がく)” の例文
その弾機を押すと、がくのうしろはふたのように開いた。その蓋の裏には「マリアナがなんじに命ず。生くる時も死せる時も——に忠実なれ」
薄暗い部屋へ入って、さっそくがくはだかにして、壁へ立てけて、じっとその前へすわり込んでいると、洋灯ランプを持って細君さいくんがやって来た。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
宇治うじに着いたのが夜の九時。万碧楼まんぺきろう菊屋に往って、川沿いの座敷に導かれた。近水楼台先得月、と中井桜洲山人のがくがかゝって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そのカツフエはごく小さかつた。しかしパンの神のがくの下にはあかい鉢に植ゑたゴムの樹が一本、肉の厚い葉をだらりと垂らしてゐた。
或阿呆の一生 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「あのがくに書かれてゐるやうに、この新らしい校舍を建てた方よ。その方の令息が、此處の萬事を管理して指揮していらつしやるの。」
もしかしたら、それは客間のがくや装飾品などとは、くらべものにならない、びっくりするほど重大な品物ではないのでしょうか。
大金塊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「いかものも、あのくらゐにると珍物ちんぶつだよ。」と、つて、紅葉先生こうえふせんせいはそのがく御贔屓ごひいきだつた。——屏風びやうぶにかくれてたかもれない。
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
がくだアな、此方こつちへおで、こゝで抹香まつかうあげるんだ、これがおだうだよ。梅「へえゝこれ観音くわんおんさまで……これはなんで。近「お賽銭箱さいせんばこだ。 ...
心眼 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
「そういうものもあるらしいね。たとえば、ほら、あの店に並んでいるがくにはいっている油絵。あれには値段をかいた札がつけてあるよ」
怪星ガン (新字新仮名) / 海野十三(著)
このへんは、富士の五といわれて、湖水の多いところだった。みるとなぎさにちかく、白旗しらはたの宮とがくをあげた小さなほこらがあった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
竜之助は小提灯の光を揚げて見ると、四隅のいずれにも鼾のぬしは見えないで、見上げるところに大きながく、流るる如き筆勢で
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
半七はそのまま通り過ぎようとして、なに心なくその寺の門を見あげると、門のがくに無総寺としるしてあったので、かれは俄かに立ちどまった。
半七捕物帳:25 狐と僧 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そしてまたそのへやのなかには、ピアノがあったり、ぜいたくなかざりのついたかがみいてあったり、ほかにもおおきながくなどがかかっていました。
消えた美しい不思議なにじ (新字新仮名) / 小川未明(著)
そばにはしろきれせた讀經臺どきやうだいかれ、一ぱうには大主教だいしゆけうがくけてある、またスウャトコルスキイ修道院しうだうゐんがくと、れた花環はなわとがけてある。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
天皇の葬儀の夜、一寸ちょっとした争い事が起った。元々、天皇崩御の儀式として、奈良、京都の僧侶がお供をして、墓所の廻りにがくを打つ習慣があった。
がくは取りのけてもらって、自分の好きな人の写真をかけよう。床の掛け物もこれはよしてもらって、大木さんから子規しき先生の物をりてきてかけよう。
廃める (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
中々繁昌の様子で、其処そこに色々ながくが上げてある。あるいは男女の拝んでる処がえがいてある、何か封書が順に貼付はりつけてある、又はもとどりきっい付けてある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「そのがくになっているお徳利とっくりはいかがですか? 色がよく出ているとおっしゃって、先生がほめてくださいました」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
船着き場の桟橋さんばしに建てられたアーチは、歓送迎門かんそうげいもんがくをかかげたまま、緑のすぎの葉は焦茶こげちゃ色に変わってしまった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
大きい朱色のがくに、きざみ込まれた望富閣という名前からして、ひどくものものしく、たかそうに思われた。
新樹の言葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
前達まへたちはあの繪馬ゑまつてますか。うまをかいたちひさながく諸方はう/″\やしろけてあるのをつてますか。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
一軒の屋台では女を肩にもたせながら男が白い紙を貼ったがくを覗っている。鉄砲が鳴って女がぴくっとする刹那に額の白紙は破れて二人の写真が撮れているのだ。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そしてがくを吊ったり、本を並べているお銀や弟を手伝っていたが、書斎と勝手の近いのが、気にかかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
洋燈ランプの光がボーッと上を照らしているところに、すすびたがくが掛っているのが眼に入った。間抜まぬけな字体で何の語かが書いてある。一字ずつ心を留めて読んで見ると
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そこには、さしずめ常人ならば、顔あたりに相当する高さで、最近何か、がく様のものを取り外したらしい跡が残ってい、それがきわめて生々しくしるされてあった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
眩しくなった眼を室内へ移して鴨居かもいを見ると、ここにも初冬の「森の絵」のがくが薄ら寒く懸っている。
森の絵 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
本當のがくを教へると、又私の昔の道樂が始まると思つたか、叔父も番頭も教へちやくれませんでした。
かべには、外国がいこくにいっている子どもやまごたちの写真しゃしんが、木彫きぼりのがくぶちにいれられて、かかっています。
ふと繪葉書屋ゑはがきやおもてにつり出した硝子張がらすばりのがくの中にるともないをとめると、それはみんななにがし劇場げきぢやう女優ぢよいうの繪葉書で、どれもこれもかね/″\見馴みなれた素顏すがほのでした。
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
かべには春画しゆんぐわめいた人物画じんぶつぐわがくがかゝつて、其下そのした花瓶くわびんには黄色きいろ夏菊なつぎくがさしてある。
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
前通には皿や鉢や土瓶やドンブリや、何れもきず物の瀬戸類が埃に塗れて白くなつてゐた。漆の剥げた椀も見える。其の薄暗うすぐらい奥の方に金椽のがくが一枚、鈍《にぶ》い光をはなツてゐた。
昔の女 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
そこにゐる時分は黄八丈の着附できりりとしてゐたといふが、人情本にのこる小三金五郎で有名な、がくの小三の名をとつて、小川をがは小三といふ藝名で出た位だから、きやんだつたに違ひない。
河風 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
三州亀浜かめはまの鳴田又兵衛という富人の家へ、安永の初年ころに、京の大徳寺の和尚だというのがただ一人でふらりと遊びにきて、物の三十日ほども滞在し、頼まれてがくだの一行物だのを
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
たんすの上には、一枚の大きな絵が、金ぶちのがくに入れられてかかっていました。その絵は風景画でした。大きな年とった木々や、草原に咲いている花や、大きな湖が、かいてありました。
後冷泉ごれいぜい天皇の御勅筆ごちょくひつがくを今も平等院びょうどういんの隣の寺で拝見することができるが、その頃の男の漢文の日記などに東宮時代の同帝がしばしば宇治の頼通よりみちの山荘へ行啓ぎょうけいになったことが書かれてある。
白いしゃの窓掛けを蝶のようにひらひらさせ、花瓶のダリヤの花をひとゆすり、帆前船ほまえせんの油絵のがくをちょっとガタつかせ、妖精がたわむれてでもいるように大はしゃぎで部屋の中をひと廻りすると
キャラコさん:07 海の刷画 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ぼんやりと立って居る私の瞳は、左側の壁間に掛けられた油絵の肖像畫の上に落ちて、うか/\と其のがくの前まで歩み寄り、丁度ランプの影で薄暗くなって居る西洋の乙女の半身像を見上げた。
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
正面に弓矢八幡の大がくの下に白髪の小野塚鉄斎がぴたりと座を構えて、かたわらの門弟の言葉に、しきりにうなずきながら、微笑をふくんだ眼を、今し上段に取った若侍の竹刀しないから離さずにいる。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ドレスデンにゆきて、画堂のがくうつすべきゆるしを得て、ヱヌス、レダ、マドンナ、ヘレナ、いづれの図に向ひても、不思議や、すみれ売のかほばせ霧のごとく、われと画額との間に立ちて障礙しょうげをなしつ。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それと同がくぐらゐの足し前を母にせがんでやうや理想りそうに近い寫眞器しやしんきを買つたそれは可成かなあかるいアナスチグマツトレンズに百分の一べうまで利くオオトシヤツタア裝置そうちを持つプレモかたの二まいかけ寫眞器しやしんき
蛇おほく住める寺ありがくの文字「恩沾無涯おんてんむがい」はくにさかひせず
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
会のたび花る今日はがくを剪る
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
かなしい聖母のがく
蝶を夢む (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
その扁平なものは、多分がくに相違ないのだが、それの表側の方を、何か特別の意味でもあるらしく、窓ガラスに向けて立てかけてあった。
押絵と旅する男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
さて壇を退しりぞきざまに、僧のとざす扉につれて、かしこくもおんなごりさえおしまれまいらすようで、涙ぐましくまたがくを仰いだ。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
長さ二、三尺のがくのような物を風呂敷につつんで、小脇にかかえて出てゆく旦那様のうしろ姿を見ましたと、女中は云った。
半七捕物帳:50 正雪の絵馬 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
なるほど、迎恩橋まで来てみると、旅館はじんの一行で貸切かしきりとみえ、旗、のぼりかんばん、造花でふちどられた絵像のがくなど、たいへんな飾りたてである。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そばにはしろきれせた読経台どきょうだいかれ、一ぽうには大主教だいしゅきょうがくけてある、またスウャトコルスキイ修道院しゅうどういんがくと、れた花環はなわとがけてある。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
杜子春はその風に吹かれながら、暫くは唯の葉のように、空を漂って行きましたが、やがて森羅殿しんらでんというがくかかった立派な御殿の前へ出ました。
杜子春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ここでも同じ様な狼藉ろうぜきが行われているのみか、壁の中に仕掛けられたがくのうしろのかくし金庫が開かれ、現金千二百円というものが盗まれてしまった。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)