いだ)” の例文
しかれどもべつ社界しやかい大弊根たいへいこんながそんするありて、壯年有爲そうねんゆういをして徃々おう/\にして熱火ねつくわ焔柱ゑんちういだくの苦慘くさんこゝろよしとせしむることあり。
罪と罰(内田不知庵訳) (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
……だんだん、ぼくはかれが傷つけられてはいないこと、あるいはそう振舞ってくれていることに、ある安堵あんどと信頼をいだきはじめた。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
大王にしては少々言葉がいやしいと思ったが何しろその声の底に犬をもしぐべき力がこもっているので吾輩は少なからず恐れをいだいた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
センティメンタリズム、リアリズム、ロマンティシズム——この三つのイズムは、そのいずれかをいだく人の資質によって決定せられる。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
いいえ、心持と言うよりも、美人を膝にいだいたなり、次第々々に化石でもしそうな、身動きのならんその形がそうだったんです。……
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ある夜彼がまた洞穴の奥に、泣き顔を両手へうずめていると、突然誰かが忍びよって、両手に彼をいだきながらなまめかしい言葉をささやいた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いだいていたかも知れず一概いちがいに利太郎であるとは断定し難いまた必ずしも痴情ちじょう沙汰さたではなかったかも知れない金銭上の問題にしても
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
男のかたに自由選択の権利ある現在の状態では夫婦になって始めてその妻に不満をいだきこれを虐待するなどという事は、とりも直さず自分を
離婚について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
家人かじんのようすにいくばくか不快ふかいいだいた使いの人らも、お政の苦衷くちゅうには同情どうじょうしたものか、こころよく飲食いんしょくして早そうにった。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
自分のいだいていた思想は全く無力なものになり終り、現実の重圧にただ押しつぶされそうな哀れな自己をのみ感じてくるのである。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
しかし一方彼はまたそこに他の疑念をもいだかざるを得なかった。なぜあれほどまでの残虐を忍んでも宗門をころんではならないのか。
その男がよくいうのは、“青年は理想をいだいておる処に本領があるべきだ。その青年が諦観ていかんに住する俳句をもてあそぶことは意外である。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
紋三は殆ど夫人をいだき上げる様にして、堤を北へ北へと走った。行くに従って人家がまばらになり、夕暗は一層色濃く迫って来た。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
れるとれぬは生死せいしわか日出雄少年ひでをせうねんをまんまるにして、このすさまじき光景くわうけいながめてつたが、可憐かれん姿すがたうしろからわたくしいだ
薩長さっちょう人士の中には慶喜を殺せとの意見をいだくものも少なくないので、このことはいろいろな意味で当時の人の心に深い刺激をあたえた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そこで米友は第二段として、当然、わが道庵先生の身代りに立たせられたような不幸の人を、見舞うの心をいだき起させられました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
むしろ彼は発育の不十分な、病身で内気で、たとい女のほうから言い寄られたにしても、嫌悪けんおの感をいだくくらいな少年であった。
死屍を食う男 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
父も家庭に対するくるしみ、妻子に対するくるしみ、社会に対するくるしみ——所謂いはゆる中年の苦痛くるしみいだいて、そのの狭い汚い町をとほつたに相違さうゐない。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
戦わなければ朝倉先生のいだいていられる信念や思想も護れないからね。そして戦う以上はストライキぐらいやってもいいように思うんだ。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
面は火のように、眼は耀かがやくように見えながら涙はぽろりとひざに落ちたり。男はひじのばしてそのくびにかけ、我を忘れたるごとくいだめつ
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
品子は妹といっても、腹違いであり、小菊はお篠にとって義理の娘であった。今までに互いに冷たい感じをいだいたことは一度もなかった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「うん、お止しよ。」と、やさしく肩に手をかけて、押しのけようとしながら、前川は久しぶりで、夫人をいだき上げたいような気がした。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
今朝けさいだいている心境が、昨日よりたしかに一日育っていることのほうを、自分でも認め、また、自分へ対しての限りなき欣びとしていた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
五八も驚きしつかといだは若旦那にてありしか私し事は多く御恩ごおんあづかり何かと御贔屓下ごひいきくだされし者なれば先々まづ/\わけあとの事手前の宿やどへ御供を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
おつぎはそれからまたいて與吉よきち死骸しがいごとよこたはつて卯平うへいとをた。おつぎは萬能まんのういて與吉よきち火傷やけどした頭部とうぶをそつといだいた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
もしそれをいだしたなら、いま自分じぶんいだいているような、すべての野心やしんげられるだろうというようながしたのでした。
三つのかぎ (新字新仮名) / 小川未明(著)
(娘をいだく。)己が悪かった。勘忍してくれい。(娘は顔を画家の胸に押付く。画家はしずかに娘の髪を撫づ。娘忽ち欷歔ききょす。画家小声にて。)
ワツと泣きる声を無理に制せる梅子は、ヒシとばかり銀子をいだきつ、燃え立つ二人の花の唇、一つに合して、ばし人生のきを逃れぬ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
大百貨店に於ける一装飾工の惨死! このことに興味をいだいた君が、これからS百貨店へ行って、六年以上勤続の店員に訊ねることは無駄だ。
私の思いどおりに昨日の記憶を呼び起して不審な気持をいだき乍らも何気なく立ち去ったのであるか、一向判りませんでした。
三角形の恐怖 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私は上品な芸術家に疑惑をいだき、「うつくしい」芸術家を否定した。田舎者の私には、どうもあんなものは、キザで仕様が無かったのである。
十五年間 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そして、ばたばた近寄ちかよつて夏繪なつゑ敏樹としきしづかにさせながら、二人ふたり兩方りやうはうからいだきよせたままはち動作どうさながめつゞけてゐた。
画家とセリセリス (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
これが須磨子を知っている人のほとんどがいだいた感じではなかったろうか、この偶然の言葉が須磨子の全生涯を批評しているようだといわれた。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
死ぬる事と只消えてゆく事とを、どうか同じものにしたくないと思ふ焦慮の火を自分のうちにいだいてゐるそのためなのだらうか。それとも……
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
私はまた変な不安のおもいをいだきながら、あまり執拗しつように留めるのも大人げないことだと思って女のいうがままにさしておいた。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
お露は児のために生き、児は島人しまびと何人なんぴとにもいだかれ、大河はその望むところを達して島の奥、森蔭暗き墓場に眠るを得たり。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
お勢は今はなはだしく迷っている、いのこいだいて臭きを知らずとかで、境界きょうがいの臭みに居ても、おそらくは、その臭味がわかるまい。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
一、賭博とばくのよろしくないことはつくづく親の話によって承知し、いかなる誘惑ゆうわくがあるとも、賭博とばくなどには手を出すまいぞという思想をいだいた。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そののち僕は君とまじわっている間、君の毒気どくきてられて死んでいた心を振い起して高いのぞみいだいたのだが、そのお蔭で無慙な刺客しかくの手にかかって
月に寄せたるにて木曾の山つきいだくの語は杜工部とこうぶ四更山吐月しかうやまつきをはくと詠じたると異意同調ともいふべきなり其の謠ふ間の拍子取りにはトコセイ。
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
我と彼との愛こそ淤泥おでいうちに輝く玉の如きものなれ、我はこの一つの穢れざるをいだきて、この世のすべて穢れたるを忘れん。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
かしらいだせば、ベッドの横側に立てるは、小使いなり。油紙包みをいだき、廿文字にじゅうもんじにからげし重やかなる箱をさげて立ちたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
此事実は小生が帰宅して直ちに妻の臥所の縁に腰を掛け居りし時、妻の物語りし所に候。其時妻は小生の頸にいだき付き震ひ居り、両眼潤み居り候。
農夫は義歯を取り上げようとして、初めてコップの水がなかに歯をいだいたままで、堅く凍りついているのに気がついた。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
同じ主義をいだいている故に、表現されたものも同じであると考えるのははなはだしい迷妄めいもうである。芸術にあっては、党派というものは最も拙劣な空想だ。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
重太郎はお葉の枝を我が胸にひし押当おしあてた。お葉は重太郎の枝を我が袖にいだいた。重太郎の眼には涙が見えた。お葉も何とは無しに悲しくなった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
だから、そこに冥路の国がある、死んだ魂があつまる死霊の国がある——とエスキモー土人が盲信をいだくようになる。
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
彼の精神は、今はただ一つのパオ(饅頭)の上に集って、さながら十世単伝じっせたんでん一人子ひとりごいだいているようなものであった。
(新字新仮名) / 魯迅(著)
まちは、ふとむかしのことをかんがへると、なんとなく自分じぶんきふにいとしいものゝやうにおもはれて、そのいとしいものをかいいだくやうにをすくめた。
追憶 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
私は今度はなんの希望もいだかずに、ただ気弱さから、お前の兄たちの招待をことわり切れずに、T村を三たび訪れた。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)