“諦観”のいろいろな読み方と例文
旧字:諦觀
読み方(ふりがな)割合
ていかん88.9%
あきらめ5.6%
たいかん5.6%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
“諦観”を含む作品のジャンル比率
哲学 > 仏教 > 仏教教理・仏教哲学100.0%
哲学 > 仏教 > 経典100.0%
言語 > 言語 > 言語学11.1%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
そこで単色版的飜訳というすこぶる便利な諦観ていかんが、原則として飜訳の救いとなって現われるということになる。
翻訳の生理・心理 (新字新仮名) / 神西清(著)
肉体的にその資格を失った自分を冷たく諦観ていかんして、死にはぐれ、生きはぐれながら、次の道をさがしている迷えるかりの一羽に似ていた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
身体の健全な人には、薬の必要がないように、一切をすっかり諦観あきらめた心の健全な人ならば、何も苦しんでわざわざ心の薬を求める必要はありません。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
ですから、死への諦観あきらめは、当然できておらねばならぬわけです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
だから「あきらめる」とは「諦観たいかん」することで、つまり、もののほんとうのすがたを見ること、すなわち真実を見きわめることです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
だから釈尊は、人間の苦悩くるしみはどうして生ずるか、どうすればその苦悩を解脱することができるか、という、この人生の重大な問題をば、この「十二因縁」という形式によって、諦観たいかんせられたのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)