一人いちにん)” の例文
しかしてこの新しき仏蘭西の美術のようやく転じて日本現代の画界を襲ふの時、北斎の本国においては最早もは一人いちにんの北斎をかえりみるものなし。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
代助は人類の一人いちにんとして、互を腹の中で侮辱する事なしには、互に接触を敢てし得ぬ、現代の社会を、二十世紀の堕落と呼んでいた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
迷庵が精出して文字を覚えるといい、抽斎が小学に熟練するといっているこの事業は、これがために一人いちにんの生涯をついやすかも知れない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
自己の功名の犠牲として、罪のない藤戸ふじとの漁民を惨殺した佐々木盛綱は、忠勇なる鎌倉武士の一人いちにんとして歴史家に讃美されている。
磯部の若葉 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
颶風はやてぎる警告けいこくのために、一人いちにんけまはつた警官けいくわんも、外套ぐわいたうなしにほねまでぐしよれにとほつて——夜警やけい小屋こやで、あまりのこと
十六夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
日本に於ても素盞嗚尊すさのをのみこと八岐大蛇やまたのおろちを退治した話は周知のことであり、支那では三皇の一人いちにん庖犠氏ほうぎし蛇身人首じやしんじんしゆであつたと伝へられ
毒と迷信 (新字旧仮名) / 小酒井不木(著)
あたかも外より入来いりきたる一巡査は藻西太郎を捕縛に行きたる一人いちにんなる可し「唯今帰りました」の声を先に立てゝ第一に警察官の前に行き
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
折しも向かいの船に声こそあれ、白由党員の一人いちにん甲板かんぱんの上に立ち上りて演説をなせるなり。殺気凜烈りんれつ人をして慄然りつぜんたらしむ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
忠弥の方でも狼狽の余り、数十人実は刹那的ただ一人いちにんと認め得ないところが不覚で、無効むこうの労力に疲れた結果到頭動きが取れなくなってしまう
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
自殺を弁護せるモンテェニュのごときは予が畏友いゆう一人いちにんなり。ただ予は自殺せざりし厭世えんせい主義者、——ショオペンハウエルのはいとは交際せず。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と一同を制して、其の中の重立おもだちたる一人いちにんを案内に立たせまして、流罪人取締の屋敷へまいりますると、二三の若者が抜刀ばっとうで立って居ります。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「たれが、そのような令をば布令ふれたか。——城戸に軍揃いくさぞろいせよ、などとは、わがつま貞氏どの以外には、一人いちにんとて、いわれまじき令であるはず」
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これを國民こくみん頭割あたまわりにしてますと、一人いちにんにつき平均へいきん五反五畝五歩ごたんごせごぶあたります。すなはち皆樣みなさま五反五畝五歩ごたんごせごぶ森林しんりんなか一人ひとりづゝめる勘定かんじようです。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
生々しょうじょう父母ぶも世々せぜ兄弟はらからのことごとく成仏してしかして後に我れ成仏せん、もし一人いちにんを残さば、われ成仏せずと、地蔵菩薩もお誓いになりました。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
僕の如きも現にあざむかれて居た一人いちにんのだ、そりや君、酒は飲む放蕩はうたうはする、篠田の偽善程恐るべき者は無い、現に其のおほふべからざる明証の一は
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
わづか一人いちにん専用の特別一等室だけがふさがらずにあると聞いて、六百円の一等乗船券に更に一割の増金ましきんを払つてからうじて其れに載せることが出来た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
一人いちにんの大学の制服をつけた紳士的の態度の人が、洋服のひざを折って坐って居る、その前に子規居士も余も坐って居る、表には中の川が流れている。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
よく探偵小説などで、双生児の一方が、他の一方に化けて一人いちにん二役を勤める話は読むけれど、それさえも、実際の世の中には先ず有り相もないことだ。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「南蛮寺の謎手に入れんとする者信長公一人いちにんにてはそうろうまじ、我等といえども虎視耽々、尚その他にも数多く候」
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「おれなんざ、一人いちにんまえになりかけた若いウサギを追いかけたもんだぜ。やぶからやぶへと追いかけてよ——」
絶食するに至って初めて方便をめぐらすべきである。「三国さんごく伝来の仏祖、一人いちにんも飢ゑにしこごにしたる人ありときかず。」世間衣糧の資は「生得しょうとく命分みょうぶん
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
一番、二番と進んで、一刻いっときほどのちには、三羽烏の一人いちにん沼田軍十郎と伊丹兵右衛門の二人が勝ち残った。
半化け又平 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
若し我国をして国会開設の当時に於て慷慨にして而も沈摯ちんしなるハンプデンの如きもの一人いちにんだにあらしめば吾人は如何に気強からずや、我商業世界に於て独立、独行
父や母や兄の仇、松平家を代表した一人いちにんに、怨恨うらみの鎌の刃とは、思えども、初めて接した貴人の背後、物怯ものおじしてブルブル戦慄せんりつして、手の出しようがないのであった。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
一人いちにんは黒の中折帽のつば目深まぶか引下ひきおろし、鼠色ねずみいろの毛糸の衿巻えりまきに半面をつつみ、黒キャリコの紋付の羽織の下に紀州ネルの下穿したばき高々と尻褰しりからげして、黒足袋くろたびに木裏の雪踏せつた
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
こまかい子供を多勢持っているこのお爺さんも、もと矢張やっぱりお島の養父から、資金の融通を仰いだ仲間の一人いちにんであった。今でも未償却のままになっている額が、少くなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
かうさんは女ながらに私の知己の一人いちにんだ。牧野さんの細君より一つ年の下な若い叔母をばさんだ。
突貫 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
いうとるとじゃない。原田一人いちにんの落選など、問題じゃなか。社会正義の立場から、諸君に訴えとるとじゃ。諸君は、今回も、また、みずからの墓穴を、みずからの手で掘ったぞ
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
それは東京の中学校を落第して仕方なしに浦和へきた怠惰生たいだせいからの感染かんせんであった。孔子こうし一人いちにん貪婪どんらんなれば一国いっこくらんをなすといった、ひとりの不良があると、全級がくさりはじめる。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
其証は孔子の御子は伯魚一人りで、幵官氏のしゅつただ一人いちにん、其他に伯魚の弟、妹というものは無かったのでござる、又孔子が継室を迎えられた、それは何氏であったということも
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
世界開闢かいびゃくの歴史を見るに、初めは独化どっか一人いちにんありて、のちに男女夫婦を生じたりという。我が日本において、国常立尊くにのとこたちのみことの如きは独化の神にして、伊奘諾尊いざなぎのみこと伊奘冊尊いざなみのみことすなわち夫婦の神なり。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
のみならず、学校の教案などは形式的で記す必要がないなどと云つて居て、うちへ帰れば、すぐ小説なぞを書くんださうだ。それで教育者の一人いちにんとは呆れる外はない。実に、どうも……。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
新言語を用い新趣向を求めたる彼の卓見は歌学史上特筆して後に伝えざるべからず。彼は歌人として実朝以後ただ一人いちにんなり。真淵、景樹、諸平、文雄輩に比すれば彼は鶏群の孤鶴こかくなり。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
しかし、この日の傍聴人にはこんな真面目な観察をしたものは一人いちにんもなかつた。
公判 (新字旧仮名) / 平出修(著)
帰路※別に出でたるに、土人小屋あり、一人いちにんの住する無きも、傍らに熊送りの為め熊頭ゆうとうを木に刺して久しく晒したるを以て白色はくしょくとなれる数個を見たり。珍らしく覚えて一個を携え帰れり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
から、何事につけても、おのれ一人いちにんをのみ責めてあえみだりにお勢をとがめなかッた。が、如何に贔負眼ひいきめにみても、文三の既に得た所謂いわゆる識認というものをお勢が得ているとはどうしても見えない。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
森の小路で一人いちにん目の男のひとに逢った。見るからにむさくるしい毛むくじゃらの神であった。森の出口の白樺しらかばの下で二人目の男のひとに逢った。ヴィナスの脚は、はたと止って動かなんだ。
懶惰の歌留多 (新字新仮名) / 太宰治(著)
あらはれきたつた二個ふたりひとまぎらかたなき日本人につぽんじんで、一人ひとりいろ黒々くろ/″\とした筋骨きんこつたくましい水兵すいへい姿すがたこし大刀だいたうよこたへたるが、キツと此方こなたながめた、一人いちにんは、威風ゐふう凛々りん/\たる帝國海軍士官ていこくかいぐんしくわん服裝ふくさう
予は深くこれを疑ふ。しかれどもかの宝石の説は、ただこれ学説上の、妄想迷信より出でたるものにして、一人いちにんもこれを発見したるものなかりしといへば。今日かくの如きもののあるべき筈はなし。
一青年異様の述懐 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
夕さりくれば一人いちにんもあらずなりにけり赤き鳥居の周囲まはり種蒔たねまき
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
酔覚の水飲む如く一人いちにんに足らひうる身は嬉しからまし
雑信(二) (新字新仮名) / 種田山頭火(著)
けれどもあたりに一人いちにんも、人間らしい影も無く
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
天地あめつちのいみじき大事一人いちにんの私事とかけて思はず
晶子鑑賞 (新字旧仮名) / 平野万里(著)
一人いちにん、双の手を延して、紅潮さむる頬の上
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
シテ茱萸しゅゆカン一人いちにん
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
代助は人類の一人いちにんとして、たがひはらなかで侮辱する事なしには、たがひに接触を敢てし得ぬ、現代の社会を、二十世紀の堕落と呼んでゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
クラスごとに記念品を贈る委員なぞが出来たとき、殆ど一人いちにんもその募りに応ぜなかったものはないということである。とにかく英雄である。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
誠にうき世は一人いちにんのうき世ならず、家々の涙を運ぶこの青山の墓地、芳草ほうそう年々緑なる春ごとに、われも人も尽きぬ涙を墓前に灑ぐべきか。
父の墓 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼はづ画家五人をげ、次に蒔絵まきえ鋳金ちゅうきん、彫刻、象牙細工ぞうげざいく、銅器、刺繍ししゅう、陶器各種の制作者中おのおの一人いちにんを選び、その代表的制作品を研究し
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
凧を持ったのは凧を上げ、独楽こまを持ちたるは独楽を廻す。手にものなき一人いちにん、一方に向い、凧の糸を手繰る真似して笑う。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)