ひげ)” の例文
手足にも胸にもたくましく毛が生えているし、ひげもずいぶん濃い。一日でも剃刀かみそりを当てないと、両頬の上のほうまで黒くなるのであった。
四日のあやめ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
孫七もひげの伸びたほおには、ほとんど血のかよっていない。おぎんも——おぎんは二人にくらべると、まだしもふだんと変らなかった。
おぎん (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
顎鬚あごひげ綺麗きれいに削り、鼻の下のひげを短かく摘み、白麻の詰襟服つめえりふくで、丸火屋まるぼやの台ラムプの蔭に座って、白扇はくせんを使っている姿が眼に浮かぶ。
父杉山茂丸を語る (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ひげむしやの鳥居とりゐさまがくちから、ふた初手しよてから可愛かわいさがとおそるやうな御詞おことばをうかゞふのも、れい澤木さわぎさまが落人おちうど梅川うめがはあそばして
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そこで僕は元のはねあがったひげの大人の姿へかえされ、服も着た。僕はようやく安心した。博士は僕を透明碗から外へ出してくれた。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一八一四年当時の囚人がくも珍妙な制服を着せられ、一週二回ずつひげっていたとは! すっかり書きかえねばならなくなった。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
正月こっちへ来てから、無精を極め込んで、一度もひげをあたらずにいたが、或る日、ぶらりと軽井沢まで汽車に乗って理髪店に行った。
雉子日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
燦爛きらびやかなる扮装いでたちと見事なるひげとは、帳場より亭主を飛び出さして、うやうやしき辞儀の下より最も眺望ちょうぼうに富みたるこの離座敷はなれに通されぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
「あれはね、自働革砥オートストロップの音だ。毎朝ひげるんでね、安全髪剃あんぜんかみそり革砥かわどへかけてぐのだよ。今でもやってる。うそだと思うなら来て御覧」
変な音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
怪しげな洋服に金紙きんがみを着けて金モールと見せ、附けひげをして西郷の如くこしらえ、竹の皮で作った船のような形の鍋を売る、一個一銭。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
どこを見ても猫ばかりだ。そして家々の窓口からは、ひげえた猫の顔が、額縁の中の絵のようにして、大きく浮き出して現れていた。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
あをぐろくやつれた顔にひげがばうばうと生えてゐたが、しかし眉毛は相変らず薄かつた。さすがに不憫ふびんになつて、飯でも食はうといふと
六白金星 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
ポリモス上人といふのは、頭がはげて、白いひげをはやして、かたぶとりにふとつた老人だらうと、そんなふうに想像してゐたのでした。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
ああお変りもなくと、人々は眼をこらして老公の健康を、その皮膚やまなざしやひげ語音ごいんや、あらゆる容子ようすからさぐり見るのだった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
身嗜みだしなみよくキチンと頭髪をくしけずって、鼻下にチョビひげを蓄えた、小肥りの身体はかねて写真で調べておいたとおりの伯爵に違いはない。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ついでにおじいさんの人相書にんそうがきをもうすこしくわしく申上もうしあげますなら、年齢としころおおよそ八十くらい頭髪とうはつ真白まっしろ鼻下びかからあごにかけてのおひげ真白まっしろ
渠がこの家にきたりし以来、吉造あか附きたるふどしめず、三太夫どのもむさくるしきひげはやさず、綾子のえりずるようにりて参らせ
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それに苗字みょうじは変ってましょう、ひげなぞが生えてる、見違えてしまいましたネ。実は西君が来ると言いますから、S君などと散々悪口を
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
写真で知つて居る詩人の垂下たれさがつた長いひげう白く成つて居るかと云ふ様な事を聞いた。詩人は故郷の白耳義ベルジツクを旅行して居るのである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
袋のような口をして黒いひげが二本黒子から生えていた夫人はその頃もう大変な年で、何でも銀でこしらえたものが大好きでした。
男爵の眼前には、くだらないことが展開していた。ひげをはやした立派な男が腹をへらして、めしを六杯食うという場面であった。
花燭 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そんな風で、頭を青く染め、ちょびひげをぴくぴくさせ、いかにも兵隊好きらしく、彼女は朝から晩まで独りでぷりぷりしている。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
大五郎氏は、ひげの伸びた顔を夫人の方にねじ向けて尋ねた。二三日の間にめっきりやせが見えて、目ばかり大きく血走っていた。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「お前の言ふことは大概てえげえ變なことばかりだが、まさか——どうして新造にはひげが生えないでせう——なんて話ぢやあるまいな」
遊佐はひて微笑を含みけれど、胸にはひしこたへて、はや八分の怯気おじけ付きたるなり。彼はもだえて捩断ねぢきるばかりにそのひげひねり拈りて止まず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
聞て重四郎成程々々なるほど/\好氣味よいきみなり然し此まゝかうしても置れまいと兩人つぶやき居る折から此物音に驚きて隱亡をんばう彌十ひげ蓬々ぼう/\かみ振亂ふりみだし手には鴈投火箸がんどうひばし
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
たとえば『倭名類聚鈔』には、「髭」「鬚」をそれぞれ「かみひげ」「しもひげ」などと訓んでいるが、こんなことはいわない。
辞書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
それも、山口という同学年生をのぞいては、みなうっすらとひげが生えた顔にも見おぼえがない上級生であり、年長者である。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
章一ははかまひもを結んでいた。章一は右斜みぎななめに眼をやった。じぶんが今ひげっていた鏡台の前に細君さいくんおでこの出たきいろな顔があった。
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
銅像は私が記憶にない頃からやっていたとみえて、若い頃の八の字ひげ姿の松方正義伯のものなど物置に後まで木型があった。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
病人というものは髪やひげも乱れるにまかせて気味の悪い所もできてくるものであるが、この人のせ細った姿はいよいよ品のよい気がされて
源氏物語:36 柏木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
初めて余のおそるおそる格子戸けて案内を乞ひし時やや暫くにして出できたられしは鼻下にひげたくわへし四十年配のまなこ大きく色浅黒き人なりき。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
全身泥まみれでひげはのび、マヌエラまでっとなるような異臭がする。そしてこの辺から、巨樹は死に絶え、寄生木やどりぎだけの世界になってきた。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「だって、あの人のひげ、すてきじゃなくて!」と、彼女は答えた。——「でもそんなこと、あなたの知ったことじゃないわ」
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
かの「ひげの謎」事件があってから俊夫君には一歩を譲っているのですが、こんどは俊夫君には負けまいという色が明らかに顔にあらわれました。
紫外線 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
ぼくですか、ぼくは』とよどんだをとことしころ二十七八、面長おもながかほ淺黒あさぐろく、鼻下びかき八ひげあり、人々ひと/″\洋服やうふくなるに引違ひきちがへて羽織袴はおりはかまといふ衣裝いでたち
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
豊なあごを内へ引いてひげはなく、鼻の根の両脇に瞳を正しくそろえ、ごく僅か上眼使いに相手を正視するという態度でした。
扉の彼方へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
赤い顔にひげを蓄へた、しかし、口のあたりに何やら卑しい腫物はれものの出てゐる、袴をはいた男にも、外套は腰を折らんばかりにお辞儀するのであつた。
釜ヶ崎 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
すると、しなびた雑草の中から蟋蟀のつるつるした頭とひげが動いているのを見て、何んともいえず可愛くてたまらなかった。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
男神には烏帽子をきせ、木をけづりかけてひげとす。紙のいふくに若松などゑがく。此二ツをかの升の内におき、さい神勧進々々かみくわんじん/\とよばゝりありく。
彼が成功してるからといってへつらってくる者ども——オービネのいわゆる、「一匹の犬がバタつぼに頭をつっ込むと祝賀のためにそのひげをなめに来る」
三時半頃から明るくなり掛けて四時には全く夜が明けてしまつた。五時過に顏を洗ひに行くと、白いまばひげのある英人が一人廊下に腰を掛けて居た。
巴里まで (旧字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
肥満した、赤ら顔の、八字ひげの濃い主人を始として、客のそばにも一々毒々しい緑色の切れを張った脇息きょうそくが置いてある。
鼠坂 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
他の国を旅行して帰りにドイツの国境を超えると同時に、この緊張がいつも著しく眼についた、すべてのものがカイゼルのひげのように緊張していた。
電車と風呂 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
金眸がひげちりをはらひ、阿諛あゆたくましうして、その威を仮り、数多あまた獣類けものを害せしこと、その罪諏訪すわの湖よりも深く、また那須野なすのはらよりもおおいなり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
おうい、おじさま、そろそろお出掛けのお時間よ、早くおひげを剃ってお湯にはいって、ご用意なさらなければ、時間に遅れたら大変なことになるわよ。
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
漁業監督を先頭に、船長、工場代表、雑夫長がハッチを下りて入って来た。船長は先のハネ上っているひげを気にして、始終ハンカチで上唇をでつけた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
いや、むずかしくも亦おそろしく焼き立てたことであったろう。ところが、火の傍へ寄れば少くともひげは焼かれるから、誰しも御免こうむって疎み遠ざかる。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
車に引添ひっそうてまだ一人、四十許りの、四角なかおの、茸々もじゃもじゃひげの生えた、人相の悪い、矢張やっぱり草鞋穿わらじばきの土方風の男が、古ぼけて茶だか鼠だか分らなくなった
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
半分なかば開いた歯を見せた口、鼻の下の薄いひげ、スットけた寂し気な頬など、中将の仮面めんは穏かで且つ優雅ではあったけれど、それがかえって物凄かった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)