ある)” の例文
あるところに、センイチといふ猟師がゐました。たいへん上手な猟師でしたが、或日あるひ、どうしたことか、何の獲物もとれませんでした。
悪魔の宝 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
そして観念らしい観念は死の立場から生れる、現実あるいは生に対立して思想といわれるような思想はその立場から出てくるのである。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
昔、支那シナある田舎に書生しょせいが一人住んでいました。何しろ支那のことですから、桃の花の咲いた窓の下に本ばかり読んでいたのでしょう。
女仙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ある停車場で電車を降りた。長雨の後冷かに秋が晴れ渡った日であった。人込みから出るとホームの空気が水晶の様に透明であった。
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
それで彼は、ある電灯会社につとめて、もっぱら電灯などの故障の修理を、仕事としている。なかなか一生けんめいに働く一郎であった。
未来の地下戦車長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
としのころ三十二、三と見受けられるが、あるいは、もっと若いのかも知れない。帝大の経済科を中途退学して、そうして、何もしない。
花燭 (新字新仮名) / 太宰治(著)
象嵌ぞうがんあるものにはちょっと高麗時代のものと見分けのつかないものさえある。第三に九州系統のもの、特に薩摩さつまの窯の影響が少くない。
現在の日本民窯 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それが無くなる、ある時は机の上に置いた英和辞典を縦横たてよこ絶切たちきって、それにインキで、輪のようなものを、目茶苦茶に悪書あくがきをしてある。
一寸怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
外は十二月の夜で、月が真白まっしろい霜にさえておりました。蟹の出たのは神戸こうべある宿屋の中庭だったのです。あたりはしんとしております。
椰子蟹 (新字新仮名) / 宮原晃一郎(著)
ある日、そのおやそさんが、クドクド祖母や母を説いていた結果が、六つの年からあがった長唄の師匠をとりかえられる事になった。
ある者は商家に嫁ぎ、ある者は良人に従って海を越えた遠い国へ移住し、あるいは又ようやくその日を送るだけのかてを得る為に営々と働いていた。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
その余りに沈着なる態度が、あるいはこの世界の人々に対し、何もそう騒ぐには及ばぬと戒め何事も無い事を告げているかとも思われた。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
あるいは藝術が凡人の職業であっても一向差支えないかも知れないが、おれはどうしても藝術の位置を、そんなにやすっぽく見たくなかった。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ある人は一年後に濠洲の真珠業が廃滅するに際し日本へ帰るがい地の人夫一万人をこの地で喰ひ止める事が出来ると云つて楽観して居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
そこへて、くらまぬで、わしするあるかほとローザラインのとをお見比みくらべあったら、白鳥はくてうおもうてござったのがからすのやうにもえうぞ。
歌の事につきては諸君より種々御注意御忠告をかたじけのうし御厚意奉謝しゃしたてまつり候。なほまたある諸君よりは御嘲笑ごちょうしょう御罵詈ごばりを辱うし誠に冥加みょうが至極に奉存ぞんじたてまつり候。
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
あるとき、もういよ/\食べるものもなくなり、売りはらふものと言つたつて、ぼろッきれ一つさへないはめになりました。おかみさんは
ダマスカスの賢者 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
ある冬の事、この老爺おやじというのが、元来はなし上手なので、近所の子供だちが夜になると必ず皆寄って来て、老爺おやじはなしをせがむのが例であったが
千ヶ寺詣 (新字新仮名) / 北村四海(著)
ある種の人達からは国力等の立場より見做みなして消極的なものと誤解されている、文学、美術、音楽、演劇等はこの方面に属します。
無題 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わたしとは二十年ほど前米国のある大学で始めて知合になった。ヨウさんは日本の大学にった頃俳人としてその道の人には知られていた。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼はそういう表情を美しいと思った。——ある時、彼はドロシイとその小さな妹とを連れて、オルガン岩のほとりへ散歩に行った。
恢復期 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
餘念よねんもなくたわむれてるので、わたくし一人ひとり室内しつない閉籠とぢこもつて、今朝けさ大佐たいさから依頼いらいされた、ある航海學かうかいがくほん飜譯ほんやくにかゝつて一日いちにちくらしてしまつた。
年上で嫉妬深いお杉は、明暮あけくれに夫の不実を責めて、ある時はお前を殺して自分も死ぬとまで狂いたけった。重蔵はいよいよお杉に飽いた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
凡そ外國とつくにの人などの此境を來り訪ふものは、これをその曾て見し所の景に比べて、あるまされりとし或は劣れりともするなるべし。
かれえずあるものさがすやうなしか隱蔽いんぺいした心裏しんりあるものられまいといふやうな、不見目みじめ容貌ようばう村落むらうちさら必要ひつえうやうやげんじてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その話を妙善から、直接すぐ祖父じいが聞いたんです。ある祖父じいが僕を連れて、その墓場へ見せに行った。見ると、ちゃんとしゅが入っている。——
□本居士 (新字新仮名) / 本田親二(著)
翌年よくとしになり權官はあるつみを以てしよくはがれてしまい、つい死亡しばうしたので、ぼくひそかに石をぬすみ出してりにたのが恰も八月二日の朝であつた。
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
真志屋五郎作は神田新石町しんこくちょうの菓子商であった。水戸家みとけ賄方まかないかたを勤めた家で、ある時代からゆえあって世禄せいろく三百俵を給せられていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
あるひは一一二がつ椎柴しひしばをおほひて雨露をしのぎ、つひとらはれて此の嶋にはぶられしまで、皆義朝よしともかだましき計策たばかりくるしめられしなり。
その雪をふみて毎夜寒念仏又は寒大神まゐりとて、寒中一七日あるひは三七日、心々に日をかぎりておのれが志す神仏へまうづ。
それに、独歩のような作品は、外国の自然派の作家には幾何いくらでもあるのだからね。先駆者と云うよりも、ある意味では移入者だ。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
自然と人事との交錯するある光景の描写の不思議にうまいのは、「源氏げんじ」「まくら」「大鏡おゝかゞみ」などの、平安朝ものに見られるのだ。
武州公秘話:02 跋 (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
健は、何十通の古手紙を出してみて、漸々やうやう一枚、消印スタンプはづれてゐる郵券を見つけ出した。そしてそれを貼つて送つた。ある雨の降る日であつた。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
無粋ぶすいわたくしどもにはちっとも分りませんが、ある大通だいつうのお客様から伺ったところでは浮気稼業をいたしてる者はかえって浮気でないと仰しゃいます。
お島はどうかすると、男のある不自然な思いつきの要求を満すための、自分の肉体の苦痛を想い出しながら、上さんにいた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
およそ異性の愛は吾愛の如く篤かるを得ざる者なるか、あるは己の信ずらんやうに、宮の愛のことに己にのみ篤からざりしなるか。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ある時長い間往来おうらい杜絶とだえて居た両親の家に行き、突然ひざまずいて、大真面目まじめに両親の前で祈祷したりして、両親をかえって驚かしたこともありました。
美妙と紅葉とはと同じ町に育って同じ学校に学び、ある時は同じ家に同宿して同じ文学に志ざし、相共あいともに提携して硯友社を組織した仲であった。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
またこれ瓦斯がす或物あるもの凝結ぎようけつして種々しゆ/″\鹽類えんるいとなつて沈積ちんせきしてゐることがある。外國がいこくある火山かざんからはヘリウム瓦斯がす採集さいしゆうされたといはれてゐる。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
ある学生さんが買物をするとて、お札を剥出むきだしにつかんで、そこの窓の方を見ぬようにして通り過ぎたのですが、気が附いたらその札がありません。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
ある時は特等席に来てゐる美しい芸者が忍び音に彼の悲劇に泣いてゐるのも見た。或時は豪放らしい学生が思はず彼の活劇に興奮してゐるのも見た。
手品師 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
長い年月の間に火事のために、地震の為、あるいは他の色んな変事の為に、立派な美しい家が無くなってしまったり、又お金持の家が貧しくなったり
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
かねて自分とは普通一片いっぺんの師匠以上に親しんでおったので、ある時などは私のとこへ逃げてきて相談をした事もあった、私もすこぶる同情にえなかったが
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
ある時は、三造に向って看護婦の面前で、「看護婦を殴れ。殴っても構わん」などと、憤怒に堪えかねた眼付で、しわれた声を絞りながら叫んだ。
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ただ平板に、ある人事を叙したに過ぎないのでありますが、その奥には落着いた心持が潜んでいます。そこが芭蕉一派の大きな生命なのであります。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
すると、ある日の事将軍家は皿の煮魚をつゝいてゐるうち、ふと膳部の上に好物の薑が載つてないのに気が付いて、不思議さうに給仕の者の顔を見た。
目の藥となすか知ねどにあらず目には忌可いむべき物とうありとある醫者どのに聞たりしに中にも風にあたるをみ又白き物を見るを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ある種の枕をしたために、思いのままに歓楽の夢が見られるということは、単なる想像にしても、なにかう胸をおどらせる想像ではございませんか。
今一つは、これは想像であるが、長尾夫人の御主人が、現職の判事であったことも、この事件のかげに揺曳ようえいしているある種の雰囲気を思わすのである。
千里眼その他 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
ある早春の朝、彼女が救護院へ行くと、そこには前日までいた二人の姿がなくて、新しい一人の老人が寝かされていた。
春いくたび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)