諦観ていかん)” の例文
旧字:諦觀
その男がよくいうのは、“青年は理想をいだいておる処に本領があるべきだ。その青年が諦観ていかんに住する俳句をもてあそぶことは意外である。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
肉体的にその資格を失った自分を冷たく諦観ていかんして、死にはぐれ、生きはぐれながら、次の道をさがしている迷えるかりの一羽に似ていた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
死がいかに避くべからざる宿命であるかという諦観ていかんに発するもので、生きてあることを肯定する上には立っていない、万物無常
荒法師 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼女はそういう渦巻の中で、宿命的に持っていた精神上の素質の為に倒れ、歓喜と絶望と信頼と諦観ていかんとのあざなわれた波濤はとうの間に没し去った。
智恵子の半生 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
かつてはポリネシアの大合同を夢見た彼も、今は自国の衰亡を目前に、静かに諦観ていかんして、ハアバアト・スペンサーでも読耽よみふけっているのであろう。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
厭世えんせいだの自暴自棄だのあるいは深い諦観ていかんだのとしたり顔してささやいていたひともありましたが、私の眼には、あのお方はいつもゆったりしていて、のんきそうに見えました。
鉄面皮 (新字新仮名) / 太宰治(著)
もうどうすることもできない。北山や綣村を相手にして気狂いの真似をしながら生涯を終ることにしよう……この諦観ていかんに達するまでにハムレットはどれほど懊悩おうのうしたことか。
ハムレット (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
耳疾も、孤独も、不平も、何もかも征服して、大きな諦観ていかんが巨人の魂をなごめたのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
しかも、夫押鐘博士との精神生活が、彼女に諦観ていかん的な深さを加えたことも勿論であろう。しかし、法水はこの典雅な婦人に対して、劈頭へきとうからいささかも仮借せず、峻烈な態度に出た。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そこで単色版的飜訳というすこぶる便利な諦観ていかんが、原則として飜訳の救いとなって現われるということになる。しかしこれが、単に飜訳者のための救いであるだけでは何の意味もない。
翻訳の生理・心理 (新字新仮名) / 神西清(著)
第一の過程を壊相えそうとか、第二の過程を血塗相けつとそうとか、第三を膿爛相のうらんそう、第四を青瘀相しょうおそう、第五を噉相たんそうとか云う風に説いていて、まだこれらの相を諦観ていかんしないうちは、みだりに人に恋慕したり
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
これはみなと川へのぞむ前のあのかなしい諦観ていかんと苦憂の半ばにあって、ただ永劫えいごうへかけての和と人の善智とを信じようとしていた当時の正成を
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女はさういふ渦巻の中で、宿命的に持つてゐた精神上の素質の為に倒れ、歓喜と絶望と信頼と諦観ていかんとのあざなはれた波濤はとうの間に没し去つた。
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
今度のことは要するに天のせる疾風暴雨霹靂へきれきに見舞われたものと思うほかはないという考えが、彼をいっそう絶望的ないきどおりへとったが、また一方、逆に諦観ていかんへも向かわせようとする。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
しかし、その精神の諦観ていかん的な美しさには、野心も反抗も憤怒も血気も、いっさいが、せきを切ったように押し流されてしまうのだ。ところが貴方は、それに慚愧ざんきと処罰としか描こうとしない。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
貧乏摺れのした女房らしい諦観ていかんです。
だがそれは、武士道的に諦観ていかんしきってしまうまでのあいだの瞬間にすぎない。煩悩の境を、一歩転じれば身は春風に軽く、柳の緑はひとみまし、またべつな天地がある。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秀吉も、彼の病状が、以前と較べて、少しもくなっていないことを察して、深く案じていたが、半兵衛の姿には、死生を諦観ていかんして澄みとおっているような気高さがあった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たとえ極楽を信じない者でも、生は極楽、死もまた極楽、と、諦観ていかんしている風である。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はるかな諦観ていかんを積んでおられたはずである。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)