何か手早に竈(かまど)に火を入れる、おれの近くへ石臼(いしうす)を持出し話しながら、白粉(しろこ)を挽(ひ)き始める、手軽気軽で、億劫な風など毛程も見せない、おれも訳なしに話に釣り込まれた。
姪子 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
宋代(そうだい)には抹茶(ひきちゃ)が流行するようになって茶の第二の流派を生じた。茶の葉は小さな臼(うす)で挽(ひ)いて細粉とし、その調製品を湯に入れて割り竹製の精巧な小箒(こぼうき)でまぜるのであった。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心、岡倉覚三(著)